第27話 『ロストテクノロジー』下
煙草を吸いたいと言う加賀谷に付き合って外に出ようとすると、間を置かずして委員長がつかつかと戻ってきた。
「ねえちょっと二人、話があるんだけど」
一琉は光線銃を加賀谷に引き渡す件だろうか。そう思って加賀谷を見る。
「まひるちゃんがね……自分なら光線銃を直せるかもしれないと言うのよ。私たちも知らないことまで言っていて……光線銃の内部にある超伝導体の位置がどうだとか」
「まひるが……?」
ぱっと委員長に視線を戻す。意外な方向からの話だった。
「ねえ、滝本くん。あなた、まひるちゃんと旧時代についてよく話していたわよね」
「ああ……」
過去の文明を見て、「私はここに住んでいた」と主張していた。
「そういうのを踏まえてどう思う?」
どう受け止めればいいのか、図りかねた顔だ。これを聞くためにまひるを連れずにわざわざ一人で来たのか。一琉は一つ頷くと、
「はっきり言って、記憶の混乱だと思う。過去の文明を研究している施設にいたとか言っていたしな」
そう断言してやった。
「そう。そうよね。ありがとう。いくら詳しいからって、さすがに光線銃を託すなんてできないわよね」
「は? 何の話?」
聞き覚えはあるはずだが、加賀谷にも軽く説明しておく。まひるの妙な言動のことを。なぜだか旧時代の知識だけはあって、しかも詳しい。聞いて加賀谷は「そういえばそんなこと話してたな……」と一瞬考え込むと、藁をも掴むかの勢いで、
「じゃあ頼む! 光線銃の修理、やってみてほしい!」
そう頼み込む。待て待て。
「いやいや、冷静になって考えてみろ。さすがにあんな子どもには無理だ」
「そうだけど……」
加賀谷はいてもたってもいられないのか、故障した光線銃をなめ回すように触る。非常に未練がましい手つきである。
「そうだけどさあ……」
でもまひるは光線銃のことをよく知っていた。一琉の知らない旧時代の知識もあった。
「結果がダメでもいい。できる限りのことをしてほしい」
「素人が中を触ると、今後の解析でなにか言われかねんぞ」
まあ、おまえがすでにやっちまったことだがな。
あ。まさか、改造失敗した責任をまひる一人に押し付けるわけじゃあるまいな。
「バレたらもうオレが全部やったことにする。その覚悟の上で頼む」
加賀谷の目を見ると、どうやら真剣であることが窺えた。そこは筋を通すか。太陽光線銃を修理するなんてのはさすがに無理だと思うが、でも、いや、まさかな。太陽光線銃の仕組みを知る者はこの世にはいないはず。もしもまひるがそれを知っていたら? そうしたら……いよいよ意味がわからない。でも、この心のモヤモヤは、そわそわしたこの感じは、なんだ。まひるに修理をやらせてみて、確かめたい。とも思ってしまった。
そういうわけでリビングにて、ソファをテーブル周りに引き寄せ、全員がまひると、テーブルにのせられた充電中の一丁の光線銃、それから加賀谷が用意したらしい本格的な工具一式に注目していた。しかし見慣れた光線銃もこうしてみると、底知れぬものを感じる。異次元空間が広がっているみたいだ。手にひんやりと冷たい薄いカバーには、レインボーカラーのごく小さいランプが並んでいて、時折明滅する。トリガーは引き金ではなく、カチ、と小さな手応えのあるボタンになっている。全体的にどこか心の隙間に入り込んできて不安を抱かせるような前時代風のデザイン。
「あの……できるかわからないけど、頑張ります……!」
「期待してるぜーまるひちゃん! ! 頼む~なんとかしてくれな」
「できる限りのことは、やってみるつもりですっ!」
戦いに挑むような表情で笑い、小さくガッツポーズをしてみせるまひる。
未だに加賀谷がまひるの名前を呼び間違えていることは誰も気にしていないらしい。
「光線銃を開くなんて、すっごいなー! あーりぃにはとてもそんな勇気ないようっ」
有河が、胸をときめかせたように声を上げる。そこ、加賀谷は照れなくていい。
「いえいえ! たしかに、予備知識無しでこれを開けるのはすごい勇気だと思いますっ。ええと、言ってみればこれは太陽そのものと言いますか、つまりは核融合炉なので、一歩間違えると大惨事です。あっでも、手順がわかっていれば大丈夫です」
それを聞いて思わず後ずさったのは一琉だけではなかった。横を見れば加賀谷の笑顔が、こわばっている。ぞっとした。こいつ……そんな予備知識なんて絶対持ってなかったろ……。
まひるは、一つ深呼吸をすると、細いY字ドライバーを手に取り、光線銃の穴に挿し入れる。分解開始だ。
三十分ほどが経過した。まひるの周囲には、ごく細かい部品が転がっている。移動するのにも注意が必要だ。風に舞わせて針の一つでもなくしたら補充は困難を極める。
「自分でも不思議なんですけど……わかるんです。カートリッジ内の水素がこのパイプで炉まで補給されて、ほら。この核融合炉の中で擬似太陽を作っているんです。そこから出たエネルギーがこのフィルターを通して、波長を引き伸ばされることで、太陽光になっているんです。それで……」
たしかに、手つきは慣れたものだった。一琉にはどうやって使うのかさっぱりわからない工具もまひるは難なく手に取り、はっきりとした意志とともに使用する。まひるが使い始めると、もうその道具はそれ以外に使い道はないのだろうと思わされた。おそらくは正しい使用方法なのだろう。加賀谷は興味津々で、まひるの手つきと説明に一生懸命耳を傾けている。メモまで取っている。まるでオペを見学する研修医だ。おまえはもう学ぼうとしなくていい。挑戦もするな。反省だけしてろ。
