第18話 『一班』上

 いつもよりやや遅めに教室についた。余裕はないが今日は仕方がない。家に帰るなり、シャワーを浴びて銃の手入れをして、急いで出てこの時間だったのだ。間に合っただけ御の字だ。

 自分の席に鞄を降ろした途端、前から声をかけられた。

「よっ滝本!」

 顔を向けると、そこには、

「おまえ、昨日委員長んちに泊まったんだって? ! 親のいないうちにっ!」

 やけに下卑た笑みを浮かべる加賀谷が……なんだこいつはどっから湧いてきたんだ。

「そういう言い方はやめろ」おまえもあいつの家のデカさは知っているだろう、と。家庭事情までは知っているのか知らんが。

 加賀谷はお構いなしにと、ワックスで固めたオレンジツンツン頭を一度こっちに向け、背もたれを抱きかかえるように後ろ向きに、どっこらせと他人の席に着く。

「いいなあー。オレもオレもー! えーなんでそうなったの? なに? 付き合ってんのおまえら? そういう関係?」

「ばかか」聞け。「日が昇りきって帰れなくなって、少しの間一部屋借りただけだ。大体、なんで知っている、そんなこと」

「棟方が言ってた」

「あー……棟方か」

 あいつが自分からぺらぺらとしゃべる姿は想像できないが、まあそういう小耳のはさみ方もありだろう。どんな流れかわからないが会話の中で一琉の名前が出ても不思議はない。

「じゃあ迷子の話は聞いたか」

「迷子……?」

「迷子っていうか脱走っていうか、家出?」

「家出! ? 誰が! ? おまえが! ?」

「俺じゃない」

「じゃあ誰だよ棟方?」あれ、そっちは聞いてないのか?

「俺でも、棟方でもない。まったく知らない子だよ。あーでも昨日、おまえも会ってるぜ」

「えっ! ? オレも! ?」

 加賀谷は視線を天に向けながらあわてて記憶を遡ろうとする。

「ヒントは、公園」

 一琉がそう言うと加賀谷は、まさか、という顔になった。ぎょろ目がさらに大きく見開かれる。

「あの子! ? あの……なんか無防備な感じで公園に飛び出てきたあの子! ?」

「そうそう」

「えええっ。あの子、そういえばどうなってたの! ? いつの間にかいなくなってたけど、委員長の家に行ってたの?」

 正確にはまひるは一琉の家で帰りを待っていたのだが、めんどくさいのでこの辺で肯定しておく。

「うわー! 家出少女とか、なに……なんか、こ、コーフンするんですけど! !」

 そう来るか。

 どうやら面倒事を押し付けられる相手がここにもいたらしいな。いや……これはさすがにまひるがかわいそうか。

「それでなんでおまえまで委員長の家に招かれてるんだよ!」加賀谷に話を元に戻される。

「あー……ええと、だから帰れなかったから」

「えっえ、そもそもなんで日中外出た! ? なんの用事! ? 家出少女とおまえと委員長と、どう関係があるの! ?」

 思ったより加賀谷が食いついてくる。ここまで聞かれれば、仕方がない。

「いや本当は俺の家にだな――」

「ちるちるーん! かがやキング! なにしゃべってんのっ☆」

 また違う声に顔を上げれば、――高く高く上げれば、そこには、今日は金色三日月マークのヘアピンがまぶしい有河七実が、間を割って覗き込むようにして立っていた。

「一班みーんなの知ってることを、あーりぃにだけ言わないなんてダメダメよ?」

 どこからか聞いていたらしい。

「いや、一班の仕事とは関係ない話なんだが――」

「そーじゃなくっても!」

 ダン、と机に両手をつかれ、机ががくんと下がる。机の高さ調節の留め具が外れて跳ねてどこかへ飛んでった。

 また厄介なのが現れた。さて、どこから話したものかな。

 そこへ――

「ちょっといい?」真打ち登場。

 授業中に挙手して前に進み出るかのごとく――

 肩にかかる髪を軽く振り払いながら、委員長まで出てきた。

 これ以上ないくらいに面倒なやつが来てしまった。後ろには棟方も。

「滝本くんに話したいことがあるのよ。まひるちゃんのことで」

 来たぞ来たぞと囃し立てる有川と加賀谷に、一琉は頭を抱える。昼生まれの問題は昼生まれ同士で解決できないのか。

「もう夜礼始まるし時間ないだろ」

 一琉はそれとなく回避しようとするも、堅物委員長にはまるで伝わらなかった。さらに、こともあろうに「じゃあ今日、うちに来てほしいわ」と言ってのけたのである。

 じっとりとした視線をくれる有川と加賀谷。その視線に耐えきれず、一琉はぼそりと聞いた。

「話したいことって何だ」

 委員長は一琉の耳に口を寄せる。

「まひるちゃん、これからどうしたらいいんだろうってすごく不安になってるの。早く何とかしてあげたいわ」

「うーん……」

 これが変なオッサンとかだったら問答無用で追い出して通報しちまえばいいとなるかもしれない。いや、それでもこいつはかばおうとするか。ともかく相手はか弱そうな少女で、お人好しの委員長は困っているようだ。

「何とかしてあげたいわ。滝本くん、協力して頂戴」

 自分が連れてきた以上、責任放棄という訳にもいかない。

 それに、きらきらと眩しい昼の世界に生まれた委員長とまひるには、どす暗い夜の住人である自分はどのように映っているのだろうと、そんな風に身構えて、気にして、忌諱しているはずが、正面から頼られると、つい調子が狂う。同じ土俵に立てているように思えて。

「ま、まあ……」

「何ひそひそ話してんだよー!」

「ずるいぞー!」

 後ろの方からのんきな二人組の声が聞こえてくる。

「いや……あなた達に迷惑がかかるかもしれないから、関わらないほうがいいわよ……」

 委員長が物憂げに言ったのは逆効果だった。

「な、なんでそんな寂しいこと言うのいいんちょ!」

「それこそ俺たちも嚙ませろよ」

 委員長は二人の優しい言葉に目を閉じてじーんと噛みしめている。有河はまだしも、加賀谷は下心ありきだろ。

「それじゃあ……あなた達も……来る?」

「「行くー!」」

 結局こうなってしまうのか……。

「じゃあ今日の夜勤明けに。滝本くん、いい?」

「わかったよ」

 一琉はそう言うと、席に着いた。

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