第12話 神社発祥(1)
平城が腕組みを解き、身を乗り出して沙良に話しかけた。
「沙良君、サービスエリアで休憩しよう。少し休みたまえ。運転は大丈夫か?」
にこっと笑って沙良が応える。
「全然大丈夫です! でも亀山に寄りますね」
「そうしてくれ。このところトイレが近くなって困っている」
「あらら」と沙良が笑う。
「ほんとはピースが吸いたいんでしょう」
これは健吾だ。
「それもないとはいえない。それからなにか甘いものが必要だ。チョコボールを仕入れよう」
「あ、いいですね!」
沙良が賛成する。
やがて沙良は分岐を左に入り、サービスエリアにヴィッツを駐車した。
駐車場は半分ほどが埋まっている。時刻は八時を回ったところだ。そろそろ秋の観光に出かける車が増えてきたのかもしれない。
喫煙所を待ち合わせの場所にしてそれぞれがトイレに向かう。
平城はそのあとで売店に寄り、チョコボールを仕入れたようだ。健吾は自販機で缶コーヒーを買おうかと思ったが、クルマに持ち込むにはペットボトルの方がいいと考えを変えて、コーラを選ぶ。お茶は平城のボトルにまだ残っていたからだ。
平城と健吾が喫煙所に向かうと、すでに沙良がそこに立っていた。
「沙良君、ピースを吸うか?」
平城が尋ねた。
沙良は両手を胸の前で振りながら「いえ、ありがとうございます」と応える。
「実は、何年か前までは普通に煙草吸ってたんですけど、やめたんです。でもアイコスが出てきて、それならもう一度吸ってみようかなって思ったんです。だから今はアイコスだけなんです」
そうなんだと思いながらも、健吾には沙良が煙草を吸っている姿をなかなか想像できない。アイコスでさえあれほど控えめな吸い方をしていた沙良は、煙草をどう吸っていたのだろう。
平城が設置された灰皿の前でピースを取り出す。
その姿を見ながら沙良が平城に尋ねた。
「ヒサヒデさん。お話の続きなんですけど、邪馬台国・大和朝廷並立説は畿内のヤマトが九州の邪馬台国を攻めて滅ぼしちゃったってことだと思ってるんですけど、さっき話していた戦争って、その戦争のことですか」
ジッポーがかちんと鳴り、ピースの先端が赤くなる。
「そうだ。しかしヤマトと邪馬台国の戦いは、いわば縄文文化と弥生文化の最終戦争だ。
そこに至る前にもう少し小さい戦争から始まったと、私は考えている。
まずはそこからはじめなければいけない」
健吾はコーラのボトルを開けて、口をつけながら平城を向く。
「平城さん、その小さな戦いって、もしかして纒向と唐古・鍵のことですか?」
「そうだ」
平城が紫煙をふうっと空に向かって吹く。
纏向と唐古・鍵の間で、戦争があった。健吾にはそれが実感として想像できない。
「しかし平城さん。纒向と唐古・鍵の間で戦争があったとしても、ふたつの遺跡は五キロくらいしか離れていないんですよ。ほんとの意味でお隣さんなんです。
それに弥生時代ですから、クニというよりも集落に近いですよね。人口もおそらくそれほど多くはないと思います。
そうすると戦争というよりは、なんだか町内会の対立レベルのような」
「町内会同士の戦争……。
大きな戦争って、あたしあまり実感が沸かないんですけど、町内会とかムラ同士の殺し合いって考えると、なんだかリアルに感じてしまって怖いですよね……」
沙良がその細い眉を少しひそめる。沙良は健吾よりも想像力が豊からしい。
「大きな戦争も町内会の争いも、結局は人間がやっていることだ。これは現在も弥生時代も変わらない」
平城がピースをくわえたまま、沙良にチョコボールの箱を手渡した。
「わあ、ありがとうございます!」
沙良はさっそくチョコボールを開封して、一粒口に放り込んでいる。
平城は健吾に向き直り、指にピースを挟む。
「若者、纏向と唐古・鍵では戦争という言葉のイメージに合わないか?
