第28話 出雲侵攻(1)

 三人は平城宮の北出入り口まで戻って来ていた。

「卑弥呼の死とそれ以降については、車に戻ってからにしよう。

 その前に移動だ。若者、平城宮はもういいか?」

 平城の言葉に健吾は振り向き、もう一度大極殿を見上げた。

「はい。大丈夫です。堪能しました」

「すまない。私の話ばかりで」

「いえ、今日の目的はその話なので」

 沙良が聞いた。

「次はどこに行きます?」

 平城が平城宮を出ながら言う。

「藤原宮だ。できれば遠回りして明日香村を通って行きたいが、どうだ沙良君」

 沙良が平城宮と歩道の境をぴょんと飛んで超える。

「明日香から藤原宮ですね! 藤原宮は一度行ったことがあります。了解です!」

「行ったり戻ったりのコースになってしまうな。すまない」

「大丈夫ですよ! 奈良はあっちに行ってまた戻ってこっちに行って、みたいにしなきゃ回れませんから!」

 藤原宮跡には、健吾も小学生のときに一度、両親と共に出かけたことを覚えている。歴史を本で読むのが楽しくて仕方ない頃だった。

 健吾はジーンズのうしろポケットからスマホを取り出して時間を確認する。十六時を少し回ったところだった。


 駐車場のヴィッツに戻り、沙良がナビをセットする。

「ヒサヒデさん、明日香ってどのあたりに設定しますか?」

 明日香村の道はややこしい。経由地の指定をしないと余計な回り道をしなければいけないこともある。

「そうだな。近鉄の飛鳥駅にしておこう。そこから天武・持統天皇陵を周って藤原宮というルートがいいだろう」

 平城は相変わらず後部座席に乗り込んでいる。

 沙良が近鉄飛鳥駅を入力し、セットする。ナビが国道24号線をまっすぐ橿原まで南下するルートを表示した。

「では出発します!」

 沙良はそう言うと、ヴィッツを発進させた。

 平城は早々にチョコボールの箱をコンビニ袋から取り出している。チョコボールの箱はふたつあった。

「沙良君、君の分だ」

 平城が開封した箱をうしろから沙良に手渡す。沙良は肩越しに箱を受け取って「ありがとうございます!」と嬉しそうにする。

「そして若者、これは君のだ」

 平城はコンビニ袋からポテトチップスの袋を取り出した。

「チョコボールが欲しくなったら言ってくれ」

 健吾は助手席から手を伸ばしてポテトチップスを受け取る。

「ありがとうございます。でもなんで僕はポテチなんですか」

「コンビニまで歩いているときにいろいろと考えたのだ。

 『2001年宇宙の旅』に出てきたハムサンドにするか、『ブレードランナー』の丼にするか、あるいは『ツイスター』のステーキにするか」

「ちょっと待ってください。ステーキは食べたばかりじゃないですか」

 沙良がハンドルを握ったままくすくすと笑ってる。

「そうだ。だからやめた。そこで思いついたのが『デス・ノート』のポテチだ」

「よかった。丼にされたらどうしようかと思いました」

「あの知的な映画『デス・ノート』のポテチだと思って食べたまえ。今日はきっと君もかなり頭を使っているだろうからな」

 平城が挙げた映画で健吾が見ていたのは、『デス・ノート』だけだった。それはそれで運が良かったのだろう。

 ヴィッツは国道24号線に乗り、順調に南下を始めた。

 健吾がポテチの袋を開けたとき、平城が話し始めた。

「話を続けるぞ。あまり時間を無駄にできないからな」

 健吾はポテチをかじりながら応える。

「ですね。お願いします」

 平城が続きを話し始めた。

「まずは、卑弥呼の死がヤマト・吉備連合、そして出雲にどういう影響を与えたかだ」

 沙良が前を向いたまま平城に聞く。

「卑弥呼、亡くなっちゃたわけですけど、弥生時代にそういう情報ってどうやってヤマトまで伝わったんでしょうね。電話ないし」

 平城が前かがみになって、ふたりによく話が聞こえるようにする。

「いつの時代でも、情報は戦いの重要な要素だ。相手がどんな状態にあるのかがわかっていないと、戦いを仕掛けることもできない。

 弥生時代、相手のことを知ろうと思えば、取る手立てはひとつしかない。

 つまり、スパイだ。卑弥呼の死は、ヤマト・吉備連合が邪馬台国と出雲に派遣したスパイによってヤマトに伝えられた」

「スパイですか」

 他になにか方法はあるだろうかと健吾は考えたが、思いつかない。

「これから戦争になるだろうと予想している相手だ。当然スパイは送り込んでいるだろう。

 スパイは縄文文化に溶け込み、その内部情報をヤマトに伝えていたのだ。

 映画『インファナル・アフェア』を観たことがあるか」

 健吾は一瞬戸惑ったが、すぐに思い出した。

「リメイクの『ディパーテッド』なら」

 あまり映画を観ることがない健吾の、数少ない観た映画のひとつだ。潜入捜査官が犯罪組織に潜り込み溶け込んで、情報を警察に伝えるという内容だ。

「よくできたリメイクだからそれでかまわない。とにかくあの映画と同じことを、ヤマトはやっていたのだ。

 卑弥呼の死からしばらくして、情報はヤマトに伝えられた。

 ヤマトはここが好機だと考えた。そして、そこからおおよそ二十年をかけて、本格的な戦争準備をしたのだ」

「二十年もかけましたか」

「現代のように、翌日空爆を行うというわけにはいかないからな」

「それにしてもどこから二十年という数字が出てきたんですか」

「それは君の方がよく知っているだろう。

 卑弥呼の死は西暦247年か248年だと考えられている。しかし西暦266年に、倭の女王が晋に朝貢したとの記録も残っている。この女王とは、普通に考えれば卑弥呼のあとを継いだ台与(トヨ)のことだ」

「晋書ですね。晋に朝貢しているということは、このときはまだトヨの政権があるわけで、つまりまだ邪馬台国は存在してるってことになるわけですね」

「そういうことだ。

 それに卑弥呼が死んだからといっても、すぐに邪馬台国が弱体化するわけではない。ヤマトは、強力すぎた卑弥呼の死によって邪馬台国と出雲が内部から崩壊していくのを待ったのだと思う。

 加えて、粛清で力を削がれた吉備を立ち直らせなければいけない。

 これらを考えれば、二十年は妥当な時間だ。そして結果的にこの戦略は正しかった。

 おそらく台与には卑弥呼ほどの統率力はなかったのだろう。

 やがて邪馬台国と出雲は、徐々にその力を失っていく」

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