第19話 『一班』下
前回の反省を生かして、委員長の家には出勤前に集合することになった。各自、そのまま出勤できる状態に準備した上でくるようにと。
その日の夕方四時半過ぎ、日が陰ってきたかと感じる頃、一琉は黒衣を羽織って中折れ帽にサングラスをかけ家を出た。まだ黒衣がないと厳しい時間帯だ。大きな襟で首と顔まで覆う。無事に委員長邸に到着しインターホンを押すと、カメラでもついているのか、すぐに門は開けられ、真理子が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。滝本さん。もうみなさんお揃いよ」
「え、もうですか」
「もうですよ。さあさあ、滝本さんも早く中へ。倒れたら大変ですよ」
どうぞ、とてのひらを上にして招かれる。
「お邪魔します」
黒衣などを預かってもらう際、飲み物は何が良いかと聞かれたので、お茶をお願いする。まあ別に、出されたものを文句言わず飲むけど、これは毎回聞かれるのだろうか?
リビングへと通された。高い天井の、ソファと大きなテレビのある部屋だ。
「ちるちる来た! ?」
元気のいい声が飛んでくる。この声は……
「おっそーいっ! 待ってたよん」
入るなり目が合ったのは有河。
「悪いな」
だいぶ早く来たと思うのだが。
有河の膝の上にまひるがのせられている。そしてそれを加賀谷が羨ましげに見ている。向かい合うようにして、委員長と棟方が座っていた。
「今、まひるちゃんは今後どうしたらいいかって話をしていたの」
委員長が紅茶をすすりながら教えてくれる。
「オレんちに来てもいいんだぜっ」
「あう……それは」
加賀谷の提案に、まひるは困惑気味。まひるの思考も随分ましになったらしいな。
加賀谷のところには絶対に行くべきではない。家出少女に興奮するあいつの変態性もそうだが、異性どうこうというよりも家の中が悲惨だ。住居というよりあれはもう火薬庫だ。二度と行きたくはない。
そんなことより、本題を進めようと一琉は口を開いた。
「で、どうすることになったんだ?」
一琉は真理子の持ってきたお茶を受け取り、一人離れた椅子に座る。委員長は頷くと、ティーカップを静かに受け皿に置いた。
「まひるちゃん、やっぱり本部には行けないんですって。でも、どこかに帰るべき家もあるって、そう言うのよ。となると記憶を取り戻して自力で帰ってもらうしかないわ」
そう言ったって、どうやって……と、一琉が思った時だった。
「じゃあさじゃあさ今度の休みにみんなで街に行かない?!」
ピクニックにでも行くようなテンションで有河が言い出した。
「お、それサンセー!!」
即答する加賀谷。
「街に?」街って、昼の……か。
じくっと、胸の奥が痛む。
「まひるちゃんは昼生まれみたいだし、昼の街に行けば何か思い出すかもしれないじゃーん? ねー☆」
「俺たちは丸一日は難しいと思うけど、時間で交替していけば何とかなるな!」
棟方も静かに頷いている。わいわい楽しそうな雰囲気の中、まひるは不安げにこっちを見る。
昼の街――一琉からしてみればそれはもう魔窟だ。夜勤が出歩くなんてどんな目で見られるかわかったものじゃない。
「俺は――」
行かないぞ、と言おうとして、躊躇った。行けない、の間違いじゃない? などと思われないだろうか。夜勤だって行きたいと思えば行けなくもない。加賀谷の言った通り、時間で交替するならなおのこと。だけど……。
「滝本くんは……やめておく?」
気遣わしげに委員長が訊ねる。
「いや……」
沈黙が下りてくる。行けば否応なしに突きつけられる。昼と夜の差。夜は負け組だということを、思い知らされる。委員長の視線に耐えられなくなって、そっぽを向いた。そこには、ぽかんとした顔の有河、加賀谷、そしてまひる。
「俺も行くさ」
思わず言ってしまった。するとすぐさま三人の顔にぱあっと笑みが広がる。一琉は軽く笑みを返して、委員長の方を向いた。