確かにそうかもしれない。現代のような兵器を使って大量に殺しあうという感じではないかもしれない。実際にどんな戦いがあったのかは、おそらくたくさんの史料が頭に入っている君の方がリアルに想像できるだろう」
その想像ができないから、健吾は実感が沸かないのだ。
チョコボールを舐めながら沙良が首を傾げる。
「纏向と唐古・鍵の戦争かあ。どんな戦いだったんでしょうか」
頭の中の史料を思い起こしながら、健吾はできる限りの想像をしてみる。
「武器は鉄剣か銅剣、青銅の鎧があったのかなかったのか。でも戦争が本当にあったのなら、リアルな白兵戦ですよね」
少しづつ健吾の頭に場面が浮かんでくる。数百人の弥生人が一気にムラを襲う場面だ。銅剣、あるいは鉄剣で武装した纏向の人々が唐古・鍵を襲う。建物は焼かれ、おそらくは始まっていただろう稲作地も荒らされたのだろう。
女、子供は? どうなったのだろう。その場面を想像してはじめて、健吾は空恐ろしくなった。
「私はそのシーンを想像すると身震いがする。おそらくたくさんの血が流れ、たくさんの人たちが死んだはずだ。
しかし、今想像しなければいけなのは、そういうシーンではない。
今考えるべきは、戦いの原因だ。問題は戦争の原因なのだ。
歩いて行けるほど近くにあったクニ、あるいはムラ同士の纒向と唐古・鍵が、なぜ相手を絶滅させるほどの戦いをしたか、だ」
健吾は頭に残る殺し合いのイメージを振り払いながら、平城の話を追っていく。
「でも邪馬台国とヤマトの戦争も、鉄の入手の問題なんかに原因を求める説があったりしますけど。
もしそういう理由なら、小規模なムラ同士の争いの原因としてはちょっと不釣り合いな気もします」
「不釣り合いだな。私もそう思う。両集落とも、まだそこまで鉄の入手にこだわるほど発展してなかったのでないかと思う」
沙良がチョコボールをもうひとつ口に含む。
「町内会の争いなら、原因はなにが考えられるのかな。やっぱり境界争いみたいなものかなあ」
沙良が口をもぐもぐとさせながら考えている。
平城がピースを大きく吸い込んだ。
「なるほど。境界争いか。考えられないことはない理由だ。
しかし、その理由で相手を全滅させるだろうか?
唐古・鍵は滅びているのだ。
もちろん戦争後に細々と生き延びた人たちがいて、集落もしばらくは存続していたと考えられないこともない。実際にそういう跡が発掘で出てきている。
ただ私は、戦争後にそこに住んだのが唐古・鍵の縄文文化人だとは思わない」
そのとおりだと健吾は思い出す。唐古・鍵は最盛期を過ぎたあとも、細々と存続していた形跡が見つかっている。
そして古墳期には唐古・鍵の集落があった場所に、前方後円墳が造られているのだ。前方後円墳は纏向と、同時に弥生文化の象徴だ。
これはやはり、唐古・鍵の縄文文化が滅び去った跡地に纏向弥生文化人が造ったと考えるべきなのだろう。
平城が続ける。
「文化としては、唐古・鍵の縄文文化は完全に滅びているのだ。
するとやはり境界争いでは理由として不十分なのではないかと、私は思う。
だから私は、もっと人間的な理由がそこにあったのではないかと考えている。纒向対唐古・鍵にも、ヤマト対邪馬台国にも」
人間的な理由? 憎悪とか?
「たとえば、どんな?」
健吾は深く考える前にふと質問してしまう。
平城がピースを灰皿に押しつけてから放り込む。
「ここまで話してきたのだから、わかるだろう。
文化の違いだよ。これは異文化が互いに殺しあった戦争なんだ」
古代の戦争理由に文化を持ち出した話を、健吾ははじめて聞いた。
「文化の違いが戦争の原因って、そんなことってあるんですか?」
「若者、君は宗教戦争を知らないのか。
人類の歴史上、最も多く人が死んでいるのは、二度の世界大戦ではない。
キリストやイスラム、ユダヤといった、神の名の元に行われた宗教がらみの争いで最も多くの人が死んでいるのだ。
現在も世界で起きているテロは、そのほとんどに宗教が絡んでいるじゃないか。
宗教の違いというのは、単純化すれば文化の違いだ」
そうだ。文化という大雑把な言い方ではなく、宗教やイデオロギーという言い方をする戦争原因は多い。しかしそれらはすべて、文化の違いと言い換えることができるのではないか。
「すみません。不用意な発言でした」
「あまりに根源的で当たり前の理由だからか、歴史では文化の違いとは言われないのかもしれない。だからもっと多彩で細かな理由がつけられるのだろう。
しかしどんなに細かく分けようとも、それらはすべて文化の違いとしてひとくくりにできるのだと思う」
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