第41話 『そして、少年たちは』

 病院にいる棟方を除く一班四人は、基地内にある小さなビルに来ていた。線香の臭いが漂うそこは、心が静まり返るような静寂に満ちていて、四人の足音だけが響いていた。暗い階段を二階まで昇り、現れた重い観音扉を、一琉が引いて開けた。するとあたりは、金縁の黒塗り扉が、コインロッカーのように壁一面に並んでいる風景へと変わる。それぞれに死者の遺骨が納められているのだと思うと荘厳なものを感じた。あらかじめ伝えられていた番号の扉で足を止める。

 一班が非番の今日、全員軍服で集まったのは、先ほど一琉が声をかけたからだ。

「やあ」加賀谷が――野並宏平、と書かれた名札の嵌められた扉をコンコンとノックし、声をかけた。「そこ狭くね?」

「ちょっと、加賀谷くん」

 ふざける加賀谷を委員長がたしなめる。

「いや、野並なら、この扉から顔だけにょっきり出して笑わせにくるはずだ! !」

「くくっ」

 有河も笑った。つられて委員長も思わず想像したのか、ごまかすように大げさに神妙な顔でため息をついた。「バチが当たるわよ。滝本くんまで」

 一琉はそう言われて、笑っていた自分に初めて気づく。そっとひっこめつつ、思った。もっとも笑いから縁遠いはずのこんな場所でまで、人を笑わせるなんて、野並はやっぱり野並だな、と。

「……で、滝本」

 加賀谷に呼びかけられる。

「野並の墓前に俺らを集めて、何を話そうって?」

 投げかけの後に、遅れて送られる視線。穏やかに、促すように。

「……ああ」

 そうだ。俺は、ここで、話したいことがある。正確にはここは墓ではない。「御骨場」と呼ばれ、戦死したばかりの夜勤の御骨が保管されている場所だ。親族のいない夜勤は、御骨を祀っておく家もない。そのため、共同墓地へ納骨するまで御骨を一定期間保管する安置所がここ御骨場。故人の生前に関係のあった者が、心の整理を付けるために、期間限定でこうして個別の場所が用意されている。野並はもうすぐここから移動されて、十把一絡げに集団埋葬される。そこで骨は他の夜勤たちと一緒くたになり、一枚の大きな墓石に「野並宏平」という名前が小さく刻まれるだけだ。

「本当は、全員に、聞いてほしい。でも棟方は――」

「病院だものね」

 委員長が、歯切れ悪く頷く。

「そうだ。まひるも、いないな」

 改めてそう付け足す一琉に、三人は静かに耳を傾ける。

「野並が死んで、棟方は入院した。そして保護されたはずのまひるは――」

 一琉は、告げた。

「まひるは……研究所に連れ戻されている」

 一瞬の間があった。

「うそ……っ」

 言葉を無くす有河と、ちらっと委員長の方を見る加賀谷。

「委員長……どうなってんだ?」

「こんなこと……。わたしにも……わからないわ」

 ばつが悪そうに俯く。委員長の家庭事情は複雑だ。一琉はそれも承知していたが。

「その情報は……どこから?」

 委員長が訊ねる。

「知り合いから……深くは言えない……」

 班の全員が、固唾をのんで衝撃を受け止めていた。

「でも、その命もあとどれだけかはわからない。俺は、さっき……通信傍受した映像を見たんだ」

「ええ……っ?」

 驚くというより、戸惑いと、訝しがるような目を一琉は向けられた。無理もない。多少でも知識がなければ、傍受の意味すら普通は知らない。

「どう……だったの?」

「わからない」

「は? わからない、って……」

「傍受しているからか、元のカメラが悪いのか、そんなに綺麗な映りじゃなかったんだよ。だが似たような子供は、明らかに無理やり……何かをやらされていた。まひるの言った、通りだったんだ。全部」

 一琉にそう言われ、今度は押し黙る。一琉は続けた。

「何かの操縦席みたいなのに座らされていたり、一方で、別の映像には……もう、人とは言えないような、姿になっている子供もいたんだ」

「それ……大丈夫なの? まひるんは……」

「……少なくとも言えるのは、まひるが戻されているのは確かで、まひるが言っていたことは本当だったってことだ。映像を入手するのはリスキーで、これ以上はできないと言われたが、一度だけ名簿は確認した。その時まひるにはまだ二重線を引かれていなかった。大井千佳には、引かれていて……」

 一琉の言葉が、重くのしかかる。――有河はこらえるように俯いて、頷いた。

「どうして……まひるんが、戻されちゃってるのかな」

「必要なんだろう。あの知識が」

 太陽光線銃を復元できるとしたら、それは何にも代えがたい技術だ。強力化できる可能性も視野に入れれば、みすみす手放すことはできないだろう。たとえそれが、逃走したという罪を犯した者であっても。金の卵を産むガチョウの様に、生かすことを選択するに違いない。

