第53話 『正しくお使いください』
一琉が外に出ると、あたりは日が沈むときのように暗くなっていた。まだ真昼間にもかかわらずだ。兵たちはまだ競り合っている。
そこに、悲鳴が上がった。
「西に死獣が出たぞ! !」
「死獣だ! !」
死獣! ? 一琉は空を仰ぎ見た。昼生まれたちのシェルターが慌てて閉められていく。
「こっちもだ!」
「うああ、こっちも!」
しかしたしかに、西の方に死獣が暴れているのが見えた。馬の全身にモップの毛のようなものが巻きついている。そして目の前の人や、昼生まれの住居に、狂ったようにタックルを繰り返していた。
道路の向こうでは木の化け物のごとき奇妙なものがその身を振り回していて、戦車の影からは鉄材が磁石に引き寄せられるようにして固まって、どうやら死獣になりかけているらしい。探せばキリがない。ありとあらゆるものに命が吹きこまれ、暴走していた。
研究員の心配していたことはこれか。一琉たちは死者蘇生装置を壊すとともに、溜めていた魂を一気に放出させてしまったらしい。
「ひいい! 誰か来てくれ!」
牽制し合っていた憲兵と夜勤の二人が、もうここで争っている場合ではないというように、一時休戦して手に手を取り立ち向かっていく。
だが、それにしても多すぎる。一人一体倒しても追いつかない。人類と死獣とが入れ替わるのではないかという勢いで、死獣があふれかえっていた。何だこれは。地獄じゃないか!
テレビ局の連中が騒いでいた。カメラマンと映像スタッフが、叫んでいる。「名古屋も、大阪もひどいことになっているらしいぞ! !」「東京が先か?」「わからない! でも九州はまだ――」遠くの地にまで同じ現象が起きているらしい。
そのときだった。
「待ってください! 一琉さん!」
ずいぶん懐かしい声に、一琉ははっと振り返った。
研究所の中から、一人、歩いてくる少女。
暗闇を照らすような金の髪、白のワンピース。細い体躯に、丸い目がきらめいている。
「まひる……!」
一琉は光を見るときのように、目を細めた。
「無事だったんだな」
「ええ。記憶を取り戻したはずみで、より多くの情報を持っていたので……」
それで殺されずに済んだというわけか。
まひるはにっこりと微笑む。「助けに来てくださって、ありがとうございます」
なんだか、その笑みは、今までと違ってどこか大人っぽい。
するとその後ろから、まひると同じ白いワンピース姿の少女たちが階段を降りてきた。四十人を超えるかといった人数が、ずらりと並んで、こちらを見ている。
「一琉さん聞いてください。わたし、生前は太陽光線銃の開発研究者だったんです」
「開発? 研究者?」
まひるが? 一琉は思わず聞き返した。
「はい!」
見た目は中学――いや小学生のようだが、しかしこれはまひるの容れ物であって、本人の身体ではない。
まひるが肯くと、
「死者蘇生装置の魂が放出されたらこうなることは、わかっていました。このままでは、死獣は増殖を繰り返していきます」
「それは……本当なのか」
「本当です」
他の少女たちも、肯いていた。ここに閉じこめられているのは、見た目は少女でも――過去の研究職の精鋭たちだ。
「回避する方法は……ないのか?」
「……一つだけ」
まひるは、前に進み出て――「まひる?」一琉の軍服のポーチに手を入れた。
「これを」
手際よく抜き取ったのは、太陽光線銃。まひるが研究していたという、死獣を唯一倒すことのできる武器。それを、一琉の手に握らせる。
それを合図にするように、後ろに並んだ少女たちも、一人一丁ずつ銃を手に持つ。デザインは一琉の知っているものとは幾分違っていた。「みんなの分の太陽光線銃も作りました」機能美を追求した無駄のない形とでも言おうか。過去の技術に現代が追いつくのは、まだまだ先そうな感じの。
「できるかぎり多くの光線銃を、あの月の影に向けてください」
「え?」
「伝えてください――外にいる、太陽光線銃を持ったみなさんに! 早く!」
「待て、それはいったい――! ?」
「いいから早くお願いします! 蘇生させた魂を肉体から分離させるには、こうするしかないんです!」
「蘇生させた魂を肉体から分離……? まさか、それが死獣を倒す方法なのか! ?」
「はい。無限増殖する死獣の根絶のために、開発された二つの武器。太陽光線銃は、そのうちの一つです」
「なんだと! ?」
「もう一つの武器――月の鏡の装置とセットで使用しなければダメなんです。でも当時は、一番効果のある日食の周期が来るまでに世界戦争がはじまってしまったから――」
「なんだって……? 待て待て」
まひるの言っていることを理解するのに頭が追いつかない。
「ごめんなさいこれ以上説明するのは無理です! 早く! 月を! 日食の時間内にしか効果がないんです」
驚いている暇はない。てきぱきと指示するまひるを見て、これが本来の姿なのだと改めて理解していく。蘇らされたのは太陽光線銃の生みの親なのだ。
「わかった」
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