第30話 銅鐸と鉄人(1)

 ヴィッツは国道25号線との交差点横田町を越え、やがて西名阪自動車道の高架をくぐる。この先は京奈和自動車道に入ることになる。

 銅鐸どうたくと聞いて健吾は、振り向いた。

「銅鐸、ですか。平城さん、まさか銅鐸に挑戦してくるとは思ってませんでした。大神神社でちらっと出雲の銅鐸の話が出たけど、それっきりだったので」

 沙良が西名阪の高架を越えたところでナビと実際の京奈和道の入り口を交互に見ながらつぶやいた。

「銅鐸、出雲でたくさん見たんですけど、鐘として使ってたみたいな展示がしてありましたけど、ほんとにそうなの? てちょっと思ったのを思い出しました」


 銅鐸は釣鐘のような形をした青銅器だ。これまでに西日本でしか出土しておらず、全出土数は約五百個だ。紀元前二世紀頃から造られはじめ、二世紀に盛んに造られていたことがわかっている。

 大きさはいろいろで、高さ十数センチから大きいものでは、高さ一メートルを優に超える。

 問題はその用途で、叩いて音を鳴らしていたという可能性が高いが、一メートルを超える個体も同じ用途だったのかはわからない。

 つまり、これほど馴染み深く弥生時代を代表する遺物であるのに、用途が謎のままなのだ。

「弥生時代の話をしているのだから、銅鐸について考えないのはやはり片手落ちだろう」

「それはそうですが。かなり調べました?」

「それほどでもない。私はただ面白いネタはないかと、面白半分で調べているだけだ」

 平城は座席の背にもたれてペットボトルのキャップを開けた。どうやらミルクティーのようだ。

 健吾がうしろを向いたままつぶやく。

「面白半分でこれまでの考察ができるとは思えないんですが」

 甘そうなミルクティーを飲みながら平城が応える。

「仕方ないだろう、スサノオを考えていたら、こんなことになってしまったのだから」

「聞く分には面白いからいいですけど」

「それなら安心だ。続けよう」

「聞かせてもらいます」

「聞かせていただきます!」

 ペットボトルを置くと、平城はチョコボールの箱を手に取って前かがみになる。


「さて、銅鐸だが、これは今でもけっこう謎の遺物だ。そうだな?」

 健吾はポテチの袋に手を入れるが、どうやらもう空のようだ。

「ええと、たぶん、はい、です。この前、確か淡路島で“舌”が発掘されたので、吊るして音を鳴らす鐘のようなものだったという方向でまとまりかけてるとは思うんですけど、まだ確定はしてないです」

「しかし巨大な銅鐸は、置いて見るためのもの、という説もあるな」

 健吾は空のポテチ袋を丁寧に折りたたんで、足元のくず箱に入れる。

「そうです。だからまだ、基本的には謎の遺物ということではないかと」

 平城が満足そうにうなずいた。

「うん。それが聞きたかった」

「というと平城さんはやはり、銅鐸についてぶっ飛んだことを考えてるんですか?」

「ぶっ飛んでいるかどうかは君が判断するといい」

「いいでしょう。聞きましょう」

 後席の背にもたれたまま、平城は少し大きめの声で話し始めた。沙良にも聞こえるようにとの配慮だ。

「まず銅鐸の年代だが、紀元前二世紀から二世紀の間だ。ほぼ四百年間だ。つまりその終末期は、邪馬台国と重なる」

 健吾がうなずく。

「そのとおりです」

「ということはだ、四百年に渡って造り続けられていた銅鐸は、邪馬台国の隆盛と共に終わりを迎えたわけだ。そこでいったいなにがあったのか? そこが問題だ」

「なにがあったと?」

 平城が一呼吸置いた。


「邪馬台国で、きちんとした祭祀が始まった。

 おそらくは卑弥呼よりも数代前から行われていただろう“鬼道”による祭祀が、卑弥呼により本格的に始まったのだ」

 魏志倭人伝にはこう記されている。『名づけて卑弥呼とう。鬼道につかえ、く衆を惑わし』。惑わし、の解釈は確定していない。人々の心を掴んでいたという意味に取るのが、最も素直な解釈だろう。

