第二話「凌雲閣ニ雷獣ノ落チタルノ事」/其の二

 結果としては、今回は一助さんも取材についてきました。これはとても珍しいことです。彼はいつも事務所でお留守番をすることの方が多いですから。

 今回は三人組なので、タクシーを使わずに路面汽車に揺られて行きます。

 路面汽車とは、蒸気機関で線路の上を動く小さな汽車のことです。大体の場合は二両編成で、車道の真ん中をまっすぐに走っています。まだまだ整備が進んでいないので、振動は多いですが、それもご愛嬌といったところでしょう。

 私たちは壁際の席に並んで座っていました。窓の外には蒸気都市東京の景色が流れていくのが見えます。

 蒸気自動車の走る道路。歩道には、帽子やかんざしに、歯車の意匠をつけた人たちが行き交っています。実にハイカラな光景ですね。建物にはそこかしこに真鍮製のパイプが張り巡らされ、巨大な蒸気機関から供給される圧縮空気を運んでいます。あれが各家庭に繋がっていて、様々な機器を動かしてくれているわけですね。

 私はぼんやりと見ていた窓の外の景色から目をそらし、隣に座る先生に尋ねました。


「ねえ先生」


「なんだ」


「雷獣ってどんなアヤカシなんですか? 私、よく知らなくて」


「……雷獣なあ、説明が難しいんだよなあ」


 先生はおもむろに胸ポケットから鉛筆を取り出して、もてあそびはじめました。


「まず前提として、アヤカシってもんは、人に語られないと消えちまうものなんだよ」


「語られないと、ですか」


「アヤカシは人間の空想や執念の中から生まれたものだ。妖怪も、怪物も、呪いも、憑きものだってそうだぞ。アヤカシは人々の中に生きる。……だからアヤカシは、語られず、人の中から消えてしまったものから消えていくんだ」


 先生は指でつまんでいた鉛筆をぱっと消してみせました。手品です。


「おお」


 私は感心して、ぱちぱちと手を叩きました。


「雷獣に話を戻すが、奴は、半分はアヤカシでもう半分は獣の、中途半端な奴なんだ」


「……どういうことです?」


 袖から、消した鉛筆を取り出しながら、先生は答えました。


「雷獣の見た目はな、イタチだったり、猪だったり、狸だったり、犬だったり、くちばしがあったり、ヤマアラシのように棘があったり、カワウソだったり、猫だったり、果てには六本足で尾が三本あるって話もあるな。ああでも爪が鋭いってのはかなりの話に共通してるぞ。


 んで、雷獣の特徴は主に、雷と一緒に落ちるんだ。いや、大昔は雷狩りって言って雷獣を狩って雷を減らすって神事もあったんだが、いつの間にか廃れちまったな。他にも雷と一緒に天に昇るって話もあれば、空を飛行するって話もある。仕留めたから食ってみたって話もあるな。それから――」


「ち、ちょっと待って、待ってくださいー!」


 私は頭の許容量を超えてしまって、慌てて先生の話を遮りました。先生は、うーんと頭を抱える私を、ちょっとびっくりした顔で見つめます。私はそんな先生に人差し指を突き付けました。


「つまり、雷獣って何なんですか?」


「一言で言えば「正体のわからない獣」だよ。「正体を考察され続けなければ存在できないアヤカシ」と言ってもいい」


 正体が分からない。確かにさっき挙げていた見た目は様々なものがありましたね。

 でも、まだちょっとよく分かりません。私は先生の話の続きを待ちました。


「雷とともに現れる正体不明の獣が雷獣なんだよ。だから姿形もやることもバラバラだ。だけど逆に言えば雷獣は正体が分かってしまったらいけないアヤカシってことになる」


 正体不明。正体が分かってしまえば正体不明じゃなくなる。


「正体が分かってしまえば雷獣は雷獣以外の獣になっちまう。かといって、語られなければアヤカシは消えちまう。語られるには雷獣は雷と一緒に落ちて、人間に追われなくちゃならない」

 先生は人差し指と中指で人が歩くような仕草をしてみせました。


「雷獣は落ちて追われるのが本分の、正体不明の獣でアヤカシなんだ」


「だから半分は獣で、半分はアヤカシ……」


「そういうこった」


 なんとなく分かりました。確かにこれは説明が難しいアヤカシです。


「ま、最近は目撃談よりも、見世物になることの方が多いな」


「今回も見世物になってますもんね」


「それがあいつらなりの適応の形なんだろうよ。落ちて追われるのはまあ本分として、好きで捕まってるかどうかは知らねえけど」

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