第23話 『昼の街 毒を食らわば』

 買い物がてら一通り見て回った。途中、有河が服屋でまひるの服を見繕ったり(+なぜか班全員分)、「時間だ」とか言って加賀谷が予約していたらしい美容院に消えたり。委員長と棟方は「夜勤会」関連の、よくわからない買い物をしていたりして、各々好き勝手に過ごしていたけども。

 それから一琉は、集合場所を兼ねた本屋でずっと手がかりを探していた。事典の置いてある棚で、記憶喪失についての調査。まずはなんでも載っている百科事典から引く。索引を見ると、記憶喪失、記憶障害、健忘……呼び名はいろいろ載っていたが、どれも記憶に関する障害ということで本文は一か所にまとめて記載されていた。記憶喪失とは、過去や自分の周りの記憶を、思い出せないこと。原因は、大きく分けて四つか。耐えられないほどの心理的な葛藤や、受け入れがたい情報や感情を、切り離すことで発症する心因性、頭を殴られたなどの外傷性、薬による障害の薬剤性、認知症などの病気による症候性。心因性、外傷性、薬剤性、症候性。うーむ……どれも当てはまりそうな気がする。

(研究所で、何があったんだろうな)

 嫌なことがあって忘れちまってるのなら、詳しく思い出させるのは悪手になるのか? でも、委員長の家にいつまでいられるかわからない。父親代わりという丈人さんが帰ってくるまでに、なんとか記憶の手がかりを見つけて、今後についてまひるが最もマシな選択ができるようにしてやらないと。

(なにか最新の事件の載っている雑誌を見てみるか……? あとは、太陽光線銃だな……)

 太陽光線銃を扱う、まひるのあの手慣れた様子が気にかかる。水素カートリッジのことまで知っていた。委員長と同じで、昼生まれなのに夜に生きていたのだろうか。でも、あの年頃ならまだ戦闘訓練段階にも達していないと思う。

 ふと整髪剤の匂いがしたと思ったら近くで雑誌を立ち読みしていた加賀谷と目が合った。

「帰ってきていたのか」

 頭のツンツンが三割増しになっている。官帽を被ったら一発でつぶれて終わりだろうが。

「なあなあ滝本、これ見ろよ」

「ん?」

 加賀谷は雑誌を手に、近づいてきて突きつけてくる。

「月刊夜勤、だってよ!」

 どうやら夜勤の専門誌らしい。

「……ほう」

 初めて見る。こんな雑誌があったのか。軍事機密情報保護のため、あまり情報を流せないはずだが。

 まあでも。この表紙……黒の背景に、見慣れた黒制服。に、体を斜めに傾けて拳銃を構えたスタンス……昼の世界にしか流通していない可能性がある。

 実際は撃つ時にこんな表紙のようにカッコよく決めていられない。これじゃ死角もできるし、次の行動にも移りづらい。二等辺三角形を作るつもりでもっと両手をのばせ。

「一琉の言いたいこと、わかるぜ」

 加賀谷は一琉の横に並ぶとページをペラペラとめくってみせる。目の前の棚には、ほかにも『夜勤レポートvol.334』『YAKINファン12号』などなど、専門誌がズラリだ。一冊手に取って、一琉も見てみる。

 小見出しは……

『知られざる夜勤の実態! クラスメート死亡は月に一人! ? 「今度はあいつが空席か……」』

『死獣って何食べて生きてるの? のギモンにお答えします!(夜勤・原宿区部隊長 北上大神(46)』

『死線を越えた先―― 昼世界への憧れと羨望 エッセイ 田中裕子』

 なんでもいいから目を引く特集を組んで思いっきり好きなこと書いてくれている。

「これが夜にあんまり出回っていない理由が何となくわかる気がする」

「あはは、オレもー!」

 一琉の氷のように冷たい乾いた笑いに追従しながら、加賀谷は付け加えた。

「ま、でもこういうの買う人の気持ちもわかるんだよなー」

 苦々しく愛おしげに、八九式小銃の写真図解『89式小銃のヒミツ』を手に取り、指でなぞる。

「オレ……銃が好きだからさ。戦闘も」

 ま、こいつはそういうヤツだ。

「だからオレは、自分が夜生まれでホントよかったと思うんだよねー。幸運! ラッキー! ! だって昼生まれはめったに実弾なんか撃てねーだろ? 昼なんかに生まれてたらオレはこーやって雑誌買って、あることないこと信じたり疑ったりしながら、夜の夢に思い馳せてたんだろうなー……ってな」

 加賀谷は軍人としての顔で微笑んだままページを繰る。

 いや。一琉は顔を上げた。本当にそうだろうか。たしかに加賀谷は、好きで戦っているわけではない一琉とは根本が違うのかもしれない。銃器を愛し、戦闘に酔う。そんな性格を持っているようだ。でも、そこに喜びしか存在していないというわけではないだろう。むしろ、ひりつくような緊張感と凍てつくような悲しみを内包しているからこそ、勝利や平和が輝く。そこにどうしようもなく惹かれるものがあるのだろう。昼生まれはその、いいところだけを体験できるわけだろ。娯楽性を高めた雑誌や、ご都合主義のドラマの中で。信じたいものだけ信じて。知りたくないものは見ないで済む。

「お幸せな人生だと思うが」

 一琉に言わせれば、安全な場所から死や悲しみを遊べる愉悦。悪趣味な雑誌だ。

「でも、皿までなめるのも悪くない」

 加賀谷の軽い笑みの中に、なにかが見えた気がした。毒を食らわば皿まで。

「それは既に毒を食っちまったやつが、そう思うって喩えだろ」

 一旦手を染めてしまったのなら、最後まで徹する。一度毒入りの料理を食べてしまった以上、死ぬことに違いはないのだから、その皿まで舐めても同じことだと、居直って事を続けることから来ている。

 毒入りと知っていて、おまえは食事を始めるか? たとえ昼に生まれていても、おまえは本当に、夜に生きたか? 昼の温かい生活を捨ててまで?

 加賀谷の放った、いつかの言葉が蘇る。

 ――ここは、夜だぜ?

 加賀谷は深い底なし沼のような目で笑っている。なんでも呑み込んでしまうような。

「……そういうことか」

 すでに夜に生まれてしまったのだ、俺たちは。一度夜に生まれてしまった以上、兵役することに違いはないのだから、開き直って最後まで闇の中で銃を愛し撃ち尽くすと、覚悟を決めたのだ、こいつは。

 ゴシップな雑誌を棚に戻し、加賀谷は急にビシッと姿勢を正すと、

「滝本二等兵殿! 貴官も早く、あきらめて腹いっぱい食うのであります」

 見慣れた一琉から見ても、見事な敬礼を取る。おちゃらけてやるにしても、本物の軍人と、昼生まれのそれとでは、明らかに異なる。

「毒入りだけど、けっこうイケるぜ?」

 一琉は返事をせず、雑誌を棚に戻した。

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