「……今頃、怖い思い……してるよね」

 有河が、絶望的な表情で、小さく声を漏らす。

「見た限り、高待遇なんて様子は、全くどこにもなかったな」

 おぞましい想像に、暗い空気が漂い始める。

「まひるの話が本当だった以上、俺たちだって危険はある」

 一琉の言葉に、音もなく全員がこちらを向く。

「どこまで気付かれているかはわからないが、少なくとも、警戒されているだろう。研究所の存在や、中で起きていることを知ってしまった人間として、マークされているかもしれない」

 言葉を無くしていた。

「まひるを心配している余裕は、俺たちにはないのかもしれない。丈人大佐の立ち位置が、全く不明で、何とも言えないところだが――」

 委員長以外が反射的に引きつった表情になるのは、大佐と聞いてのことだろう。大丈夫、失礼は無かった、はずだ。あの大屋敷を多少、溜まり場にしていたぐらいで。

「――俺たちごとき、いつでも消せるに違いない。今こうして生きているのが不思議なくらいだ」

 そう付け足した一琉に、さらに空気が固まった。

「た、た、大佐の……娘の、いいんちょの班員だから、はあぁー……あーりぃたち、たすかっ……た……とか?」

「どうだかな」安全かどうかまでは、わからないが。

「よく考えると、危なすぎるのな。俺ら」

 加賀谷が乾いた声で笑った。断崖絶壁の淵に立たされていることを、遅まきながら把握していく。

「だから……考えがあって、ここに来たんだ」

 ここなら一班が集まっていても不自然じゃない。監視カメラがあったとしても、ただ墓参りしているだけに映るはずだ。

 一琉は、ひとつ深呼吸をしてから、声をひそめて、言う。

「まひるを、取り戻さないか」

「俺たちで……?」

「そうだ」加賀谷に返す。「まひるを取り戻し、死獣を生み出している死者蘇生装置を、壊す。それでこの異常さを世間に露呈させるんだ」

 もちろん、こんなことは危険に決まっている。昼の連中だけじゃない。夜勤上層部だって噛んでいる可能性が高い。目を付けられ、理由もなく消されることだって十分ある。でも……それなら、このまま嬲り殺されるようにして死んでくのか? 俺たちも、まひるも。

「あーりぃは……まひるんを、助け出したい。他に囚われている子も、たくさんいるんでしょう?」

 有河の言葉に、加賀谷は小さく頷く。

「そうだな……まるひちゃんたちを連れ戻して、死者蘇生装置をぶっこわして、死獣の息の根を止めて……痛快だぜ。おもしれーよ」

「わたしも。わたしもやりたい」

 委員長も、両の手をぐっと握り、顔を上げる。

「堕落した昼のなれの果ての姿を、この世に知らしめるの」

 四人は顔を見合わせ、頷いた。

「丈人さんの部屋に、こっそり……入ってみよう、かな」

 夜勤軍幹部の情報収集を委員長に任せられるのは、頼もしい。あと、研究所を襲撃するためには内外の地形の把握も必要だ。下見に行って、外から把握できる限りでやるしかないだろう。

「ああ――でも、ちょっと待て」

 一琉は、はやる気持ちを抑えて、自分を落ち着かせた。

「いいか、わかっているか? ここまで言っておいて何だが……よく考えろ。今、俺たちは危険だが、生きてはいる。殺されるような目にも遭っていない。つまり、このまま何もせずにじっと息を潜めるようにして動かなければ、何事もなく過ぎていく可能性だって十分ある。だが、歯向かったらそれも無くなるだろう。上の連中は、人を平気で殺すようなやつだっている。動きがバレて除隊で済むならまだマシで、闇市に追われるか、問答無用で消されるかもしれない」

 有河、委員長、加賀谷に、

「それでも、やると言ってるか?」

 それぞれ、目を見て確認する。

 やはり、沈黙が返ってくる。

 まあ、そうだよな。

 ここで揺れているようでは、意志を貫き通せないかもしれない。

 でも、ここで一切揺れないようでは、思考がまともじゃない。

「覚悟が決まったら、いつでもいい。俺に、合図を送ってくれ。今日でもいいし、明日でもいい。勤務中でも、非番の時でも……。話は、以上だ」

 御骨場の空気と同化したように静まり返る三人から目を離し、一琉は野並の遺骨の入った扉の前に向き直り、手を合わせる。

(力を、貸してくれ。野並)

 そして、その場を後にした。

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