第46話 『日蝕の時 決行』

 一琉たちは有河のトラックに乗って、昼の街を走っていた。研究所への正面ルートから。立てつけの悪さのせいで、カタカタと古めかしい音を鳴り響かせながら。おんぼろ車が、街中で目立っているのではないかと気になった。あたりはもう薄暗い。日蝕が始まっているのだ。

「なんだか、警備の軍人が目につくな。数が多いんじゃないか?」

 荷台の隙間から外を覗きながら、加賀谷がつぶやく。「五十メートルおきに一人は立っているんじゃないか? 昼の街……こんなに軍が警戒していたか?」

「緊張しているから、そう見えるのかもしれないが、……まあ、しいて言えば、ここには第一基地の夜勤会のお宮もあるらしい。警備体制は厳重だ」

「え。それってまずいんじゃないのか?」

 加賀谷が焦ったように訊ねる。

 当然、警備人数が多ければ多いほど、テロ行為は鎮圧されやすいに決まっている。

「委員長と俺が用意したルートで向かえば問題はない。作戦実行だ」

 ほどなくして、あたりが騒然とし始めた。「あっちの方で立てこもりだって……」「やだ怖いっ」「どこ?」「駅のビル」「十六歳ぐらいの女の子が人質みたい……」「夜勤会がからんでいるんだって」「やだー……信者の行動かしら」警備に当たっていた軍人が、蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。ビルの巨大スクリーンに、「東京新宿ビルで立てこもり。十六歳少女が人質に」と、ヘリのカメラからの映像が映し出された。

「きゃー! いいんちょ、大胆不敵ぃ☆」

 有河が、高まりを抑えるようにして胸に手を当てている。交通整備が始まった。大通りを封鎖し、事件現場周辺を迂回させ、一般市民の安全を確保するためと、犯人を孤立させるため。今頃、憲兵隊は対応に奔走していることだろう。意識もそっちに集まっている。それに、一般市民の目もない。

「よし、うまくいっている」

 一琉は小さく頷く。第一作戦、クリア。立てこもり事件をでっち上げ、警備網をそっちへ誘導し固める戦法。

「俺達は目立たず、裏口からだ」

 裏口といってもドアがあるわけではない。時江にもらった資料によると研究所には点検用の床下扉があり、床下へとつながっている。床下は壁に囲われているのだが、その壁は薄く、加賀谷の持参したレーザー銃でなら音もなく焼き切れる。そこから侵入する予定になっているのだ。

「おーらい!」

 有河がアクセルを踏みこむ。事件現場から、少しだけ外れた通り。人もまばらになり次第に一人もいなくなり、東京新宿の空気が異様な感じを纏っている。ブウンというエンジン音を響かせてトラックは走る。ふう、と一琉は荷台の暗さに戻ろうとした。

「ええっと委員長を拾う場所が――あれっ! ?」

 事件現場の裏通りを走る予定が、ブレーキを踏む有河。一琉は慌てて運転席に顔を出す。

「どうしたんだ?」

「こっち憲兵がいるよっ。このへんまで出てる……」

 見るとたしかに、いないはずの場所に憲兵が三人配置されていた。

「道は合っているはず。現場に急行した憲兵の数が予定より多いのか……?」

「とりあえずっ、どうしようっ! ?」

「そうだな……」

 落ちつけ、と自分に言い聞かせる。作戦を復習する。委員長を拾い上げ、憲兵に気付かれずにかいくぐり、研究所に床下から侵入。そこからは二手に分かれて、一琉と加賀谷が発電所に向かい、停電を起こす。昼間だが施設は一切窓のない作りになっているので真っ暗になるだろう。夜勤は職業柄、夜目が利く。その間に有河と委員長がまひるたちを救出。加賀谷が死者蘇生装置を壊し、一琉は証拠となる書類を押さえ、研究所が何をしているのかを暴く。

「こういうときは……」

 気付いた憲兵の一人が、トラックを停めようとこちらに手を振って近づいてくる。彼は協力者ではない。当然、不審な車が入ってきたら、停止させて免許証の提示と、引き返すように言うだろう。

(引き返すか……? 今ならまだ、ギリギリ……でも、そうすると、まひるは……それに、委員長も……)

「滝本! 考えてるヒマはねえ! もう突っ込もうぜ! !」

「……!」

 横からの加賀谷の勢いに背中を押されるように、一琉は叫んだ。

「突っ込め! ! 有河! !」

「ええ~っ、えっ、わ、わかったあ!」

 一琉は下げていた八九式小銃を構え上げる。それを見て加賀谷も持ち上げた。死獣を撃つためではなく、敵を、撃つため。

 ブロロロロ、と加速。困惑気味だったのろのろ運転のトラックを停めるつもりで近づいてきた憲兵が、驚いて脇に飛び退いた。

「こちら、F-5! 不審なトラックが侵入! 繰り返す! 不審なトラックが侵入! 古いトラックで、サングラスをかけた女ドライバー! 夜勤と思われる! ! 配置につけ!」

「急げ有河! サクッと委員長を拾うぞ!」

「が、がんばるう~」

 パン、と銃声。そして「こっちだ! !」「いたぞ! !」という声。そしてまた、

「はやっ! ? もう騒ぎになってきた! ?」

「人を見たら、銃でタイヤを狙われないようにジグザグに走れ!」

 加賀谷と一琉の声に、

「ええええっ! ? む、むりだよぉ~」

 有河は悲鳴を上げながら、ハンドルを切る。一琉と加賀谷は荷台を転がされるように大きく揺らされる。よし、うまいじゃないか。

「情報の回りが早い!」

「昼の癖にぃ……! ちょっとはその技術、夜の戦闘に回してくれよー」

「文句を言うのは勝ってからだ。勝てばいくらでも言えるし変えられる」

 士気を落とさないよう口ではそう言いながら、一琉は別のことを考えていた。いくら不審なトラックだっていったって……銃弾を浴びせるのは早すぎないか。こちらからは撃ってもいないし、銃を見せてもいないのに。事件現場とはいえ、だ。ただトラックが指示を無視して進入しただけ。急いでいる命知らずな運送屋かもしれないだろう。空を見ると、太陽に月が半分ほど重なっている。もう夕方六時くらいの暗さだ。

