第27話 血の粛清(3)
平城が頭を下げて大極殿から目を逸らし、足元に目をやる。
「そこに、大和からヤマト弥生文化人がやってくる。同じ日向に出自を持つ同胞を訪ねて来たのだ。
彼らはちょうど、唐古・鍵を滅ぼしたあとだった。
最終目標を出雲、そして邪馬台国に置いていたヤマト弥生文化人は、同胞である吉備国の協力を求めて、連合を作ろうとしていたのだ。
弥生文化の純粋化を目指し縄文文化を敵としていたヤマト弥生文化人は、吉備の状況を見て驚いた。
忌むべき文化である縄文が、吉備の弥生文化と交じり合っているのだ。
ヤマト弥生文化人の危機感は相当なものだったに違いない。
ヤマトの吉備への訪問団はすぐにヤマトへ戻り、対策を協議する。その結果、やはり吉備から縄文文化を排除せねばならないとの結論に達するわけだ。
ヤマトから吉備に送られた兵団はそれ相応のものだったのだろう。
そして吉備は、まさしく血の雨が降る戦場と化した」
平城のすぐ横を歩く沙良が顔を伏せた。
「縄文文化人は殺戮され、吉備弥生文化人も例外ではなかった。少しでも縄文文化を感じさせるものはすべて、処理の対象だった。
吉備弥生文化人は、同胞であるはずのヤマト弥生文化人に殺戮されたのだ」
健吾の頭の中でまた、戦場の場面が浮かんでくる。
剣を持ち、一気にムラに襲い掛かるヤマト兵団。逃げ惑う吉備の人々と縄文文化人。燃え上がる建物。子どもを抱いて逃げ惑う女性。それを追うヤマト人。ムラ中に溢れる死体と破壊され散乱する土器。
健吾の頭に赤子の鳴き声とその母の悲鳴が響き渡る。
頭を振って、健吾はその場面を消し去った。平城の声が聞こえてきた。
「すべてが終わったあと、吉備の縄文文化を排除したヤマト弥生文化人はその地に、大神神社と同じく祭祀施設を建設する。
大神神社と違うのは、そこに祀られたのが縄文文化人の霊と縄文文化だけでなく、吉備弥生文化人の霊も入っていたということだ。
吉備弥生文化人が悪いことをしたわけではないことを、ヤマトは知っていた。
しかし、もはやヤマトの政策と化していた縄文文化排除のためには、たとえ同胞であろうとも文化的傾斜を示した者を放って置くわけにはいかなかったのだ。
だからこそ、殺された吉備弥生文化人は怨霊となる可能性がある。
吉備弥生文化人は、縄文文化人と同じく祀らなければならない対象だったのだ。
こうして出来上がったのが、吉備津神社なのだ」
健吾はため息をついた。大神神社と同じく、吉備津神社も血にまみれている。
「そして、祭神が対縄文文化怨霊監視神であるオオクニヌシでは、吉備弥生文化人の怨霊と吉備という地を鎮めることができないと考えたヤマトが、その役割を任せたのが吉備津彦命だったのだ」
沙良が顔を伏せたままつぶやいた。
「吉備の縄文文化をなくして、自分たちがきれいだと思う弥生文化のクニとして作り直すためにですよね。そんなひどいことすれば、怨霊だって生まれちゃいますよね」
健吾は平城の話の中の、ヤマトに憤りを感じていた。そこまで平城の話に感情移入していることに、健吾自身は気づいていない。
「それにしても平城さん、ヤマトはそこまでする必要があったんでしょうか。同胞を殺してまで吉備を更生させる意味があったんでしょうか」
「近いうちに起る出雲との戦争のために、連合勢力が欲しかったというのが一番大きな理由だろう」
健吾の声が少し大きくなる。
「でも、連合相手を攻めてちゃ本末転倒じゃないですか」
平城はしばし言葉を止めて目を伏せる。
「これは、きちんとした歴史的理由みたいであまり持ち出したくなかったのだが、しかたがない。
吉備には塩と、鉄があったのだ」
吉備の塩は弥生時代から生産されている。現代でも赤穂の塩は有名だ。
「鉄……。そうか、吉備は古代からの鉄の産地だ」
弥生時代の製鉄遺跡ではないかといわれている小丸遺跡をはじめとして、吉備ではこれまでに製鉄遺跡が約三十、製鉄炉は百基以上が発掘されている。
「弥生後期、吉備ではもう鉄の生産が行われていたのではないか。
古今和歌集に『真金吹く 吉備の中山 帯にせる 細谷川の音のさやけさ』という歌が載っている。
『真金吹く』とは吉備国を示す枕詞だ。そして『真金』は鉄のことだ」
健吾はうなった。健吾にとってはわかりやすい理由だ。
「そういうことですか。吉備の鉄と塩は、ヤマトにとっては重要だった」
「出雲と戦争しようと準備しているヤマトだからな。
