第25話 『宝の山』
家に帰ると、一琉は押し入れの中から埃まみれの段ボールを引っ張り出していた。中には旧時代の図鑑やら、資料やら、グッズやら。この段ボール箱はゴミ箱なんだ。だから……捨てたことは、捨てたんだ。苦しい言い訳に自嘲する。未練がましく保管しているなんて、笑われるか、腫れ物に触れるように見られるか。好奇な目を向けられたらと思うと、恐れと痛みの混じった感情が押し寄せてくる。
手が止まった。
何をしているんだ自分は。放っておけよ。
――すごいです!
――……えと、じゃなくて、一琉さんが!
記憶を失っている彼女に、助けられているのは自分の方だ。
情報が多くて見やすい書籍を選んで、茶封筒に二冊入れる。密かに集め続けてきたこの情報が役に立つかもしれない。
次の日、委員長に手渡すのは、死獣の前に出るよりもずっとずっと勇気がいった。出勤して席に着くより前に、委員長の席まで行って、棟方の視線を受けながら、封筒を彼女の机の上に置く。
「これは?」
「……まひるに渡してくれ」
「ええ、いいけど」
どうせまひるが封を切るときに委員長も一緒に見ることだろうが、いたたまれなくなった一琉は逃げるようにその場を後にする。柄にもないことをしている自分に焦りを覚える。夜勤は夜勤のことだけを考えて生きているしかないと、わかっているのに。その日の戦闘中も、委員長が帰った後のことが気になって仕方がなかった。こっちに向かってきた死獣を取り逃がすし、仲間のおかげで死獣の捕捉がうまくいってあとは焼くだけだというときも、消滅した後までぼーっと照射し続けていた。自分でも情けないほど調子が狂う。
翌日。教室に入って自分の席に鞄を下ろすと、委員長がまっすぐこちらの方へと向かって歩いてきた。何か言われる。一琉は逃げたいような、聞きたいような、変な高揚感とともにじっと待った。
「滝本くん、昨日はありがとう。あんなにいい資料を持っていたなんて知らなかったわ。まひるちゃんガツガツ読んでいたわよ。これが何かにつながるといいわね」
「……そうか」
まひるが小さな体に一生懸命大判の本を抱えながら読む姿が目に浮かんだ。自分も小さい頃はそうだった。本は家にまだまだある。
「じゃ、また持ってくるよ」
思わずさらに申し出てしまった。夜生まれのくせにそんなに昼に興味があるのか、みじめなやつだ、と思われたかもしれない。そう思うのに、止められなかった。
「お願いするわ」
にこりと、配給カードで得たタダ飯を横流しされる時くらい、さらりと。
委員長の反応は恐れていたほどのものではなかった。
なんだ。
一琉は鞄を横にかけ、椅子に座る。
考えすぎなのかな、俺。
怖いものが一つ、この世から消えていくような、浄化されていく感覚。
何かにつけ「くだらない」って考えて、一番くだらないのは、俺なのではないだろうか。
そう思った、思い直した矢先、
「まひるちゃん、いくつか質問があるそうよ。あなたに会いたがっていたわ」
「俺に?」
また無理難題を言われてしまった。
「ええ。解説役が必要よ」
「解説役?」
旧時代の解説? 夜勤の俺が?