「あ、加賀谷さん、他に部品をお持ちではないですか……?」
「ん。ああ、そうだった。これこれ……分解して戻すときに、どうしても部品がおさまり切らなくなっちまって、これ取り外したらスペースに余裕ができたから」
そう言ってポケットから、半筒のゴム板のようなものを二枚取り出した。
「ありがとうございます。捨てられていなくてよかったです」
心底ほっとしたようにまひるはそれを受け取ると、薄い外壁に沿わせる様にしてはめ込む。そして、さらに一時間が経過した。
「で、位置はこれで……はい。すっかり元通りです。部品交換が必要かなと思っていたんですけど、いくつかの接触不良……大元は、超電導体の位置が変わっていて、絶縁状態になっていたせいだったので。あっでも、防護壁が外されていたので、万一動いていたとしたら大変なことになっていました。この防護壁は特殊性で、こんなに小さいのに、あるとないとでは大違いなんですよ。無い状態でうっかり作動していたら、ほら、その、街が一つなくなってしまうレベルの事故に……」
まひるは困ったように苦笑いしてそう言うと、ぱちんとカバーを閉じる。そこではっと気づく。あんなに散らかっていた部品類はもう一つも見当たらない。すべてその中にしまわれているのだ。そしてもうひとつ……、試し撃ちをやめておいて、正解だったということに……。
まひるはその光線銃を手に持って、「皆さん下がっていてください」と一言、壁に向かって照射する。起動時の聞き慣れた轟音ののち……見事に光った。あまりに強烈な光に、まぶしくて目を開けていられない。
たしかに直った。だが……
「わー……お! ! まっひるん、やるぅ! !」
有河も驚きの声が途中で消えかけている。
「すご……い。まひるちゃん」
褒めながらも、どうしても戸惑いを隠せない委員長。
「どうして……」
棟方も驚きの声を上げている。むろん、一琉だって気持ちは同じだ。
どういう……ことだ? まひる、おまえは自分が何をしたかわかっているか?
修復の成功に感涙して言葉になっていなかった加賀谷さえ、みんなまじまじとまひるを見つめている。
これは、ありえないことだ。死獣を焼き殺せるほどの太陽光を再現した光線銃には、かなり高度な科学技術を要する。まひるの言った通り、いわば、この銃が太陽そのものの役割を果たしているのだ。太陽そのものを銃の中に作る。電球に光を灯すような次元ではない。今は亡き前人類の技術そのもの。それを、どうしてまひるが知っている?
前人類はとっくの昔に半滅したはずだ。光線銃に関わる技術の一切を残すことなく。まひるは、国外のどこかに村を作って生き延びている一族の中の一人? でもそうだとしたらなんでここに? 過去のハイテクノロジーを使った暮らしをしていて生活が営めているとして、ロストテクノロジーでテレポートしたとか? まひるが『前時代技術予想大図鑑』を見て言った「ここに住んでいた」というのは? まさか今、どこかにその風景があるのだろうか。だが、常識の欠如や髪色は別としても、まひるのこの顔立ちや流暢な話し方を見ると、未知の民族だとは思えなかった。
何にせよ、太陽光線銃のテクノロジーは、現代人がのどから手が出るほどに欲しているものに違いはない。
「まひる……おまえは、この世界に革命をもたらすかもしれないぞ!」
つい、声が大きくなる。一琉はまひるに駆け寄った。
「この技術解明は……夜生まれにとって、希望の光だ。これを応用すれば、もっと強力な武器が作れるかもしれない!」
死獣に抗う術が増える。――突飛な考えも浮かぶ。おまえまさか、前時代からタイムマシンで現代に……? なんて……いくら過去の技術が優れていたと言っても、タイムマシンができたなんて話は聞いたことがない。
「まひるちゃん?」
有河の心配そうな声に、一琉ははっと気が付く。太陽光線銃を持つまひるの様子が変だ。光線銃の光とは対照的に、濃い陰影を刻んだ顔は驚愕の表情を形作りながら、「革命……技術……」とつぶやき、焦点が定まっていない。
「あ……あぁ……私……なんか……いろいろ、あれ……」
頭を抱えて、絨毯の上にうずくまる。
「大丈夫?!」
狼狽したまひるの苦しそうな息づかいに、委員長があわてて駆け寄る。息を整えようと、必死に呼吸を繰り返すまひる。過呼吸にも似た状態のまひるの背中を、委員長は静かにさすってやる。
「私っ! 私……! ! 知ってる……!」
小さな体が震えている。
「まひる、どうした!?」
一琉もしゃがみ込み、耳を傾ける。
「今より前の時代……っ、それから、研究所……! そこで、そこで……っ! いや! どうし、どうしよう……!」
「もしかして……」
委員長は、早る気持ちを抑えながら問いかける。
「もしかして、記憶……が……! ?」
焦らせるのは禁物だ。だが、記憶が戻った?
肩を激しく上下させながらも、まひるはしばらくの間、魂が抜けたように呆然としていた。それは記憶を取り戻せた嬉しさからによるものと言うよりも、その記憶の重みに押しつぶされているように一琉には見えた。さっきまで無我夢中で、感覚に従って光線銃を組み立てていたまではよかったが、それが呼び水というか、何かの引き金となったのかもしれない。
我に返ったように、
「私の名は野々原まひる。私が元いた場所では『0088号』と呼ばれていました」
まひるは、すっと顔を上げた。そして、話し始めた。
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