塩と、そしてなによりも鉄はどんな犠牲を払っても手に入れなければならない貴重なものだった。
同胞を殺してもなお、手に入れなければならないものだったのだ。
弥生文化の純粋化と鉄の入手。それが、ヤマトが吉備国を攻めた理由だ」
三人は大極殿を囲む塀を一周して、大極殿前の芝生に戻ってきた。
目の前の大極殿を三人は再び見上げる。平城がそのまま話し始めた。
「ヤマトは吉備国の縄文文化を排除し、同時に鉄と塩を入手する。
このヤマトの吉備国粛清は大きな禍根を残すことになった。飛鳥時代まで続く吉備との確執だ。ヤマトは大きな爆弾も抱えることになったのだ。
ヤマトから見れば、文化的反乱ともいえる吉備の縄文弥生両文化の融合だが、吉備からしてみればこれは言いがかりだ。
吉備はヤマトと同様、最善と思える方法を模索した結果、文化的融合へと向かったのだから。
文化的融合はそのまま生物学的融合に繋がる。吉備の弥生文化人と縄文文化人はすでに、血の繋がりを持っていたのだ。
吉備は納得できない理由で同胞を殺され、また文化的融合に加えて血の繋がりをも持つ近しい間柄になっていた縄文文化人たちを殺されている。
吉備がこの粛清のあとで、ヤマトを信用しなくなったとしても当然だろう。
吉備はヤマトと同じく日向を祖とする弥生文化人だが、心は縄文文化人と共にあったのだ。
まるで『宇宙戦艦ヤマト』のデスラー総統みたいではないか」
健吾が平城をにらむ。沙良がくすっと笑った。
「余分な発言ですね」
健吾は『宇宙戦艦ヤマト』というアニメのことは知っているが、やはり見たことはなかった。
「ヤマトは弥生文化圏の問題児、吉備をその後どうコントロールしようとしたのか。どうやってヤマト、吉備連合を維持しようとしたのか。
おそらくは、現在もよく使われる方法が採られた。
安全保障をちらつかせた、従属強要だ」
「難しくなってきましたね。簡単に説明をお願いします」
平城は頭を下げ、芝生に目を落として歩きはじめる。平城宮の出口に向かっているようだ。
「特に難しい話ではない。
縄文文化との融合は、吉備にとっては二重に自身の安全を図る方法だった。
ひとつは、吉備周辺の縄文文化人との争いを避けることができる。
ふたつ目は、強大な出雲の文化圏に入ることによる出雲からの侵略確率の低減だ。
それがヤマトの粛清によって、そのふたつを同時に失うことになったのだ」
「なるほど」
「このような丸裸状態の吉備に対してヤマトは提案したはずだ。
周辺の縄文文化は我々が駆逐する。出雲からは我々が守る、と」
健吾は少し考えてから口を開く。
「今でいう、核の傘と第七艦隊のようなものですか」
平城が口角を上げながらうなずいた。
「日本がアメリカに従属強要されているとは決して思いたくはないが、まあ論理的には同じようなことだろう」
沙良が平城の横で首をひねる。
「あたし、よくわからないんですけど、それって脅されてるってことですよね。なんだか吉備に同情してしまいそう」
平城が沙良を向いて話す。
「そのまま脅迫だ、これは。ヤマトは、自分たちの言うことを聞かなければ、なにが起こっても放っておくぞ、と吉備に提案したわけだ。
吉備としては、ヤマトに恨みもあるし従いたくもない。すかしすでに、吉備に打つ手はなかったのだ。吉備はヤマトの提案を受け入れるしかなかった。
こうして、ヤマト・吉備連合が成立することになる」
平城はゆっくり歩きながら言葉を繋ぐ。
「ヤマト・吉備連合はなんとか成立するわけだが、これで吉備がおとなしくなると思ったら大間違いだったのだ。
連合後、吉備側も気がつくわけだ。ヤマトは吉備の兵力や鉄がなければ、出雲に対抗できないのではないかと。
おそらく細かな反乱まがいが数多く起き、縄文文化的なものを復活させるような文化的反乱も幾度か起きたことだろう。
いわば、レジスタンスだ。
ヤマトはそのたびにレジスタンスを抑え込むわけだが、非常に手を焼いたはずだ。
そして、このようなヤマトと吉備の微妙な関係が続いていた弥生末期、皆既日食と共に日本列島を揺るがす大事件が勃発する。西暦248年だ」
「お」
健吾が思わず声を出してしまう。
「248年!」
沙良が声を上げる。記憶している馴染みの年なのだろう。
平城が立ち止まった。
「卑弥呼の死だ」
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