「じゃ、決まりね」委員長も微笑んだ。
「予定空けとくんだぞ☆」有河が、まひるをすりすりしながらこちらを指差す。
今更のようにじわりと、毒が回ってくる。でも、まひるを保護した当事者である自分が行かないなんてのは変だし、自分だけ劣等感を抱いているなどとは、この場で思われたくなかった。それに、あんな風に自分も平気な顔でいられたら、という願望、平気でいるべきだ、という義務感が、普段の自分では考えられないような選択をさせたのだった。
襲ってくる暗い感情を無視し、「まひる」と一琉が名前を呼ぶと、有河にされるがままになっていたまひるが、人に懐いた動物のようにこちらを向いた。
「覚えている限りを話してほしいんだが。研究所、とか言ってたよな」
「はい……。えっと……」
まひるは思い出すように一度目を閉じると、
「記憶の限りでは、私……研究所にいたんです。白い部屋がいいっぱいあって……そこで、えーっと……なにしてたんだろ……。なにか、やらされていた気がします。帰りたい場所はあるのに帰れなくて……。あれ……どうだったかな……。行き場もなかった気もします……し……。そんな、私のような子、いっぱいいて……」
「他に、その研究所以外に見覚えのあるものはないのか? 見えていた景色とかでもいい」
「いえ……ひたすら壁に囲まれていた気がします。窓も無くて」
窓がないことは珍しい構造ではない。夜生まれの住居はほとんどみんなそうだ。
「閉じこめられていたのか」
「たぶん……」
となると、組織的な犯行? 大々的な監禁事件だとしたら、軍の協力は必須のような気がしてくる。それを拒むというなら、まひるの狂言である可能性もある。本当は家に帰りたくないだけの家出少女とかな。見るからに戦闘訓練なんて受けてきてなさそうだし、これが夜生まれなら、行きつくところは闇市の娼館だ。戦えないやつが食っていけるほど夜は甘くない。こいつ、わかっているんだか。まあ、昼生まれならどうとでもなるのか……。
一琉の考えをよそに、「お昼の街たのしみだねー☆」などと有河はあやすようにまひるの顔を覗き込んでいる。まひるの目……澄んだ瞳だな。金糸のような前髪の奥、その色を深くしたような、ブラウンの瞳。
一琉と話しているまひるの代わりに「ねー☆」と覗き込んでくる加賀谷を、有河がしかめ面であしらう。「加賀谷くんに言ったんじゃなーいっ」
しかし有河の膝の上にのっていると、まひるがすごく小さい子どもに見える。無力な子どものように……。いかんいかん。油断するなよ。身長差のせいだぞ。騙されるな。こいつはまだどんな人間かわかったもんじゃないんだ。
「なーなーまるひちゃん、チョット八九式小銃持ってみない? キミ、似合わなさが似合うと思うんだよねええええ!!! オレ、こういう年端もいかない少女に、凶器持たせてみたかったんだよお……! あっ、マシンガンもいいね! ! ちょっと重いかな?」
加賀谷が適当なこと言いはじめる。あと、まるひじゃなくてまひるだ。
「もーお! かがやキング、まっひるんを、けがすなっ!」
「えー。じゃあアーリー、また重量挙げやってくれる?」
「え~」
有河に抱えられたまひるの足がぷらぷら揺れていた。そういえばまひるは、室内用のスリッパを履いて外を歩いていたんだった。たしかに、どこかに閉じこめられていて、抜け出してきたような出で立ちではあった。
「こないだのアレ! ガトリング銃M134を乱射するアーリーの姿! !」
「きゃー! やめてやめて恥ずかしいーっ!」
「なにを言う! ! 超高速掃射は
「もー! やめてーっ!」
こいつらは相変わらず騒々しいな。
総合火力演習の際に、パフォーマンスとして有河が頼まれてやったやつのことだろう。M134を、手持ちで。軍用ヘリコプター搭載装備での話じゃないのが狂ってやがる。実戦で携行するのはさすがに無理だが。にしてもこんなの撃てるのは国内でもこいつぐらいじゃないかと思う。
