第51話 『日蝕の時 希望』

「……寺本丈人大佐」

 寺本丈人――大佐であるはずの彼はただ一人で、死者蘇生装置の横に立っていた。

「まさか、我が愛娘まで手籠めにしてくれるとはな」

 一琉も加賀谷も棟方も有河もほぼ同時に銃を構える。

「だが、貴様らにあの子の傷を癒せるものかね。愛を知らずに育ってきた者に、この痛みはわからんだろう。あの子が昼に生きなかったのは、私が強制したからではない。あの子が自分で決めたことだ」

 だが動じた風もなく、彼は語り続ける。

「真昼の野原の真ん中、ぽっかりと空いた暗穴を見ていると、吸い込まれていくのだと言ってな。でも、生かされた自分は、自分を守って死んだ者の分まで生きねばならない。だからその穴を、夜の闇で隠すため。生きることに必死になれば、穴のことなんか忘れられるだろう? だから夜勤になった。私のためだとか、信心のためだとか、理由はいろいろ言っていたが……。おぼろげな月の光を見上げて追いかけているうちに、いつの日か、ついうっかり足を滑らせて穴に落ちて死ぬのが、あの子の本当の望みなんだよ」

 そこまで聞いて、一琉は口を挟んだ。

「さっきまではそうだったかもしれません。でも今はもう違います。死ぬためじゃなく、死を忘れるためでもなく、生きるために戦っています」

 そう叫ぶ一琉の一瞬の隙を突いて、大佐の前にずらり、盾になるようにして並ぶ者がいた、……まひると同じような格好をした少女たちだった。その数、十数人。

「その子たちをどうする気です! 身代わりを……命じたのか!」

 人質のつもりだろうか。無関係な少女を――だが、中学生、いや小学生でも通りそうな女の子が、物騒な武器をその細い腕で、小ぶりな手で、

「その子たち? 一体、誰のことを言っているのかわからんね」

 大佐は並んだ少女たちに、親しげに微笑みかける。

「彼らは私の、部下たちだ。まだ一部の者だけで、容れ物もこれしかないがね。言っておくが、私の隊は強いよ」

 なっ――!

 八九式小銃、拳銃、そして太陽光線銃を、少女たちはこちらに向け、正確に構えている。

「あの四人を捕えろ。手段は問わん。殺しても構わない」

 大仰に、手を振りかざして、丈人は命令を下す。少女たちは――

「「はい、大尉!」」

 一糸乱れぬ呼応。そして、何の迷いも、躊躇もなく、ただ命令に忠実に従って走り出す。

「な、この子たち……! ? えっ、待って、どうしよう!」

 有河が、戸惑うように後退する。いつもの寄る辺を探すように、棟方も一歩出遅れた。

 あの少女たち――いやおそらく “彼ら ”は、訓練を受け、経験を積んだ兵士だ。

 一琉は可愛らしい見た目への先入観を振り払い、敵兵を撃つために小銃を持ち上げた。

 が、手元が熱く弾ける感覚と共に、それは床を転がっていった。少女は、一琉の構えた銃身だけに照準を絞って撃ってきた。遅れて痛みがやってくる。右手が真っ赤に染まっていた。武器を奪うだけじゃなく戦意喪失させるための威嚇射撃も兼ねている。

「ちるちる!」

 有河が悲鳴混じりに振り返る。

「弾道にかすめただけだ」

 傷口は派手だが、縫えば完治するだろう。

「おまえたち、銃を降ろせ」少女が叫ぶ。「さもなくば撃つ」

 銃口はこちらを向いたまま、ぴんと張りつめた空気。その苦しいほどの緊張は、少女たちが主導で作りだしている。のまれているのは、一琉たちの方だった。

 有河と加賀谷、そして棟方もそれぞれ銃を投げ捨てた。少女の中でも、リーダー格の者が手でサインを送り、一琉たち四人に銃を向け続ける者、四人を拘束する役割に回る者とに手早く分かれる。

 後ろ手に掴まれ、大佐の足元に転がされるようにして突き出された。

 一琉たち四人を床に押さえつける一人一人の少女の力は弱いが、逃がさぬよう人手の数をきっちり計算されて隙がない。

「ご苦労」

 顎を床に押し付けられた一琉の鼻先で、軍靴を鳴らす音が響く。少女たちはスリッパのぱたっという音だ。敬礼を交わしているのだ。

「さて、どうしたものか……」

 丈人は考え込むように黙る。すると、先のリーダー格の少女が一歩、丈人の前に進み出た。

「恐れながら、寺本大尉」

「なんだね。片平軍曹」

「この世界は、私が戦死した後の世界だと伺っております」

「ああ……その通りだ」

 丈人のその声色は、愛情と哀憐の混ざったものだった。敵を這い蹲らせたこの戦場にそぐわぬほど落ち着いたものだった。

「大尉は――」

 だが、少女の姿をしたその軍曹は、そうではなかった。

「なぜこのような恥辱を私たちに与えたのです! ?」

 昂ぶる感情を抑えたように、訊ねる。

「ふむ……?」丈人はそれを不思議そうに見ていた。「君はその容れ物が気に入らんか?」

「大尉!」

「すまないね。少しだけ辛抱してくれ。これから生まれてくる隊員にもそう伝えてくれ、第一小隊小隊長片平軍曹殿。今は技術的にそれが限界なんだ。それと、もう私は、大佐にまで昇進したよ」

「違いますっ、そんなことは……」

 どうでもいいというように、その軍曹は食い下がる。

「私たち第一小隊は強大な死獣に襲われた昼民の一家をお護りして果てたはずです……っ。酷い戦いでしたが、それでも、寺本大尉を信じてこの身を投じました。それなのになぜ私は、今ここにこのような形で呼び戻されているのです? !」

「あの時は私の力が至らなくて、すまなかった。結果に関しては、ああ、よくやってくれた。君たちに護られて生き残った少女は今、私の養女として立派に育っているよ」

「でしたら、なぜ、私たちを蘇らせているのです」

「それは! 私は中隊長として、失った部下たちを取り戻す手段があるなら、それを実行するまでだからに決まっている! 忘れたのか! 私たちは生まれながらに国に預かられた者同士、同じ家族のようにしてやってきたじゃないかッ」

 ここまで言われてとうとう丈人も、感情を顕わに言い返した。軍曹はそれには頷く。

「忘れるわけがありませんよ! 死獣に支配された夜の中で、共に戦い明かしたことを」

「ならどうして……」丈人は、心を裏切られたような顔で、訊ねた。「もっと喜んでくれないんだ……!」

 支えにしてきた物が、崩れ去るように。

「私たち第一小隊はこんなことのために死んだわけじゃありません!」

 毅然として、少女は進言する。

「死者を生き返らせる代償として、新たな死獣を生み出して、喜べるとお思いですか!」

「……なぜ、それを……」

「一人の、少女が……野々原まひると名乗る子でしたが、彼女に教わりました。蘇った者は、もう、みんな知っています。侵入者の騒動に紛れて、独房から抜け出した彼女が、話してくれました。彼女が先頭に立って、意見をまとめています」

(まひるが……)

 独房から抜け出して……? チカという子の後追いまでしようとしていたまひるが、自分から危険を冒してそんなことを……。

 一琉はかすかに微笑んだ。まひるは生きている。自らが希望となるべく、生きている。

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