第26話 『ロストテクノロジー』上
まひるが現れてから、三週間が経とうとしていた。
学校に設置された公衆電話からダイヤルを回す。
「おう。一琉か。どうした」
相手は佐伯だ。携帯電話を持っているとはいえ、留守番電話を聞いて折り返されることの方が多いのに、今日は意外にもすぐに出てくれた。
「あの……ちょっと、聞きたいことがありまして。今良いですか?」
「ん? なんだ」
「あの、昼の世界では、天気操作の技術ってもう実用化されていますか?」
この人は昔からいろいろ物事をよく知っている。さらに普段から“昼の連中”と仕事をしているとなれば、答えてくれると思った。
「んー新時代になってから実際にやったことはまだないと思うが。でもロケットを何百発と雨雲に打ち込めばいけるって話は聞いたことがある」
期待通りの明瞭な答えが面白くて、つい他にもいろいろ突っ込んで聞いてしまった。忙しいはずなのに佐伯は快く付き合ってくれた。知っていることを何でも話してくれた。死獣との戦いで、現在の医療技術はさすがに進歩が速いことや、死獣に畑を踏み荒らされるため農業も高度な室内化が進んでいることなど。
「にしても珍しいな。おまえが自分から“昼”について知りたがるなんて」
ふと、そう返されて、なんと返したものか悩む。
「そう……ですかね。元々好きだったんですよ」
「そうだな。知ってるけどな」
どこか喜ぶような口調で言われたのが気恥ずかしい。昔はよく佐伯にこうして質問攻めしたものだ。一琉はごまかすように続けた。
「迷い込んできた昼生まれの子がいましてね。その子、どうやら訳ありっぽくて」
「ほう……?」
「記憶をなくしていて、軍の本部にも行きたくないとか言ってて、今、匿ってるんです。なぜか旧時代の知識だけはあって、それで俺がいろいろ教えていて……不思議な奴で……十歳くらいの小さい少女なのに、旧時代について時々俺より詳しかったりして……それで……」
まひるについてふと話してみたものの、途中から佐伯の相槌がぱたりと途絶えているのに気付いて、一琉は疑問符を浮かべて口を閉ざした。
「佐伯さん?」
間があった。
「その話、詳しく聞かせてほしい」
“親戚の叔父さん”らしい調子とは打って変わって、静かに強い口調で言われる。少し面食らいつつ、
「え、いいですけど、えっと……」
迷子の少女との一連の出来事をどこから話そうかと考えていると、今度は「今じゃなくていい!」と切羽詰まった様子で止められた。
「え?」
「電話じゃなくて、直接会ったときに頼む」
「わ、わかりました……」
呆気にとられながらも、それならいつにしましょうか、と続けようとしたが、今度は「じゃ、また連絡する」と佐伯から突如電話を切られてしまった。
なんだ??
最後の方の慌てぶりは。一方的に切られ、ツーツーという音が流れている受話器を元の場所に置く。佐伯はもしかしてまひるのことを何か知っているのだろうか。だったら詳しい話を自分の方こそ聞きたい。だが、もう一度かけるのは憚られた。なにかまずいこと言っただろうか。それとも急用が入ったのか。
基地の中へ撤退し、本日の夜勤任務が終わったあと、今日はそのまま一班メンバーで委員長の家に行く流れになった。出勤前に集まることの方が多いが、話の流れで帰宅せずそのまま委員長の家に行くこともよくあり、時には泊めてもらうのだった。家を預かる真理子さんにはいい迷惑だろうが。今日は加賀谷が行こうと申し出て、じゃあみんなでということに。そう、電話での佐伯の豹変ぶりも謎だったが、今日はもう一人挙動不審なやつがいるのだ。
「滝本ぉ……ちょっとこれ、見てくれねえか」
リビングから一歩出た瞬間、加賀谷に泣きそうな鼻声で呼び止められた一琉は、やっときたか、何事かと振り向く。
「どうした? お前、今日なんか変だったぞ」
へらへらふざけた状態こそが通常運転のはずが、時折深刻な顔して黙って考え込んだり、冗談を言わずに真面目な顔で「ああ」とか「そうだな」とか、こちらの調子が狂わされていた。
「これ……」
その手に握られていたのは一丁の光線銃だ。
「まさか」
故障……? そういえば今日、戦闘中に急遽、委員長に光線銃を借りていたな。
「でねーんだよ……、光」
「まじか……」
予期した通り光線銃をぶっ壊したらしく、加賀谷の顔は相当青ざめていた。
まあ、そりゃ青ざめるよな。
