第四話「狸憑キノ帝都ヲ騒ガスノ事」/其の八
「おーおー大変なことになってるな」
「裏島先生!」
私はぴょんっと跳びあがるようにして、先生の前に立ち上がりました。先生はそんな私をひょいっと避けます。
「どうして……というか、どうやってここに?」
今、この場所は封鎖されているはずですが。
「ああ、ちょっと知り合いがいてな」
先生が軽く指した方を見ると、先生の後ろで後藤さんがびしっと敬礼していました。
「はぇー、お知り合いだったんですね」
「昔、ちょっとな」
また秘密ですか。先生は本当に秘密が多いですね。
でもなんでしょう、この安心感! 先生がいるだけで百人力な気がします。これが年の功というやつなのでしょうか。
「先生、大変なんですよ! 怪盗ムジナが予告状を出して、やってきてみたらオーナーさんが殺されて、私たちの中に「狸憑き」がいるかもしれなくて……」
「おう、後藤に聞いたぞ。で、お前、いつ帰るつもりなんだ? 子供がこんな時間に出歩くもんじゃないぞ。さっさとこんな事件終わらせて帰れよー」
「か、帰れないから言ってるんじゃないですか!」
そうやって声を荒げると、先生は眉を寄せて困った顔を作りました。
「お前、本当に分からないのか?」
「分かりませんよ! ……ってまさか先生、犯人が誰なのか分かったんですか!?」
「分かったも何も、もう答えが出てるようなもんだろ。……いいか、二つの事件は分けて考えろ。どうしてやったのかじゃなく、どうやってやったのかだけ考えるんだ。お前らは増えすぎた情報で混乱してるだけなんだよ」
「こ、混乱……」
先生は私の頭を、指でびしっと弾きました。
い、痛いです。何をするんですか。
「それからな、探すべきは「狸憑き」じゃなくて、「人間」だ」
まったく、こんな面倒なことをしやがって、と先生は悪態をつきます。
人間。一体誰を探せというのでしょう。あれからこの場からいなくなった人なんていないはずですが。
狸憑き。狸に乗り移られた人間。そもそもどうして狸憑きだと分かったんでしたっけ。
存在するはずのない、いなくなった人間。もし本当にいなくなっているのなら、その代わりにそこにいるのは誰?
「あっ!」
その時、雷のようなひらめきが、頭のてっぺんからつま先へと駆け抜けました。
まさか、まさか私たちは最初から勘違いさせられていた?
「綿貫さん!」
「へっ!? な、なんだ?」
私が振り返って詰め寄ると、綿貫さんは面喰った様子で顔を上げました。
「今まで狸憑きになった人ってもしかして、逃げていった先の人目につかない場所で、気絶して発見されたんじゃないですか!?」
「え、ああ。そうだが」
「もう一つ! 狸憑きになった人は、犯行直前に一度、席を外していましたよね!」
「……そうかもしれないな。それがどうかしたのか?」
やっぱり。そういうことだったんですね。
私は離れたところに立っていた後藤さんに駆け寄りました。
「後藤さん、ちょっと耳を貸してください!」
私より少しだけ高い位置にある後藤さんの耳に、私は声を抑えて囁きます。私の伝えた内容に、後藤さんは大げさに驚きました。
「ええっ! そんなものが見つかるんですか!?」
「はい、絶対にどこかにいるはずです。捜査員さんたちに、こっそり探しに行ってもらえませんか? その間、この広間にいる人は決して外に出さないようにして」
「いや、しかしそうと決まったわけでもないので……」
「言うとおりにしてやれよ、後藤。コイツの推理は多分合ってるぞー」
最初は渋っていた後藤さんでしたが、ひょっこりと顔を出した先生の一言で、ころりと態度を変えました。
「は、はい! ウラさんがそう言うのなら!」
言うが速いか後藤さんは捜査員さんたちに指示を出しに行ってしまいました。
私はパン、と手を叩きます。
「さて、綿貫さん! 皆さんを一か所に集めてください!」
綿貫さんは状況についていけないといった顔で、怪訝そうに私を見ました。
「一体何を始めようっていうんだ、あおいくん?」
私はそんな綿貫さんを見上げて、にやりと笑いました。
「化け狸をあぶり出すんです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます