第23話 こおろこおろ(1)

 ヴィッツは順調に走っている。右手に巨大なショッピングモールが見える。イオンモール大和郡山店だ。

 西九条南の交差点を過ぎたところで、平城が沙良に声をかけた。

「沙良君、そろそろごはんにしないか。平城宮に着いてしまうと、おそらく食べる所を探すのに苦労するのではないか」

 沙良が片手をハンドルから離して、おなかをさする。

「ですね! おなかもちょうどいい感じに減ってきました」

「いいですね。そうしましょう」

 健吾も賛成する。

「では、なにを食べようか」という平城の質問に、沙良も健吾も答えない。

 昼食代は平城持ちだとふたりは知っているので、リクエストを遠慮しているのだ。

「では私が決めることにする。肉にしよう」

「おにく!?」

「肉、ですか?」

 ふたり同時に反応する。

「そうだ、肉だ。私は肉を食べたくなった。君たちも肉を食べるがいい」

 肉といわれて、断る二十代は男女問わずにそうはいないだろう。

 なぜ奈良で肉なんですかという健吾の疑問も、君は肉を食べたくないのかという平城の答えになっていない答えで流され、話はまとまった。


 焼肉店の当てのない三人は、お店が多そうだからという理由で、三条大路に入ることを決める。三条大路からなら平城宮はもう目の前だ。

 ヴィッツはそれから多少の渋滞も含めて十五分ほど走り、国道24号線奈良バイパスの高架に入る手前で三条大路へと抜ける脇道に入った。

 三条大路を左折すると、すぐに焼肉店が見つかった。反対車線側の店だったが、沙良がコンビニの駐車場を利用してすぐにUターンをする。

 ヴィッツが焼肉店の駐車場に入ったのは、十三時十分だった。

「あー! 運転よりもお話聞いてるのに疲れちゃった! ヒサヒデさんと若者くん、ずっと話してるんだから。それが面白いから困る!」

 車から降りて、沙良は大きく伸びをした。

「それはすまなかった。疲れたか? 運転、変わるか」

「なんの! ふたりは全力でお話していてください。あたしは運転を全力で!」

「沙良さん、すみませんほんとに」

「あたしに任せなさい、若者!」

 沙良はそう言うと、仁王立ちになって細い腰に手を当てた。

「よし、では肉を食べに行こう。君たちはおなかを壊さない程度に、好きなものを好きなだけ食べるといい」

「はーい!」

「わかりました」

 沙良と健吾は応えると、平城のあとについて店に向かった。


 店はそれほど混んではおらず、三人はすぐにテーブルに案内された。

 健吾と沙良が並んで座り、向かいに平城だ。四人掛けのテーブルには、真ん中にコンロが備えつけられている。内装を見ると、けっこう高級な焼肉店のようだ。

 店員がやってくると、平城がさっそく注文を始めた。

「特上塩タン五つ、特上カルビ五つ、特上ロース五つ、なんだこのネジという肉は」

「ちょっとちょっと平城さん」

「ネジというのは首の近くのお肉ですね。おいしいですよ」

 若い女性店員が笑顔で答えながら、注文を書きとめている。

「ではそれを三つ。なんだ、若者」

「あの、いきなり特上肉ばかりじゃないですか」

「すまん。君たちにさっき、好きなものを食えと言ったばかりだったな」

「いえ、そういうことじゃなくて」

「なんだ、ステーキがいいのか。お姉さん、ステーキはあるのかい」

「ございますよ、こちらです」

 店員がメニューを開く。

「若者、好きなものを食えとは言ったが、この極上ヘレ肉二百グラム六千円は勘弁してもらおう」

「だから平城さんそういうことじゃなくて、あ、いや、そういうことか。わかりました」

「あたしは今の注文で充分です!」

「僕も、あ、でもやっぱりちょっとステーキには惹かれるかな」

「わかった。ではこのランプ二百グラム三千円で妥協してくれ」

「もちろんです。沙良さん、ステーキは分けて食べましょう」

「うん! ありがとう!」

 それぞれにライスと飲み物を追加して、注文はとりあえず終わる。店員がコンロに火を点けてから引き返した。

 すぐに注文の品が運ばれ始めた。店員がステーキだけ少々お待ちくださいと、笑顔で告げる。

 五人分を大皿に盛られた肉が三皿、まずテーブルに並べられた。店員がそれぞれの肉の説明をする。

 店員が去ったあと、平城がまず塩タンをコンロに乗せ始めた。健吾と沙良も箸を持ち、タンを網の上に並べ始める。

 軽く炙った程度で、平城はタンを口に運び始めた。

