第二話「凌雲閣ニ雷獣ノ落チタルノ事」/其の三

 浅草寺北東の奥山と呼ばれるところにそれはありました。

 いたるところに掘っ建て小屋が乱立し、あちらこちらに演目が書かれたノボリが立っています。どこもかしこも人だらけで、客寄せの男たちが負けじと声を張り上げる様は、こちらの気分を高揚させてくれます。


「はぇー」


 見世物小屋は予想以上に賑わっていました。人混みに圧倒されて、思わず変な声を上げてしまったほどです。


 さてここで見世物小屋がどんなものか説明する必要がありますね。

 見世物小屋とはこの世に存在する珍しいものを集める興行のことです。展示されるものは様々で、精巧な美術品だとか、日本にはいない珍しい獣だったり、その他には曲芸をする人もいますし、最近だと蒸気機関の展示も多いですね。

 以前は怪しい雰囲気のたちこめる場所だったのですが、非人道的な出し物が禁止されたおかげで今ではかなり取っつきやすい雰囲気になっています。見世物小屋は、ハイカラな言い方をすれば、サーカスだとか珍獣展だとかアトラクションだとか、その辺りのものなのです。


「お、あったあった。雷獣の展示はあっちの棟みたいだぞ」


 背の高い先生が雑踏の上に頭を突き出して、目的のものを探し出してくれました。先生は人混みをかきわけて、のっしのっしと歩いていってしまいます。私は慌ててその後を追いましたが、人の波に流されてなかなかうまく前に進むことができません。すると先生は、行った時のようにのしのしと戻ってくると、私の手をがしっと掴んで雷獣の小屋の前まで連れてきてくれました。


「あ、ありがとうございます」


「おう」


 ちなみに一助さんは平然とした顔で、雷獣の小屋の前に立っていました。

 ……さては割と薄情ですね?


「ほら、買ってきたぞ」


 近くの小屋の店先に置かれたスチームロイドを見ているうちに、先生が入場券を買ってきてくれました。

 取材費ですからね。先生が払うのは当然です。絶対に自腹は切りませんよ。

 私は、四〇センチほどのよちよちと二足歩行をするスチームロイドを見るのを止め、先生たちのあとについて雷獣の小屋に入りました。

 雷獣の檻の前には案の定、人だかりができていました。後ろの方に陣取ってしまった私たちは背伸びをして、前の人たちの頭の向こう側に雷獣を見るしかなさそうです。

 巨漢の先生と、興味なさそうにしている一助さんはいいとして、私はお世辞にも背が高いとは言えません。ぴょんぴょんと何度もジャンプして雷獣を一目見ようと努力しますが、やっぱり前の人の服と頭しか見えません。


「おい、あおい」


「はい?」


 言うが速いか先生は、私の両わきの下に手を差し入れて、雷獣が見えるように持ち上げました。……そうです。抱っこの姿勢です。


「せ、先生! 恥ずかしいです、下ろしてください!」


「そう思うんならさっさと見ろ。あいつが雷獣だ」


 言われて渋々ですが視線を前に戻します。すると前の人たちの頭の向こう側に、黒くて小さな獣が檻に入っているのが見えました。

 その獣は子犬ほどの大きさに見えました。体毛は黒で、両足の爪は長く、怯えたように体を丸めています。細かい姿形はここからではよく見えませんでしたが、確かにあれはアヤカシというよりは獣に見えました。

 と、その時不意に私は、自分たちに向けられた視線に気づいてしまいました。そりゃあそうでしょう。一九〇センチの巨漢がもう幼くもない女学生を持ち上げているのですから。


「ちょっと、こっちが見世物状態になってるじゃないですか!」


「そうだなー」


 加えて超絶美青年の一助さんが隣にいるものだから、もう始末に負えません。奇異の視線と、うら若き女性たちからの熱い視線を感じながら、私たちはすごすごと雷獣の小屋から出る他ありませんでした。

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