第29話 出雲侵攻(2)
ヴィッツは奈良市を抜けて大和郡山に入る。国道24号線の流れは順調だ。沙良は珍しく追い越し車線を走っている。平城の、あまり時間を無駄にできないという言葉が頭にあるのかもしれない。
それでも沙良の運転は相変わらず慎重だ。平城と健吾の会話を注意深く聞いているのが表情からわかるが、車間距離を充分に取ることを忘れていない。
平城が話を続ける。
「そして、西暦270年前後、ヤマトは国家首脳を集めて会議を行う。
その会議で、今までは暗黙の了解であった縄文文化抹殺を、国の政策として正式決定し挙兵する」
健吾は首を回してすぐうしろにいる平城を見る。
「これはまた詳細な状況説明ですね。平城さんの想像だとは思いますが、またあえて聞きます。根拠は?」
「古事記に書いてあるからだ」
平城がにやりとする。
健吾が首をひねった。
「ええと、そんな記述に覚えはないんですけど」
「あたりまえだ。そのまま書くわけはなかろう。
昨日、作業場でこの話をはじめたときに確認しておいたはずだぞ。
神話の記述はなんらかの出来事の比喩であり、記述された細かなことよりも、おおまかなエピソードを重視すればそれでいいと」
健吾は昨日の会話を思い出す。そのときはまだ平城がここまで歴史に強いとは考えていなかったのだ。
沙良が口を尖らせた。
「あー、あたし、そのときのお話聞いてないです。聞きたかったなあ」
「心配しなくてもいい。私が若者に叱られただけだ」
健吾は平城の言葉を聞き流すことにした。
「確かにそういうことを言いました。
それで平城さん、そのエピソードが古事記のどの部分なのかを教えてもらえるとありがたいんですけど」
平城は少し迷ったように口を閉ざすが、すぐに話し出す。
「そうしたいがもう少し待ってくれ。やはりあとでまとめて説明する方がわかりやすいと思う」
健吾は素直に受け入れることにした。
「わかりました。楽しみにしておきます。続けてください」
チョコボールをまたひとつ口の放り込んだあと、平城は続けた
「縄文文化抹殺を国家政策として宣言したヤマトは、同盟国である吉備にもそのことを伝える。
吉備ではまだヤマトに対する不満がくすぶってはいた。
しかしすでに吉備内部から公的には縄文文化は排除され、周辺の縄文文化もなくなっている。
人々の心も、吉備国粛清直後よりはヤマトに対して軟化していた。二十年という時間がそうさせたのだ。
そしてその頃、吉備にとって最大の不安は近畿のヤマトよりも、山の向こうの出雲だったのだ。
いつ侵略されてもおかしくない相手を、ヤマトは国敵として兵を挙げるという。
それなら吉備も、連合として戦うことに対してやぶさかではない。
こうして、ヤマトと吉備の利害は一致した。
連合としてはじめて共同戦線を組むことになり、吉備を前線基地として出雲へ向かったのだ」
健吾と沙良が一瞬顔を見合わせる。
「いよいよ出雲ですね!」
という沙良に、平城はうしろから声をかける。
「出雲だからって特別なことを話すわけじゃない。出雲が吉備・ヤマト連合によって滅ぼされたのはもうわかってることだからな」
健吾がポテチをまたつまむ。食べ始めたら止まらなくなってしまう。
「それにしても、出雲と邪馬台国の関係って、どんなだったんでしょうね。
平城さん大神神社では、出雲は邪馬台国よりも大きくて最強の縄文文化国家だって言ってましたよね」
平城もチョコボールをまたひとつつまむ。沙良も膝の上に置いた箱から、片手でチョコボールをつまみ出している。
「そうだ。出雲は最大の縄文文化国家だった。
大神神社でも話したが、それは出雲大社の巨大さ、出土遺物の豊富さ、そして神話の中での扱いの大きさなどからもわかる。
しかし私は、出雲は経済的に巨大ではあったし人口も多かっただろうが、やはり縄文文化の中心地は邪馬台国であったと考えている」
健吾がうなずく。
「そう思います。当時は政治と宗教は切っても切れない関係だったろうし、なによりも卑弥呼は“親魏倭王”の金印をもらってますからね」
「そのとおりだ。政と書いて、マツリ。つまり政治のことだ。宗教イコール政治だったのだ。その宗教の主役が卑弥呼だったのだから、やはり縄文文化国家連合の政治中枢は邪馬台国にあったのだ」
親魏倭王の金印とは、中国の魏から倭国の王と認められ、与えられた金印のことだ。この記述は魏志倭人伝にあり、このとき魏は金印と共に様々な品を卑弥呼に与えている。この贈り物の中には銅鏡百枚があり、この銅鏡が各地で発掘される銅鏡のどれにあたるのかは、現在でもまだ議論の的だ。
また金印そのものが出土する可能性もゼロではない。
十八世紀に福岡県の志賀島で発見されたという“漢委奴国王印”(かんのわのなのこくおういん)のことを考えれば、親魏倭王の金印が発見される可能性は充分にあるのだ。
親魏倭王の金印が、どこにあるのか。
邪馬台国の位置論争と共にこれもまた様々な議論がなされ、様々な説が立てられている。
金印で思い出したのか、沙良がつぶやいた。
「漢委奴国王印って、国宝なんですよね。福岡市博物館に置いてあるんですけど、まだ見てないなあ」
平城が笑う。
「沙良君、君にはまだたくさんの時間がある。これからゆっくりと見て回ればいい」
「ですよね! うん、これからも国宝たくさん見に行きます!」
健吾がふと疑問に思って聞いた。
「沙良さん、国宝だけなんですか? 他の重要文化財とかは?」
「もちろん重要文化財も見てますよ。ただ、どこかに出かけたりするときは基本的に国宝目的だけなんです。
さっき平城宮で話したことと同じになっちゃうんですけど、文化財に優劣をつけるつもりはなくて、でもやっぱり時間に限りがあるから優先順位を決めなくちゃって。それで国宝ばかりになっちゃうんです」
「なるほど」
沙良のうしろで平城がうなずく。
「国宝だけでも全部見ようと思うと、かなり難しいだろう。やはり優先順位は必要だ」
ポテチがやめられなくなった健吾は袋を抱かえたままで平城に尋ねる。
「話、出雲に戻しますけど、邪馬台国が政治の中心ってことはわかるんですけど、その影響力が出雲にも及んでいたってことはどこからわかるんですか?
出雲は出雲で政治の中心地があって、邪馬台国とは完全に独立してたと考えるのが普通だと思うんですけど」
「そうだ。普通に考えればそうなるだろう。あれだけ巨大なクニだったのだからな。
ただ私は、卑弥呼の影響力が尋常ではなかったと思っている。出雲は間違いなくその影響を受けていた。影響を受けているということは、政治的には邪馬台国下だったと考えていい」
健吾は首をひねる。
「またあえて聞きますけど、根拠はあるんですか?」
平城が身を乗り出して、健吾と沙良の間で言った。
「
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