「僕はてっきり、弥生文化による縄文文化の殲滅が原因、とくるかと思ってました」

 少し意外な感じがして、健吾は聞いた。

 すぐに平城が言葉を返す。

「それだと、少し時間が合わない。銅鐸が造られていたのは二世紀までだ。三世紀前半は卑弥呼の全盛期だ。まだ邪馬台国の縄文文化は滅びていない」

「なるほど。けっこう細かくきましたね」

 平城が笑った。

「少しくらい考えなければめちゃくちゃになってしまうからな」

「昨日はちょっとめちゃくちゃだと思ってましたけど、考えは変わりました。とりあえずお話を最後まで聞いてから、スサノオの女装についてはもう一度考えようかと」

「そうか、スサノオの話だったな、これは」

「平城さん」

「ヒサヒデさん! そこは忘れないで!」

 ふうっと、健吾はため息をつく。

「それで、鬼道の祭祀が始まったところまで行きましたけど」

 平城がアーモンドをかじる音が聞こえる。

「鬼道祭祀が本格的に始まると、なぜ銅鐸が造られなくなるかを説明しなくちゃいけないだろう」

 そこが重要なのだ。健吾は少し考えてから言葉を繋ぐ。

「銅鐸はなんらかの祭祀器具だったという説もありますから、ただ鬼道祭祀が始まっただけでは、銅鐸が造られなくなった理由としては弱いかと」

 平城がチョコボールの箱を座席に置いて、また身を乗り出す。


「では説明させてもらおう。

 若者、君は神戸市の長田区にある鉄人28号を見たことがあるか?」

 一瞬、健吾はそんな遺跡あったっけ? と思う。弥生時代と現代の切り替えが頭の中でうまく行かなかったのだ。

「いきなりなにを」

「必要なことなのだ。答えてくれたまえ」

「あたし、見てきました!」

 沙良がぱっと右手を上げる。

「君は、ほんとになんでも見ているな」

「沙良さん、すごい」

 沙良が恐る恐る声を出す。

「まさか、鉄人に縄鳥居が……」

「沙良君、さすがにそれはない」

 ふうと沙良が息を吐く。

「よかった、鉄人にも注連縄ついてたらどうしようかと」

 平城と健吾が声を出して笑う。

「沙良君。それで、鉄人28号はどうだった」

 沙良の声が大きくなる。

「すごいですよ! でっかいんです。すごくいい出来なんです! 全然バランスおかしくないし。本物の鉄人が立ってるみたいなの」

 健吾がへえと感心する。

「そうなんだ」

「若者、君は知らないのか」

「知りませんでした」

 平城が両腕を前席にかけて話し始めた。


「そうか、しかたない。少し説明しておこう。

 私は五年ほど前に見てきたのだが、そのときの状況で話させてもらおう。

 鉄人28号の像は、全高十五メートルほどある。まさしく実物大なのだ。

 沙良君が言ったように、素晴らしい造形クオリティだ。いつまでも眺めていたくなるほどだ。

 この像のクオリティ、迫力、力強さは一見の価値があるのだが、しかし像が造られた由来には、悲しいものがある。

 1995年、阪神・淡路大震災が、その地を襲った。

 神戸市長田区は甚大な被害を被ったのだ。テレビ中継で見た、燃え上がる長田区の映像は一生忘れられないくらいに衝撃的だった。

 震災後、長田区は再開発が始まり、それも落ち着いた2009年に復興の象徴として、鉄人28号像が造られたのだ」

 ゆっくりとうなずいたあと、健吾は小さく声に出す。

「1995年は僕が生まれた年なんです。でも震災のことは知っています」

「あたしは一歳のときです。最近になって高速道路が倒れてる映像を見ましたけど、言葉が出なかったなあ……」

 沙良もあの映像には衝撃を受けたのだ。

 平城はふたりの言葉にうなずき、数呼吸置いてから続けた。

「実は、私はこの長田の鉄人28号像を前にして、少し不思議な気分を味わったのだ。

 鉄人28号像は、新長田駅南側の公園に、むき出しの状態でポツンと立っていた。

 ポツンという表現が十五メートルの立像に当てはまるかどうかはわからないが、少なくとも私にはそう見えたのだ。

 むき出しの状態で、風雨に晒されたままで公園に立っている巨像。

 私はふと、奈良の大仏を思い出した。鉄人28号像と、奈良の大仏を比べてしまったのだ。

 奈良の大仏は確か、座高がほぼ十五メートルだったはずだ。高さだけでみれば、長田の鉄人28号像とほぼ同じくらいなのだ。

 しかし奈良の大仏は巨大な大仏殿に覆われ、全体の体積感は鉄人28号像の比ではない。

 奈良の大仏の方が大きく感じるとか、そういう比較の話ではない。

 大仏は大仏殿に覆われ、風雨から守られている。

 それに対して鉄人28号像はむき出しで、ポツンとしていて、風雨に晒されている。

 私はその違いに、どうしてだろう? という不思議な疑問を抱いたのだ」

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