第54話 『古より』
研究所から白ワンピース姿の少女たちが走り出す。タンポポの綿毛が飛ぶように、わっと広がる。
「おい、子どもがこんなに! ここは危険だ――! ! 逃げろ! !」
少女を庇うように死獣の前に出ようとした兵士を、
「平気です! 私たちには、死獣は危害を加えない。……完全体と不完全体とはいえ、敵対しなければ、同胞には手を出しません」
少女たちが進み出て、サーカスの猛獣使いのごとく、駆け寄る死獣を手なずけ落ち着かせる。それを見た兵士は少女の影に隠れるようにして、死獣から逃れた。だが、少女たちの数に比べて、死獣はあまりにも多すぎる。闇雲に光線銃を振り回す夜勤たちに、一琉は叫んだ。
「みんな、聞いてほしい!」
しかし。
「おい! 聞け! 聞くんだ!」
「みなさーん! 聞いてくださーい!」
ここにいる人間はそろってパニックを起こしていて声なんて広くは届かない。まひるの小鳥のようなか細い声など、もっとダメだ。
(委員長はどこだっ……!)
見回せば、簡単に見つかった。戦車の上、高いところに戴かれたあの目立つ赤黒巫女だ。一琉はまひるの手を引いて、駆け寄る。
「おい! 委員長」
「滝本くん! まひるちゃんまで! ここは危険よ――」
「まひるがいれば大丈夫だ」
委員長は小首を傾げながら、一旦頷く。
「それより、やってほしいことがある。できる限り多くの人に、太陽光線銃を日食に向けて撃たせろ!」
「は、はあ! ?」
戸惑うのも無理はないだろう。一琉自身も、まだ疑問だらけだ。
「いいから早く。まひるがそう言うんだ! ロストテクノロジー……太陽光線銃の生みの親が」
「委員長さん! お願いします!」
「……っ! ?」
そして、何かに思い至ったか、委員長は愕然とした表情に変わった。
「つ……月は鏡なりて、これを、照らし出せ……」
委員長のつぶやく声を聞いた棟方は小さく息を呑むと、まひるを見つめる。
「神の御子……様!」
そして、見つめるのも失礼だとでも言うように、ぱっと瞳を伏せ、頭を下げた。
委員長は、神前に打ち震えるかのように泣きそうな声で、
「そういう……ことね……。今はもう、月夜見様の、遺した言葉となっていたこと……」
喜びの確信を得た。
「委員長、なにやってる」
「わかったわ」
もう、迷いを断ち切るように一度目を閉じ、頷いた。
委員長が、巫女服の袖を振って手を前に突き出す。
「皆の者、聴きなさい!」
凛と響く声。信徒は、混乱の最中にいても、死獣から意識を離し、委員長の方へと視線を向ける。一言も聞き漏らすまいと、耳を澄ませる。
(やはり、ただの一般人が呼びかけるのとは違う)
一琉が感心していると、委員長はまひるを、ぐいっと戦車のハッチに引き上げた。
「わっ! わっ! ? 委員長さん! ?」
軽々と宙に舞いあげられるまひる。
「いいから、私にまかせて」
あわてるまひるを委員長が小声でたしなめる。そして、声を張り上げて叫ぶ。
「よく聞きなさい。この方の名は、野々原まひる! ! そして、今そこで体を張ってそなたらを守っている少女たちと同じ……今は亡き遥か過去から蘇りし、天の御子の方々だ――! 死獣を退かせるこの力。まさしく、人ならざる証拠。そして、たった今――御子様から神託を受けた! !」
瞬時のうちに、よくもまあ大層な言葉に変わるものだ。伊達に、鶴の一声で新夜勤会を立ち上げたわけじゃない。
唐突でも。そこに希望が掲げられたら。いくら目の前に死獣がいようと、何十年と使ってきた太陽光線銃だろうと。
「え、っと……っ! そのっ、た、太陽光線銃を、月に向けてくださぁいっ!!!」
まひるの後に、委員長は確信と共に添える。
「月は鏡なりて、これを、照らし出せ!」
人は行動を変える。疑いもなく、希望の光を頼りにして。
「加賀谷くんとアーリーは、研究所の子たちを手伝って!」
委員長を守る様に戦車の脇で死獣を抑えていた加賀谷と有河に、委員長が指示を飛ばす。
「わかった! 任せとけ!」
ちょうど研究所から、彼女たちが十人がかりくらいで何かを運び出していた。巨大スポットライトのような、大砲?