「ああもうホント、サイコーにかっこよかったぜ! ?」
「ええ~っ、そ、そうかな? ミニガン好きだけど……あとかっこいいじゃなくて、可愛いって言ってほしいな……っ☆」
有河はできるだけソフトに可愛らしくしようといつも通称で言っているが、あれはミニってシロモノじゃない。百キロを超える六砲身ガトリングキャノン砲のM61バルカンを小型化したからそう呼ぶだけで、普通に見ればミニなんて発想には至らない。馬鹿デカい。
「なーなー、アーリーなんであんなん撃てるの? ターミネーターなの?」
「に・ん・げ・んっ! んもう、失礼しちゃうんだからー! ! 今度ね、また今度ーっ!」
「ちょっとあなたたち、まひるちゃんが置いてかれてるわよ?」
委員長は旗手役だったな。自分から立候補していた覚えがある。ちなみに一琉は、その後に続くように行進する兵隊の中の一人だ。加賀谷や棟方も。
「まひるちゃんは他には覚えていることってないの?」
委員長がもう一度問いかけた。すると、それまではにこにこと聞き役に徹していたまひるは、急に据わった目をして、
「覚えていることといいますか……、あの……皆さんの持っている、そちらの銃っていったい何でしょうか」
と返してきた。
「これのこと?」
太陽光線銃だ。
「なんか、すごく見覚えがあるんです」
各員が光線銃を手に持ち、まひるの前に並べてみせる。まひるは思案げにじっと一つ一つを眺めた。旧時代の科学の結晶であり、どういう仕組みで動いているのか全くのブラックボックスのそれ。
「え~! じゃあ、もしかしたらまひるちゃん、夜勤やってたりして~?」
有河が嬉しそうに合の手を入れる。
こんな年端も行かぬか弱い少女が?
見るからに弱そうな雰囲気を纏っているものの、たしかにその身一つで死獣を止めたことを一琉は思い出した。まひるは実は軍の秘密兵器……だったりしてな。笑えないジョークだ。それで命からがら逃げ延びてきたとかだったらどうしたらいいのだろう。
「じゃあさじゃあさ! まるひちゃん、これ撃ってみるとかどう?」
「い、いいんですか……?」
「いいよいいよ! ただし俺たちに向けちゃだめだよ。あと、音が出るからびっくりしないようにね」
興奮した加賀谷に言われ、まひるはこくりと頷く。立ち上がると、
「これ……弾やビームが出るわけじゃ、ない、ですよね……?」
「そうだよ。ここで撃っていいよ」
まひるは頷くと、壁に向かって照射。ゴォォォという轟音と共にスポットライトが当たるように、壁が照らされた。
「あれ……この音……とてもなつかしい感じがします」
起動音のことだろう。太陽光線銃を使うときは必ず生じる音だ。一琉にだって馴染みがある。もしかして、本当にこの武器を使ったことがあるのか?
「こうやって……中で磁場を発生させているんですよね……」
「え……ああ……」
昼生まれなのに、そんなことまで知っているのか?
光が一瞬明滅したのが見えた。するとまひるが、
「あ……水素が少し足りない……のかな」
おずおずと言う。
「あっ……うん、そろそろカートリッジ交換だなあって」
手渡された有河が、戸惑ったように返す。何で知っているんだ?
「まひるちゃん、詳しいねー」
「自分でも、不思議です……わかるんです……」
太陽光線銃をしげしげと眺めながら、まひるも考え込んでいる。死獣を退けたことや、太陽光線銃の妙な経験と知識だけはある……? これってもしかして、重要なヒントじゃないか? 「軍の秘密兵器」なんて冗談のつもりだったのに、口に出さなくてよかったと思った。だって言い当てていたら、どうする? ……いや、まさかな。考えすぎだ。俺の悪い癖だ。一琉はそう言い聞かせ、馬鹿みたいな発想を頭から振り払った。
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