「焼き過ぎるといけない。君たちも軽く炙る程度で食べるがいい」

 平城はそう言いながら次のタンをコンロに乗せる。

 健吾と沙良も、平城のいうとおりにしてタンを食べ始めた。

 しばらくは三人とも無言で、肉を焼く作業を続けた。

 タンを数枚食べたところで、沙良が向かいの平城に声をかけた。


「あのヒサヒデさん、昨日から聞こうと思ってたんですけど」

「なんだ」

 平城は肉をつまむ箸を止めずに聞き返す。

「どうしてスサノオを造ろうと思ったんですか」

 箸を止め、平城が沙良に顔を向ける。

「どうしてと言われても困るな。スサノオを造りたいと思ったから、ではだめなのか」

 沙良は握った箸を胸の前で止めて、どう聞けばいいのか考えているようだ。

「ええと、なんといえばいいのかな。

 昨日と今日のヒサヒデさんの話を聞いていて思ったんです。ひとつの造形をするために、これだけのことを考えるって、どういうことなんだろって」

 平城はまた箸を動かし始めた。

「スサノオのためにこれだけ考えたわけではない。逆だ。考えてたら、スサノオを造りたくなったというべきだな」

「どちらにしても、オリジナル造形のためってことですよね。あたし、お話聞いていて楽しかったの間違いないんですけど、少し怖くなっちゃって。オリジナル造形をするには、これだけ考えなきゃいけないのかなって。

 あたし、自分のオリジナル造るときには、今まであまり考えないでやってたから」

 平城が箸を小皿に置き、椅子に背をつけて腕を組んだ。

 ちょうど塩タンがなくなり皿が空いたところだ。

「なるほど。スサノオというよりも、オリジナル作品についてということか」

「あ、たぶん、はいです」

 沙良が自分の小皿に残るタンを口に運ぶ。

 店員がネジという肉が乗った皿とライスを運んできた。

 健吾が続けてロースをコンロに乗せようとしたところで、店員が「網を交換しましょうか」と尋ねた。

「お願いします」と健吾が応える。

 店員が網を交換したところで、沙良が話しだした。

「あたし、この頃よくわからなくなってきたんです。自分がなにを造りたいのか。自分だけのものを造りたいのはわかってるんですけど、でも、オリジナルってどうやって作ればいいのかがわからないんです」

「なるほど」

 平城が腕組みをしたまま、うつむいている沙良を見つめた。健吾も横目で沙良を見ている。

「私に、君になにかを話してあげられるだけの資格があるとは思えないのだが、私の経験という意味で聞いてくれるか」

「はい」

 沙良が顔を上げて平城を見つめた。


「まず最初に、造形の世界というのはオリジナルが非常に難しい世界だということを理解しておかなければならない。

 芸術の世界の彫塑、彫刻を含めてもいいが、今は私たちがやっている、そうだな、エンタテイメント造形とでも形容しておくが、いわゆるフィギュアの世界の話に絞ろう」

「はい。あたしもオリジナルのフィギュアが造りたいので」

 店員が、湯気の立つ鉄板を持ってきた。ランプステーキだ。

 健吾は自分と沙良の間に鉄板を置いてもらい、ナイフとフォークを持つ。

 平城も再び箸を持って、肉を網に乗せ始めた。

「このエンタテイメント造形の世界は、はっきりいって異常なのだ。他の世界と比べてみるとよくわかる。

 まず他のメジャーな世界では、オリジナルという言葉自体をほとんど使わない。なぜなら、オリジナルがあたりまえだからだ。オリジナルという言葉が使われず、逆にオリジナルではないものに呼び方がある。

 コミックの世界や小説の世界では、二次創作という言葉がある。音楽では、コピー、カヴァーなどになる。映画だけではないが、パロディやオマージュも使われる。

 要は、オリジナルがメインであって、それ以外は名称をつけて区別している。

 しかし、私たちの造形の世界はどうだ?

 基本的には二次創作がメインであって、オリジナルに“オリジナル”という名前をつけて区別しているんだ。なにも前提をつけずにフィギュアといえば、それはほぼ間違いなく二次創作作品だ。

 こんなおかしな世界は他にはない」

 健吾は平城の話を聞きながら、ナイフでステーキを切り分ける。

 一口大に切ったステーキをフォークに刺して沙良に手渡そうとすると、沙良は難しい顔をしてうつむいている。「沙良さん」と声をかけてもういちどフォークを差し出すと、沙良はなぜかそのまま動かずに口だけを開ける。