「くっひゃあ~! 大砲が、一、二、三門! ! すげぇすげぇすげぇーっ! !」
「すみません、これ、重くてっ」
少女たちは、加賀谷を頼るように見上げる。
「ううっ」
がたん、と大きくバランスを崩す。一門十人かかっても、運び切れていない。
「あーりー! 一番デカいヤツ持ってやって!」
「は、はいはーいっ! あーりぃおねえちゃんに貸してねーっ」
加賀谷に言われ有河は一人で一門を預かった。的確な判断だろう。一琉はまひるに確認する。
「あのスポットライトみたいなのはなんなんだ?」
「太陽光線砲です。研究開発の一環として施設で作らされていました。太陽光線銃をさらに強力にしたものです」
太陽光線の「砲」か。少女たちは轟音を纏い、起動準備を迅速に行っていく。加賀谷が、興奮気味に、準備完了の旨を伝えに来た。
「皆の衆! ! 太陽光線銃、構え!」
委員長の指示で、脇に控えていた棟方がぱっと仰ぎ、光線銃を天に向ける。その場にいた者もそれに倣い、構える。委員長自身も不安定な足場でも棟方に体を支えられながら、銃を天に向けている。加賀谷は太陽光線砲を構える少女たちに手を貸しながら、まひるに修理してもらった光線銃を上げた。砲を抱えてぽかんと空を見上げる有河は、これから何が起きるのだろうとわくわくしたように。その近くに停まった四駆車の窓から、身を乗り出して佐伯たち三人組も――無事だったのだ――自前の光線銃を持ち上げている。一琉も、自分の命を預けてきた太陽光線銃を、暗い天へ向けて持った。太陽を隠す、暗空の月に向かって。
ついに日食の最深闇に入った。月が完全に太陽を隠す、皆既日食だ。途端、急激に暗闇が広がっていく。さっきまでも暗いとは思っていたが、とても昼とは思えないくらいに、あたりは真っ暗闇に包まれた。まるで真夜中のようだ。瞬間的にこうも景色が変わるものかと驚く。
「照射! !」
スイッチを押す。聞き慣れた轟音がそこかしこから響き渡る。あたり一面、白い光に包まれた。立っていられないほどのまぶしさと、熱、轟音。闇から一転、真っ白の光の中だ。光、光、そして背後には陰影が濃く伸びて、やがてそれすらも、光にのまれる。
なんだか、天界にでも来たかのように、時が永遠にも感じられるような、一切の感覚がマヒしたような、不思議な感覚で、
「こんな方法が――あったんだな――」
そう、隣のまひるに話しかけていた。
「はいっ。これで――こうする、ことで――……」
そこで言葉が途切れた。ふと、まひるの表情が気になった。何かと決別するような、痛みを堪えたような、切なげな視線。
“「蘇生させた魂を肉体から分離させるには、こうするしかないんです!」 ”
これが太陽光線銃の本来の使い方。何か代償があるわけでも――
いや、代償――……? まさか。
「聞いて、いいか――」
「――はい」何かを感じ取ったのか。まひるの返事はどこかかたい。
「まひる――もしかして、おまえ……、おまえたち――」
蘇生が成功した死者と、失敗し暴走した死獣。完全体と不完全体とはいえ同胞――ということは。
思わず光線銃のスイッチから離しかけた一琉の指に、細い指が重ねられた。それから反対の手に、光線銃が握らされたとき、ああ、と確信に変わった。
「おまえたちも、みんな……消えるんだな……」
「はい」
まひるは肯定した。見えないけれど、おそらく、微笑んだまま。
「それでいいのです」静かに据わったような声で。「私たちはもう、死んでますから」
「おまえの話に出てきたチカっていう子に……褒められてこいよ」
くすぐったがるように、まひるは笑って言った。
「冥途の土産ができました」
そうして、まひるの気配が――消えていく。死獣とともに――、魂らしきものが、天高く、昇っていく。
一琉は、最後に聞いておけばよかったと後悔した。
まひる、おまえ実は何歳だ?
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