第四話「狸憑キノ帝都ヲ騒ガスノ事」/其の六

「ああ、来たかね。綿貫くんにあおいくん」


「あなたたちも現場検証中?」


 そこには箕輪さんと藤上さん、それに警察の後藤さんが立っていました。


「私は外に出てムジナを追った方がいいと進言しているのだが、この後藤くんが許してくれないのだ」


「すいません。でもあなたも一応容疑者なので」


 納得がいかないという顔をした箕輪さんに、後藤さんは申し訳なさそうに頭を掻きます。


「そんなことより犯行時、誰がどこにいたのかを確認しましょうよ。私も部屋にこもっていたかったけれど状況が分かりづらかったからここまで出張ってきたのよ」


 ああ、安楽椅子探偵だって言ってましたもんね。


 ちなみに安楽椅子探偵とは、現場に行かずして、話を聞いただけで事件を解いてしまう探偵のことです。本当にそんな人がいるのなら、警察は要らないような気はするんですけどね。


「それじゃあ犯行時の立ち位置を確認しましょうか! 何か分かったら教えてくださいね!」


 元気よくそう言う後藤さんに毒気を抜かれながら、私たちは広間の中央へと足を運びました。

 広間の中央、オーナーさんの殺害現場では、捜査員の方々が私たちのために場所を空けていてくれました。きっと後藤さんの指示なのでしょう。あんな風ですが偉い方なんですね。


「オーナーの豪三郎さんはここに仰向けで倒れていました。発見当時、豪三郎さんを庇おうと、護衛の谷川さんが覆いかぶさっていたそうですが、おそらくその前に撃たれていたんでしょう。

 次に全員の立ち位置ですが、今言った通り、谷川さんはオーナーの豪三郎さんを庇って豪三郎さんの上に倒れていました。

 綿貫さんは舞台の上であおいさんを庇って倒れていて、箕輪さんはそのすぐ近くに立っていました。

 奥さんの邦子さんは舞台を降りたところにいて、観客の方々は舞台上に詰めかけようとはしていましたが、明かりがついたときにはオーナーと宝石の近くには誰も来ていませんでした。

 藤上さんは知っての通り、別室にいましたね。

 この広間にいた方は、一人の例外もなく、「狸憑き」逃亡防止のため、外には出していません」


 後藤さんがそう説明すると、探偵の皆さんはめいめいに質問を始めました。


「仰向けということは、前から撃たれたということですか?」


「はい、銃弾は一発。胸から入り、体内で止まっていました」


「その一発が致命傷だったのよね。即死だったのかしら?」


「ええ、心臓を正確に撃ち抜かれていましたから。ムジナは相当、銃の扱いが上手いですよ」


「だがあの時、銃声は二回聞こえたぞ。もう一発はどこに行ったんだ?」


「それなら、こちらです」


 後藤さんは遺体のすぐそばの床を指しました。


「一発は床に命中していました。ムジナは上から撃ったのですから、ここに弾痕が残っていてもおかしくはありません」


「逆に言えば、同じ舞台上にいた人間が撃つことはありえないということですね」


 綿貫さんがそう言うと、後藤さんはきょとんとした顔で綿貫さんを見返しました。


「え? 犯人はムジナなんでしょう? 舞台にいた人は関係ないのでは?」


「……そうですね、状況としてはそうなんですが、うーん」


 腕を組んで綿貫さんが考え込んでいると、箕輪さんが顎に手を当てながら口を開きました。


「私も全く同じことを考えていた」


「癪だけど同感だわ」


「……と言うと?」


 後藤さんが尋ねます。探偵さんたちは三人で顔を見合わせてから、綿貫さんが代表して答えました。


「つまり、怪盗ムジナは犯人ではないかもしれないということですよ」


「えええっ!?」


 大げさに驚く後藤さんに対して、綿貫さんは指を一本折り曲げました。


「まず一つに、私はあの時ムジナの動きを注視していたのですが、どうにも拳銃を取り出したようには見えなかったんです。月明かりだけが頼りだったので確証はありませんが」


「それに二発目の銃弾が床にめり込んでいたというのも怪しいわね。舞台上の人間がわざと床に銃弾を撃ち込んで、あたかも上方から撃ったかのように偽装することもできるし」


「最も怪しいのは心臓を一撃で打ち抜いたという点だな。銃声が聞こえたのは明かりが落とされた直後だ。暗さに目も慣れていないそんな瞬間に、あんなに離れた場所から正確に心臓を狙えるものだろうか。怪しいぞ、これは怪しい」


「なるほど、一理あるような……」


 後藤さんはうーんと考え込みます。私もつられて腕を組んで考えてみます。すると、ふっとある手がかりを思い出しました。


「あっ!」


「どっ、どうした、あおいくん」


 突然上げた声にびっくりしている綿貫さんに、私はずいっと詰め寄りました。


「私、聞きました! あの時、何か金属みたいな物が床を転がっていく音がしました!」


「……それだ!」


 綿貫さんは私の肩をがしっと掴みました。


「オーナーを広間のどこかから撃った犯人は、凶器の拳銃をステンドグラスの真下、ちょうどムジナが立っている場所の真下に投げ捨てたんだ! そうすればムジナに罪をなすりつけられると思ってな!」


 これで決まりだ! と嬉しそうにしている綿貫さんに対して、申し訳なさそうな顔をした後藤さんが、そろそろと手を上げました。


「あのー……それは無理だと思います」


「えっ」


「皆さんの今の推理が正しければ、犯人はムジナと共謀していたことになります。でなければ、ムジナがステンドグラスに現れることも照明が落ちることを知っていたことも説明がつきませんから」


「ああー……そうか……」


 綿貫さんはがっくりと肩を落としました。

 まあまあ、綿貫さん。まだ最初の推理ですから。次に期待しましょう?


「ところで後藤さん、照明はどうやって落とされたのかしら?」


「はい、これは探偵の皆さんにしか話していないことなんですが、捜査員が調べたところによると、地下にある照明用の配ガス盤に時限装置が仕掛けられていたそうです。配ガス盤は、予告状が届いた直後、真っ先に点検されたそうなので、その後に警備の隙をついて設置されたんでしょうね」


「そう……。じゃあなおさら明かりが落ちることを知っていたのは、ムジナと、いたかもしれない共犯者だけとなるわね」


 推理は完全に振り出しへと戻ってしまいました。考え込む探偵さんたちに、私はつとめて明るく声をかけます。


「皆さん! 他の手がかりをあたってみません? ほら、ここでうなっていても何も変わりませんよ!」


「……そうだな」


「他に手がかりっていうと……死体の状態ぐらいかしら」


 死体の状態。言葉で聞いただけでもぞっとする響きです。思わずよろめいた私を綿貫さんが支えてくれました。


「大丈夫か? 確認は俺たちだけでやろうか?」


「……そうですね、すみません」


 お役に立てなくて申し訳ないです。

 オーナーさんのご遺体は広間の隅に寝かされて、布がかけられていました。後藤さんがその布をめくる直前、私はオーナーさんに背を向けて自衛しました。


「他に外傷はないようだな」


「本当に心臓に命中しているわね」


「分かるのか?」


「え、ええ。以前ちょっとそういうものに関わる機会があったの」


「着衣の乱れは……、シャツの釦が一つ飛んでいるな」


「ということはもしかして――」


「……後藤警部補! 大変です!」


 ばたばたと足音も荒くやってきた若い捜査員さんに、どうした、と問いながら後藤さんが歩み寄ります。


「会場の外で怪しい動きをしていた、不審な男を確保しました!」

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