光線銃と言えば、どれだけ金を積んでも直らない。
「故障させた心当たりはあるのか?」
「ない。ない! フツーに使ってたんだぜ!?」
「……そうか」
それなら、運が悪かったとしか言いようがない。防塵・防水加工もしてある太陽光線銃だ。耐衝撃性も兼ね揃えていると聞く。だが、どんなものもいつかは壊れる。
「壊したのがたまたま加賀谷で、今日がその日だったってだけだろ。……仕方ない」
上官からのキツイお叱りとなんらかの通達はあるだろうが、本当に心当たりがないのならもうすべて正直に受け入れるしかない。そうすれば、多少は配慮もしてもらえるだろう。だが、加賀谷が気にしていたのは懲罰の内容ではないらしい。
「これっ、たぶん……直らねえんだぜ! どれだけ金を積んでも、現在の技術じゃ……。オレの……っ、オレの愛銃はもう……! こんなの、信じられるかよ……!」
同情しなくもないが、賠償金を請求されないだけここはまだ良心的だと思ってしまうあたり一琉の感覚は加賀谷とは違うらしい。
「あ……新しい銃、もらえるのか? もしかしたら、もらえない? ウソだろおい」
それは……正直わからない。失くしたり壊したりした者にはもう配給されなかったという話も聞く。もちろん、他の武器に切り替えるという意味だ。あまりにもその銃の扱いに長けている場合を除いて、加賀谷は光線銃以外の担当に回る可能性がある。光線銃はいつだって不足しているのだ。
「試し打ちしてみていいか?」
受け取り、少し眺めてから尋ねる。
「いいけど……」
「んじゃ、出よう」
基本的にただの太陽光が出るだけの光線銃だが、念のため外に行って撃つことにする。故障したロストテクノロジーなんてどんな動きをするかわからない。
加賀谷と廊下を歩いていたところに委員長が通りかかり「もしかして」と呼び止められた。
「それ、壊れてしまったの……?」
やっぱり、といったようにこちらへと歩み寄る。
「そうなんだよ……」
弱々しく頷く加賀谷に、委員長は一瞬の間のあと、決意した顔で一つ頷いて言った。
「どうしても直らなかったら、あたしのを使えばいいわ」
「えっ」加賀谷の顔が驚きとともに明るくなる。
「あたし、接近戦の方が得意だもの。光線銃持つのはやめて、拳銃と日本刀を専門に戦おうかなって考えていたところだったし。ちょうどいい機会だわ」
「ううっ……委員長……優しいな……ぐすんっ」
「仕方ないわ。あなたが悪いわけじゃない」
委員長は、涙ぐんでいる加賀谷の肩をポンとたたいて、颯爽と歩いていった。ホールで夜勤会の準備をしているのだろう。
「ありがてぇ……委員長、神……」
おまえも信者か。
加賀谷は拝むようにして委員長を見送る。
「あーあ……でも、なんとか直らねーかな、これ。まあ無理だよな。いや、最近なんか光の出方が弱いような気がしてさー。んで、ちょっと開けて確認してみようかなー、いっそもっとパワフルに改造してみようかなーとか考えたのがいけなかったんだよな。オレにも非はあるな。いやまあ、フツーに使ってただけだけど……」
こいつは呆れた。大分心当たりがありそうじゃねえか。
どうやら一琉の考える「普通」と、加賀谷の言う「フツー」には大きな隔たりがあるようだった。感覚が違いすぎるだろ。一琉は加賀谷に光線銃を返した。試し撃ちはやめだ。改造銃……なんか危険な臭いがするので。
「俺は聞かなかったことにすればいいのかよ」
「そうしてもらえると助かる」
ならどうして俺に言うのかね。
「いや、オレはさー! けっこう自信あったんだよ。あらゆる銃を開いて、また元に戻してきたんだ! オレならいけると思ったんだよ! !」
普段光線銃の収まっている腰のホルダーあたりで、加賀谷の右手が空を切る。一琉はため息を吐いた。
「良い銃は誰でも簡単にメンテナンスできるよう、分解しやすくできている。だが過去の技術で作られた光線銃はそういう概念でできていない。メンテナンス不要のハイテク電子銃だ。これが懐中電灯とでも思ったか」
懐中電灯の回路ぐらいはつなげる者が、己を過信してコンピュータの本体を開けていじくるようなものだ。
「そうだけどさー……弱っちいのは嫌だったんだよ。ロマンを求めちまったんだ……」
まったく。代償はでかかったな。
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