 え? と思いながらも、健吾は自然にそのまま沙良の口にフォークを持って行った。

 沙良は健吾が差し出した肉をぱくっと食べ、そのまま口だけをもぐもぐとしている。

「沙良君、どうした、大丈夫か」

 健吾と沙良の行動を見て、平城が声をかけた。

 沙良は顔を上げて平城を見つめ、もう一度顔をふせる。

「だって、あたしオリジナルやりたいって思ってるくせに、今ヒサヒデさんが話したことなんかなにも考えてなくて。なるほどと思ったけど、なんだか自分が情けなくて」

「沙良君、もっと気楽に聞いてくれ。今ここで君が落ち込むような話ではない。私は一般論を話してるだけだ」

 平城が箸を置いて、テーブルに肘をつく。少し慌てているように、健吾には見えた。

「はい。わかりました。若者くん、お肉ありがとう」

「頼む、元気を出してくれ」

 懇願するように平城がいう。

 沙良が背を伸ばして、深呼吸をする。

「わかりました! 元気出します」

「いいか、もう少し話すが、気楽に聞くんだぞ」

「はい! 若者くん、お肉!」

 と言いながら沙良が目を閉じて口を開く。あたふたしながら健吾はステーキを沙良の口まで運ぶ。

「うん、おいしい!」

 ふうっとため息をついて、平城が箸を持った。


「では続けるぞ。

 二次創作がメインのこの世界だが、それにはちゃんと理由がある。

 造形物の根本的な問題という理由があるんだ。だから私たちは、これを受け入れなければならない。

 つまり、造形物ではドラマや物語を表現できないということだ。

 物語やドラマは、基本的に時間の流れの中で表現されるものだ。

 しかし固体で出来た造形物は、時間の流れを表現できない。表現できるのは、時間の流れの中のただ一点だけだ。

 いくら面白い物語を作っても、どれだけすごい設定をしても、どれだけ泣けるドラマがあったとしても、造形物だけではそれは表現できない。

 この造形物の性質が意味するところは、物語、ドラマ、世界観などは、鑑賞者の頭の中にすでにあるものに頼るしかない、ということだ。

 鑑賞者の頭にあるアニメのシーンや映画のドラマに頼ることではじめて、フィギュアは物語性やドラマ性を得ることができる。

 これが、エンタテイメント造形の世界で、オリジナルが少なく別枠になっている理由だ。

 フィギュアの世界がアニメキャラクターや映画のキャラクターで埋め尽くされているのは、これが理由なのだ。

 もう少し考えを広げてみれば、ルネサンス期の彫刻だってそうだ。ミケランジェロは題材を聖書から採っている。

 これも、鑑賞する人の頭の中にあるドラマに頼っているという見方ができる」

「なるほど」

 思わず健吾がつぶやく。そういうことか。フィギュアとはそういうものだったんだ。

 これまでにも平城が原型を造ったフィギュアをかなり見てきたが、考えてみれば原作を知らないフィギュアを見ても、これはなんだろうという感想になる。そして原作を知っているフィギュアならば、頭に思い浮かぶのは原作の物語や一場面なのだ。

 そうだとすれば……。

「そうだとすれば平城さん。フィギュアって簡単に言ってしまえば、不完全な作品ってことになりませんか。だってフィギュアを観て思い浮かぶのが他人の作品ってことなら、それって作品と呼んでいいのかどうか」


「きついな、若者。

 私はさすがに作品ではないとまでは思っていない。しかし、極論からすれば君の言うとおりだ」

 沙良がまたうつむいている。

「フィギュアでオリジナルはできないってことですか」

「沙良君、大丈夫か」

 沙良があわてて顔を上げる。

「は、はい! 大丈夫です! 若者くん、お肉!」

 健吾があわててステーキを沙良の口に運ぶ。

「いいか、今話したことはある程度売り上げを考えた場合の話だ。商売が絡んだ話なのだ。

 ミケランジェロだって、商売で彫刻していたのだから。売ろうと思えば、フィギュアの場合は原作の力を借りた二次創作が一番簡単だ。

 だから私はフィギュアの二次創作を否定するつもりはまったくない。それなりにコストのかかる作業だからだ」

「でもあたしは、あたしはオリジナルが造りたいんです」

 健吾がまたあわてて、ステーキを運ぶ。最後の一切れだ。

「フィギュアでオリジナルは難しいとは言ったが、できないとは言っていない。

 私は思うのだ。二次創作フィギュアばかりを造っている人たちは、もしかしたら創作作業の一番楽しい部分を放棄しているのではないかと。

 フィギュア造りは創作作業だ。手作業にしろパソコンを使うにしろ、自分でモノを作り出すのだから。

 しかし創作の本当に楽しいところは、自分だけのイメージを頭の中に思い浮かべることだ。そしてそれをカタチにしていく。それが創作の醍醐味だ。

 その楽しみ方を知っているなら、オリジナルフィギュアは造れるはずだ」

「ですよね! できますよね!」

 沙良がやっと箸を持ち、皿に残った最後の肉を焼いていく。

「でもヒサヒデさん、その方法がわからないんです」

 健吾にはもう沙良に運ぶステーキがない。自分の小皿に乗ったネジ肉を運ぼうかどうしようか悩む。

 平城も小皿の最後の一切れを口に運ぶ。

「オリジナルを造る方法か。

 いいことを教えよう。その方法は、古事記に書いてある」

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