第50話 『日蝕の時 侵入』

 研究所を囲うのは、正規軍であるはずの憲兵隊の何倍もの人数になった、銃を構えた夜勤たちだ。年も性別もばらばら。服装も、戦地にいる時と同じ格好の者から、私服や寝間着に日除けの黒衣を羽織っただけの姿まで。あたりはすっかり真っ暗闇に包まれている。

「もっと、もっと、夜生まれを集めなさい! 寝ている者は起こしなさい!」

 委員長のよく通る声が、夕刻のように暗い街にまだ響いている。集まった戦車の走行音にかき消されることもなく聞き取れる。後ろを見れば、さらに多くの歩兵がこちらに向かっていた。まだまだ集まるらしい。

 皆は耳を傾ける。おそらく委員長の司祭者としてのこれまでの経験と信頼があるからだ。彼女にいつの間にやら軍服の上から羽織らされたのは、例の真っ赤な彼岸花柄の黒ちはや。

「新夜勤会よ! 研究所を攻め落とすのだ! 集えーっ! !」

 おーっ! と、声が挙がる。先導者への賛同と、敵への怒りの声。もともと、ガスは充満していた。長い年月、夜の闇の中に溜まりに溜まっていた。彼女はそこに火を放ってみせたのだ。まったく、夜勤の反乱ほど怖いものはないのではないか。彼らは正真正銘の「兵士」たちなのだ。烏合の衆がリーダーを持ちさえすればそれは強力な軍となり、戦争だって起こせる。

 空には暗黒の半円が、じわじわと、浸食するように広がりゆく。半分軍服半分巫女の今の委員長の姿は、新しい時代の象徴になりそうだと一琉は思った。

「目標はあの研究所! 囚われた魂の解放だ! あたしに続け!」

 委員長が叫ぶと、黒衣を纏いそれぞれの銃を下げた夜勤たちは、それぞれの思いを胸に、突撃していく。憲兵隊を相手取り、ぶつかりながら、研究所へと進んでいく。ラジオ局やテレビ局も、命がけでカメラを構えていた。

 その場は混沌を極めた。誰が敵で、誰が味方なのか?

 一体なにを争う。何を守る。委員長は必死に主張を続けた。

「死獣は、この研究所の死者蘇生行為によって生み出されている! 過去の高度な技術と引き換えに! そして夜生まれの上層部との癒着によって、放置されている! いや、無知なる夜勤によって積極的に保護されているのだ! 死獣を生み出す機関を守り、死獣と戦い、死んでいくとは、いったい何のために生き、戦っているの! ? 今からでも遅くはない! 武器を向ける方向を変えよ!」

 昼に派遣されていた夜勤の一部や、昼の手先として立ちはだかっていた憲兵隊が、迷うような素振りを見せ始めた。同時に、こちらの反乱軍も、同じ夜勤を討つことにためらいが生じてくる。憎むべきは、死者蘇生行為なのに。

 そうだ、説得してみせろ、委員長。

 気付かせてやるんだ。委員長なら、導けるはず。

「滝本くん!」

 神輿の代わりに戦車に戴かれていた委員長に呼ばれ、一琉はトラックの荷台から降り、駆け寄った。ハッチから半身を出した委員長が、指示する。

「この場はあたしに任せて。今から突破口を作るから、中に入って死者蘇生装置を壊してきてちょうだい!」

 一琉は思わず確認した。

「いいんだな」

「ええ」

 彼女は、強く頷いた。

「あなたたちと生きるわ。だからお願い。死なないで」

「ああ」死なないさ。

 望む世界を作るために行くんだ。死ににいくわけじゃない。

「まさか軍隊を作ってくれるとはな」

「少しは一班の班長として認めてくれたかしら?」

「いや――」一琉はおどけて言った。「おまえはもう、新夜勤会軍の大将になっちまったからな」

 委員長は困ったように肩をすくめた。

「すぐに向かわせるわ。早く待機して」

 一琉は頷くと、正面玄関に向かってやや右へ移動。途中、トラックの荷台から加賀谷と運転席から有河を降ろし、誰だか知らないが偉そうな銅像の影にいた棟方に合図。一琉たちが来るのを見計らって飛び出た彼女は、正確な弾道で玄関の鍵を粉砕する。

「有河、先に行け!」

 一琉が、いつものマシンガンを持った有河に叫ぶ。

「ええっ、あーりぃが突撃部隊! ? あーりぃ足遅いのにぃ」

「遅いったって俺たちの中では一番だろうがっ」

 隊での体力測定は足の速さだけ二位らしい。もちろんあとは全部一位だ。

「しょーがないなあーっ!」

 一琉がドアノブの脇に付き、片手に手榴弾を持って右手をノブにかける。有河はその斜め後ろに、マシンガンを構えてすぐに撃てるよう待機。棟方と加賀谷は蝶番側について身を潜める。

 一琉は息を整えると、瞬間的にドアを少し開いて手榴弾を投げ込み、すぐに閉めた。爆発。間を置かずに再度素早く開き、有河が突入。加賀谷と棟方も援護するよう左右に分かれて入る。敵はいない。

「進むぞ! 囚われている前人類たちを撃たないよう注意な」

「うんっ」

 一琉の声に有河が頷き、全員で走る。一琉は時江にもらった研究室内地図を頭に叩き込んである。突入時以外は有河の横に付くようにして、先導する。

 階段を駆け上がり、先と同じようにして突入。たまに出くわす研究員は、どいつもこいつも拳銃を手に、あわあわ言いながらやみくもに向かってきた。だが出てくる前に気配がありすぎるので準備ができる。相手が安全装置を解除し、引き金を引き、あれあれ弾が出ないぞ、ああ、こうか、とやっている間に、ずどん、と狙って撃ち込めた。勉強しかしたことのないような昼生まれの素人の構える銃など、怖るるに足らない。赤子の手をひねるかのごとく、だ。あまりにあっけないので、急所を外してやる余裕さえあった。経験したことのない痛みに悶えてまったく向かってこないのでこれでいい。

 手術室の並ぶ廊下のひんやりした空気。その先に、まひるの言っていた「!」マークのついた黄色いステッカーの貼られた鉄の扉が見えてきた。

「これか……」

 前人類たちがいる可能性があるため、手榴弾は控え、いち、にの、さんで一琉がドアを開け有河がマシンガンを構え突入、加賀谷と棟方が続いて入り左右に広がり援護。中にいた研究員がはっと驚いているうちに棟方が目にもとまらぬ速さで彼の銃を持った手を狙い撃つ。続き加賀谷が腿を貫く。悲鳴を上げた研究員は顔を恐怖の色に染めながら、床にころりと転がった。

 眼前にそびえ立つのは、死者蘇生装置だろうとわかった。奇妙なデザインをしていた。なめらかなフォルムの支えが二本、両手で空間を包み込むようにして伸びていた。その先には丸い光がそれぞれ二つ灯っていた。電球のようなものは見当たらず、どのようにして光っているのかはわからない。一見無意味に見えて、しかし必ずこの形状でないといけない意味がありそうでもあった。真ん中のものが、まひるの言っていた合成台だろう。ずーっと昔から、ここに据え置かれていたのだろうか。とても現代人が作ったとは思えない。

 見ていると、どこか、深い海の底に沈んで揺蕩っているような、安心するような、不思議な気分に陥ってくる。

 まるで、お母さんのお腹の中に戻ったような。それで形の意味に気付く。死者蘇生装置の――子宮だ。

「そこまでだ」

 およそ、研究員のものとは似つかない、毅然とした制止。そこに現れたのは――

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