「……俺は、ただの夜生まれだ」
「え?」
だが、どういうこと? という顔をされてしまった。
「旧時代のことをまひるちゃんは知りたがっているわ。あなたしかいない」
「でも俺は、夜に生まれて……それで……」
そんな頭脳労働の極みみたいな、ご立派な役どころ、俺には似合わない。無理だ。やめろ。恥ずかしい。俺にはとても。
「夜? 今は旧時代の話をしているの。夜なんて関係ないじゃない」
「ええと……」
たしかに、行けば少し役に立てるかもしれないけど。
さっき「くだらない」のは自分自身だって思い直したのに、すぐこれだ。胸の内のざわざわした感情をなんとか鎮めて、頷いた。
「……わかった」
次の日、出勤前に、少しだけ立ち寄るつもりで委員長の家に行ってみることにした。真理子に案内されてリビングに入ると、まひるが本から顔を上げて迎えてくれた。そして、待ち構えていたように「過去の世界では、雨ってどうなっているのでしょう? コントロールできたのでしょうか……」などと質問された。
「人工降雨ってのがあったって聞いてるけどな。ただ、俺の予想では、ある程度湿度がないと、うまくいかなかったんじゃないかなと」
一琉はまた真理子に飲み物を選ばせてもらってから、予想を答える。するとその答えに対して、「そうですよね……。雲の無い所に雨雲を作って雨を降らせるのはさすがにまだ無理だっただろうと思います」
「へえ」
「でも、液体炭酸を使って、氷晶を発生させれば……」
返事が時折、一歩先二歩先を行くものだったりして、驚かされた。この小さな少女は、どうしてこんなにも旧時代の知識があるのだろう。打てば響くようなやりとりはさすが楽しい。時を忘れて話し込み、いつの間にか出勤時間ギリギリになっていた。
「もう行っちゃうんですか」
支度をし始める一琉に、残念そうにまひるが言う。後ろ髪が引かれた。
「……その。なんだ」
一琉は視線を逸らすと、
「また明日も、来てやってもいい」
「いいんですか!?」
「委員長は昼生まれだ。旧時代に明るい俺と、昼生まれの委員長とで話し合えば、少し前に進めるかもしれないからな」
にぱあっと笑う彼女を、可愛いと思ったことを隠すように、つい早口で言った。
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
そうやって一日、また一日と一琉がまひるの元へ通うのを、一班が見逃すはずがなく。
「また抜け駆けしやがって」
「まひるちゃんももう一班のメンバーなんだもん、あーりぃも会いたい☆」
加賀谷も有河も来るようになった。棟方はもともと頻繁に出入りしていたが、最近は毎日だ。委員長の立派な家がもう溜まり場になっている。
今日は加賀谷が何やら銃器を持ち込んで、
「ほぅら、まるひちゃんに似合う武器選んであげたんだよ。SAKO TRG 42だ。やっぱ小さな女の子が大きな武器を操っている姿がたまらんよな。ほら、これならスナイパーライフルとしては最軽量だし……」
などとまひるに握らせている。付き合う必要はないぞ、と一琉が割って入り、その手から銃を奪うと代わりに新しい本を握らせた。と思ったら、
「だめだめ☆ 今日はあーりぃがまひるんにメイクをする約束だったんだもん!」
と、取り上げられてしまった。その様子を、今日は特に巫女装束でもない棟方がじっと見ている。
「まひるちゃんも大変ね」
委員長が呆れるように言うが、ふと、
「それじゃ、メイクが終わったら、記念に写真を撮らない?」
それを聞いて、まひるの髪の毛をさっそくくるくるとカールさせていた有河が飛び上がる。
「えーっ、待って待って、あーりぃ気合入れなきゃー!」
「写真!? じゃあさじゃあさ、俺らも入ってみんなで撮ろうぜ! SAKO TRG 42のアングルは、ここで……」
加賀谷が立ち位置を勝手に決め始める。写真……か。行事の日でもないただの日常なのに、写真を撮ることなんてあるんだな。
真理子の手によって撮られた一枚の写真は、焼き増しして全員に配られた。おめかししたまひるの、両肩には有河の手がのっていて、その下からスナイパーライフルを加賀谷が支えて、まひるに無理やり持たせている。委員長と棟方はなぜか装束に着替えていて、一琉は隅っこに、緊張した面持ちで立っている。
俺、変な顔……とため息をつきながら、一琉は写真立てを買ってきて、机の上に置いた。軍の公式写真でもない写真を持つなんて初めてのことだった。もし家族がいたら、こういうのを家族写真と呼ぶのだろうか。いや、それにしては各々好き勝手にふざけすぎている。そうだ、と中学校の卒業アルバムを取り出すと、野並の写真を探した。剥がして、右上に挟む。余計にごちゃごちゃした一枚になった。でもしっくりきた。
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