第四話「狸憑キノ帝都ヲ騒ガスノ事」/其の十一(終)

 壁に体をもたせかけて、先生は私を待っていました。


「終わったか」


「はい!」


「じゃあ行くぞ」


 先生は手元の懐中時計をぱちんと閉じるとのろのろと歩き始めました。先生の足は私よりずっと長いので、これくらいの速度の方が私にはちょうどいいです。


「あおい。送っていってやる、家はどこだ?」


「えっ? ええと――」


 自宅の住所を先生に伝えます。先生は頷きました。


「そうか、じゃあ歩いていけるな」


 こちらを振り向かずに歩いていく先生の横顔を見上げながら、先生が何度か時計を気にしていたことを思い出しました。ふと思いついた推測を私は口に出してみます。


「先生、もしかしてわざわざ私を迎えに来てくれたんですか?」


「ばーか、んなわけないだろ」


 先生はダルそうに目を細めながら、歩みを進めていきます。口では否定はしていますが、本当は何のためだったのか答えない辺り、多分図星というやつなんでしょう。

 私は微笑ましくなって、笑ってしまいました。


「うふふ、先生って結構良い人ですよね」


「なんだそりゃ、鳥肌立ったわ」




 デパートの外に出ると、まだまだ夜はとっぷりと暮れていました。五月だというのに冷たい風が吹いてきて、私は身を縮こまらせます。


「ところで先生。どうして綿貫美千代さんが怪盗ムジナだって分かってたんです?」


 最初から分かっていなければ、あんな風に助言も先回りもできなかったはずですよね。少なくとも、ここに来る前から「狸憑き」ではなく、「化け狸」がいるって知っていたはずです。

 先生は、あーそれな、とため息交じりに言った後、宙を仰いで人差し指を立てました。


「あおい。ムジナってのは狸のことだろ?」


「はい」


「人狼ってワーウルフじゃないか」


「そうですね」


「……じゃあ人狸はどうなる?」


「どうって……わーたぬき、わたぬ……あっ!」


「そういうこった」


 まさかこんなに単純な言葉遊びだったなんて。――ということはこの名字は美千代さんがきっと考えたんでしょうね。何のために自分たちの本性を織り交ぜたのかは私には分かりませんが。

 先生はフー、と息を吐き出すと心底どうでもよさそうに夜の空に呟きました。


「くっだらねえ」




 号外! 怪盗ムジナ、引退!

 十数件ニ渡ッテ、帝都ヲ騒ガセテキタ怪盗ムジナガ、コノ度、引退ヲ宣言シタ。事件ノ舞台ハ四国屋百貨店。ココニ展示サレル、大猫ノマナコヲ奪イニ現レタノダガ、現場ニテ殺人事件ガ起コリ、奴ハ泥棒稼業ヲ辞メルコトニシタヤウダ。コノ事ニツイテ、怪盗ムジナ担当ノ後藤警部補ハ――

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