第四話「狸憑キノ帝都ヲ騒ガスノ事」/其の七

「離せ! 俺が何をしたっていうんだ!」


 捜査員さんに無理矢理連れてこられたのは、犯行前にバルコニーにいた男性でした。

 そうです。奥さんの初恋の人だという、遠木誠さんです。


「遠木さん!」


 どうしてここに、と言いながらオーナーの奥さんの邦子さんが駆け寄ってきました。遠木さんは目をそらします。


「お二人はお知り合いなのですか?」


「ええ、まあ」


「ああ……」


 後藤さんの質問に二人は曖昧に答えました。何か事情がありそうです。


「失礼ですが、お二人はどういったご関係で?」


「それは……」


「…………」


 またも口ごもる二人にしびれを切らしたのか、綿貫さんが口を開きました。


「お二人は昔、恋仲だった。そうですね?」


「ち、違う!」


 遠木さんは慌てて否定しました。意外です。てっきり初恋の相手だとばかり思っていましたから。


「俺たちはそう。そういうのじゃないんだ。いや、というか邦子さんは俺には関係ない。俺が一方的に邦子さんに横恋慕しているだけなんだから……」


「遠木さん……」


 邦子さんが何か言いたそうな目で遠木さんを見ます。どうやら二人の間には並々ならぬ感情があるようです。


「なるほど横恋慕と。では、もし怪盗ムジナがオーナーさんを殺していないとすれば、あなたにはオーナーさんを殺す動機があるということですね」


「は? オーナーが、豪三郎が、死んだ?」


「はい、亡くなったんです。ほんの数時間前、この場所で、心臓を撃たれて。ご存じありませんでしたか?」


「知るわけないだろう! 俺は今の今まで会場の外にいたんだ! セレモニーにだって出ていない!」


 疑念の眼差しが遠木さんに突き刺さります。怪盗ムジナがオーナーさんを殺したという考えにも不審な点がある以上、動機のある方を疑わない道理はありませんものね。


「本当にセレモニー会場にはいなかったんですか? それならどうして会場の外で不審な動きをしていたんです?」


「それは……中で妙なことが起きていることに気付いて、邦子さんが心配になって……。でも俺はやっていない!」


「あのー。一ついいですか?」


 私はそっと手を上げて話に割って入ります。皆さんの注目が私に集まりました。


「私、見ました。遠木さんはあの時、セレモニー直前まであそこのバルコニーにいました」


「直前までだ! あの後すぐに会場を出たんだ!」


 自分じゃないと繰り返す遠木さんから一旦離れ、私は綿貫さんと顔を突き合わせました。


「状況が混沌としてきましたね」


「ああ。床の弾痕に、心臓に命中した弾、ムジナが犯人ではない可能性、飛んだ釦。おまけに有力な容疑者まで出てきて大混乱だよ。……あと今気付いたんだがな、俺たちは誰がオーナーを殺したのかってことばかりに目がいって、誰が「狸憑き」なのかについての手がかりを一切手に入れられていないんだ。もうお手上げだよ……」


 すっかり意気消沈してしゃがみこんでしまった綿貫さんの肩を私は揺さぶります。


「しっかりしてください! 綿貫さんだけが頼りなんですよ!」


「うう、でもよー……」


 その時、そんな私たちを覗き込むように、やる気のなさそうな声が降ってきました。


「おーおー大変なことになってるな」


「裏島先生!」

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