第24話 こおろこおろ(2)

「え?」

「ええ!?」

 健吾と沙良が同時に声を上げた。

 平城がにやりと笑う。

「若者、イザナギとイザナミは、どうやって国作りをした?」

「ええと、それは、柱の周りをまわって、出会ったところでふたりの体の一部を、あの」

「若者くん、間違ってるよ」

「若者、間違ってるぞ。それは次の段階だ」

 健吾は一瞬考える。


「すみません、間違ってました。

 あの、天浮橋アメノウキハシから天沼矛アメノヌボコという矛を下界の海に差し込んで、ぐるぐる回して作ったかと」

「そうそう! 矛を回していたら海が、こおろこおろと凝り固まったんだよ」

 平城が椅子にもたれて足を組む。

「そうだ。そうやってオノゴロ島が出来上がった。

 創作もそれとまったく同じだと私は思う。

 材料となる海がある。そこに自分の興味や好奇心や思いついたネタなどの矛を差し込んでぐるぐる回す。すると、こおろこおろと凝り固まってくるものがある。その固まりを逃がさないようにさらに矛を回せば、やがて島になるというわけだ」

 健吾が平城をにらむように見る。

「平城さん、そんな説教的なたとえ話をする人じゃなかったですよね」

 平城が声を上げて笑った。

「いいじゃないか。たまには高尚っぽいことも言わせてくれ」

「ヒサヒデさん、その材料になる海なんですけど、もしかしてそれが前に聞いたいろいろなものを見ろ、ということですか」

「沙良君、わかっているじゃないか。そのとおりだ。

 まずは材料がなければ話にならない。その材料を蓄えることをしなければ、創作もなにもあったものではない」

 沙良がため息をついた。

「そうか、そういうことなんだ」

 平城は足を組んだまま身を乗り出す。

「それから、これこそ経験からなのだが、オリジナルという言葉にあまりこだわらない方がいい。その言葉に縛られてしまうことがある。

 この世の中に、本当のオリジナルなんてありはしない、と考えるのだ。

 すべては過去の遺産からできている。相対性理論だって先人の残した研究結果というベースがなければできなかっただろう」

 健吾は首を傾げる。

「そういうものですか」

「そういうものだ。

 ただ、オリジナルをやろうとする人間が絶対に守らなければならないことがある」

「パクっちゃだめ、ということですか」

 平城が笑う。

「そんな当然のことではない。

 いいか沙良君、好きな誰かの作品を思い浮かべて、この作品みたいにしたい、とは思わないように努力することだ。

 それさえできれば、きっとうまくいく。大元のイメージさえ自分のものなら、オリジナルは出来る」

「わかりました! たくさん材料をあつめて海を大きくして、矛もたくさん用意できるようにして、あたしだけのイメージでこおろこおろします!」

 平城がうなずく。健吾も自然と笑みがこぼれる。

「作品を見せてもらうことを、楽しみにしている」

「沙良さん、僕も楽しみにしてますから」

 沙良が両手を上げて背伸びをする。

「なんか、がんばろうって気になってきちゃった! 若者くん、がんばろ!」

「あ、はい」

 健吾は思わず返事をする。

 平城が腕時計を見る。もう二十年使っているというタグ・ホイヤーだ。

「そろそろ出るとするか。いい時間だ」

 時計は十四時半を指していた。


 焼肉店から出て、ヴィッツに戻る途中で平城がふたりに声をかけた。

「さっきUターンに使ったコンビニがそこにあったな。そこまで行ってくる。待っててくれ」

 そう言い残して平城はひとりでコンビニに向かった。コンビニまでは百メートルほどだ。

 健吾と沙良はヴィッツの横で平城を待つことにした。沙良が車内からアイコスを取り出してセットする。

「ヒサヒデさん、けっこう払ったんじゃないかなあ」

「ですよ。ちらっと見たら三万円近かったですよ。ほんとにめちゃくちゃなんだから。お昼ご飯なのに」

 沙良がアイコスをくわえて心配そうにつぶやいた。

「よかったのかなあ。遠慮なく言われるままに食べちゃったけど」

 健吾が、コンビニの方へ遠ざかる少し猫背気味の平城のうしろ姿を眺めながら話す。

「平城さん、僕がバイトに行くときもたまにこういうことするんですよね。かと思えば晩御飯にたこ焼きだけとか。

 だから心配することはないと思うんだけど、これに慣れちゃって、え、今日はたこ焼きなの? とこっちが思っちゃうことが怖いから、バイトのときはリクエストすることにしてるんです」

「そうだったんですか」

「リクエスト聞いてもらえないときもありますけど。今日は沙良さんがいたから黙ってたけど、黙ってるとこれです」

「でも、おいしかった! いいお肉だったよね」

「ですね。おいしかったです」

 ふたりは顔を見合わせて微笑みあう。

 健吾が気がついたように言葉を重ねる。

「沙良さん、作品造るのって、やっぱり大変なんですか」

 沙良がゆっくりとアイコスを吸う。

「造るのはもう技術の問題だからなんとかがんばるしかないんだけど、その前のなにを造ろうってところで、最近つまずいてるんです」

「そうなんですか。僕は作品っていうのを作ったことがないから、さっきの話もよくわからなかったんですけど、そういうところで悩んでるんだ」

「たぶんだけど、造形だけじゃなくてなにか自分の作品を作る人って、みんなそこで悩むんだと思います。そこが辛いんだけど、ヒサヒデさんが言ったみたいに一番楽しいところでもあるんだと思います。

 だから、ほんとに辛いのはなにも思い浮かばないとき。

 自分の中になにもなくて、人の作品のイメージしか出てこなくて、ああ自分にはなにもないなって思っちゃうときが、ほんとに辛いんです」

 健吾はふと、自分もそうじゃないのかと思う。文献的、考古学的知識ばかりを増やして、それを自分の考えにまで持っていけない自分は、もしかしたら沙良の悩みをわかっているのかもしれない。

 ただ、作品という目標があるかないかだけの違いで、自分はその悩みを自分でわかろうとしていないだけかもしれない。

「沙良さん、平城さんのさっきの話、役に立ちました?」

「こおろこおろの話ですか? 役に立ったというか、なんか救われた気がしました。

 あたしはまだ、こおろこおろと凝り固まるまで矛を回してないんじゃないかって。

 自分の中になにもないんじゃなくて、回し方が足りないだけで材料が凝り固まってないんだって思うことができました」

 健吾はうつむく。

「そうなんだ。沙良さんがうらやましいです」

 アイコスを加えたままの沙良の眼が、少し大きくなる。

「え、どうしてですか」

「……僕、実は歴史をやめようかと思ってるところなんです。歴史が悪いわけじゃなくて、僕が悪いんですけど。歴史の知識が増えて、なんになるんだと思えてきたんです」

「若者くん」

 健吾が顔を上げて微笑む。

「すみません。平城さんには言わないでください。なんとなく、沙良さんには話してみようかなって思っただけだから」

 沙良はアイコスを手に持ったまま、健吾を見つめている。

 駐車場の先に、引き返してきた平城の姿が見えた。

「平城さん、戻ってきましたよ」

「若者くん、あのね」

「大丈夫ですよ。車に乗りましょう」

 平城が近づき、コンビニ袋をふたりに見せる。

「飲み物とおやつだ」

 三人はそれぞれの席に乗り、沙良が平城宮に向けてハンドルを切った。

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