「だめ! 先回りされてる!」

「チッ。ルートがふさがれている」

「一琉、後ろからも、もう来てるぞ!」

「全部だめだよ! !」

「うそだろ! おい……どうする……っ」

 全面包囲! ? 信じられない。前からも、後ろからも。鍛えられた動体視力が、過ぎ去るビルの隙間の裏通りにも、人が控えているのを捕える。だが、身動きが取れなくなったトラックは次第に速度を緩め、鍛えられていなくとも、囲まれていることが容易にわかるようになる。

(対応が早すぎる――っ!)

「弾幕張るかっ! ?」

 荷台に載せていた有河のマシンガンを引き摺るようにして、加賀谷が提案する。

「……もう、それで突破するしかないか……! ?」

 このまま完全停止したら、袋叩きになるに決まっている。

 それに、一琉はわずかに息が上がるのを感じた。時刻は正午を二十分回ったところだが、太陽が欠け始めてあたりは夕方のように暗い。それでも昼は昼だ。長くいれば倦怠感が襲ってくるだろう。運転席の有河はさらに重いはず。持久戦なんてもってのほかだ。

「しかし……この厚い壁をか……」

 ついに進撃を止めざるを得なくなる。くらくらするのは、太陽のせいじゃない。二層三層となった人の壁。撃てば即刻撃ち返してくるだろう。それも、致命的な量を。緊迫した空気。張り詰めた糸を切るように、囲む憲兵隊の持つトランシーバーが一斉に鳴りだした。

「「E-2に侵入者ありッ! F-1からも」」

 敵は状況を窺うように同士で視線を交わしている。

 侵入者! ?

 瞬間。ダダダダ……と、どこからか連射音。一琉たちに向けられたものではなかった。穴が開いたように、左の包囲網が乱れる。薄くなった包囲網に、思い切った加賀谷が持ち上げたマシンガンで追撃の弾丸をばらまく。不意を突かれ飛び退く細道の兵たち。細胞膜が破られたかのごとく、抜け道ができた。

「わっ! ? でかしたぁー! かがやきんぐー!」

 有河がアクセルをべた踏み、ビルの合間を猛突。

「今のは――! ?」

 走り去っていく車の後ろ姿。考えるのは後だ! 好機を逃すわけにはいかない。

「――このまま委員長を拾い上げに行くぞ! !」

「つーか、これ、お、重っ……!」

「がんばれー! まけるなーあ! そんなもん軽い軽~いっ!」

 運転手有河からのエールを受けて、歯を食いしばりつつ加賀谷がマシンガンを保持しつづける中、一琉は状況を観察していた。トラックで走っているうちに街が大混乱に陥っているのがわかってきた。侵入車を、一琉たち以外に見かけたのだ。憲兵たちはかき回され、今や散り散りになって別の侵入者を追っていた。そして、――隙を与えてくれたあの車にもう一度出会う。山道も登れそうなゴツイ四駆車の助手席から、何でもないようにひょいと小銃を構えては、細腕が、寸分たがわず標的を撃ち抜く。大きく揺れている高い車高の窓。ひょい、ひょい、ひょい。振動の流れに逆らわないまま、しかし銃身は勝手には揺れずに、何事もないかのように。目標と照準がぴたりと合った瞬間の、激しい衝撃に跳ね返る姿に、ようやくそれが凶器だと思い出すような安定感。

 サングラスの下、一琉と視線が合ったのか合ってないのか、馴染み深い角度で口元がわずかに上がるのがわかった。

「来てくれたんですか、佐伯さん……! !」

 やっぱりこの人だ。トラックに近寄ってきて並走される。

「佐伯とユカイな仲間達、到着ですよ」

「時江もいるよ!」

 後部座席から身を乗り出す時江は手にトランシーバーを持っていて、

「え~~、F-3、F-4からも侵入者ありっ!」

 どうやら無線に割り込んで、ガセネタをばら撒いてくれているらしい。

 佐伯が、ぼやくように言う。

「まったく……俺が長年コツコツと計画してきたことが、一瞬でパァーだぜ」

「すみません……」

 責められているわけではないことは一琉もわかっていた。自分は何に対して謝ったのだろう。佐伯の持つ哀愁に対してだろうか。

「ばかやろー。今が時だと俺が判断したんだよ。こんな役回りになるとは思ってもみなかったけどなー」

 ここを突破できなきゃ、敵の心臓部には到達できない。

「佐伯! ! いつまで無駄口叩いてやがる! !」

「はいはいちゃんと始末してますって」

 猛獣のように吠える運転手の声を聞き流し、佐伯は合いの手を入れるがごとく、銃を向けた者から順に、一人二人はいはいと撃ち倒していく。

「坊主ッ、こいつで最後の足止めをする! とっとと行けー」

 言うが早いか、貝原は四駆を最大限に活かして急速回転。それと同時にくるとマガジンを入れ替えた佐伯は、立ちはだかるようにして連射モードで弾丸のシャワーをばらまく。

「一琉! 立ち止まるなよ……!」

 俺の代わりにやってこい、と。

「はい」

 佐伯たちを背に、一琉たちは真っ直ぐ進む。

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