ep.2 心の持ち様

 兵士さんが指さした詰所は城ほどではないが、普通の民家よりは大きい建物だった。日本でいうところの役所?だろうし、そりゃ大きいかぁと納得する。

 祐作はそのまま歩いて2m強はある木のドアを開けて中に入ると、



 異様な熱気と怒声が、

 耳を、肌を、

 刺激する。



 「ッ!うわッ!?」


 外との温度の違いに一瞬体をすくませた祐作は続いて押し寄せる音の波に耳をやられ、両手で耳を抑えるように地面にうずくまる。


 (なんだ…?ただの書類の詰所じゃないのか…?)


 登録手続きなど書類の上だろうと高を括っていたゆえに目の前の状況に困惑する。

 混乱しながらも周りを見渡すと、暑苦しい上半身の筋肉を惜しげもなくさらす男もいれば、やや化粧っ気の濃い女、顔のつくりがよく両端に女を侍らせる男など多種多様だが、その全員が何やら集まりの中心に向って声を張り上げていたりする。


 何をしているかわからないが、そのあたりは人口密度が濃すぎるため何をやっているのかはわからない…仮に知ろうと無理に入ろうとしても押し出されるのが関の山だろう。

 仕方ないので受付らしきものを探そうともう一度見渡すと、ドアから入ってすぐ右に赤毛の女性の人が受付をしていたので、熱気とともに空気を吸い込んで深呼吸をしてからそちらへ向かう。


 何やら書類のほうへと顔を向けていたので、周りの音に負けないように声を張り上げながら話しかける。


 「あのー!すみませんが今いいですかー!?」

 「へ!?あ、いいですよー!?どうされましたかー!?」


 声が届いた受付はこちらに気付くとあわててこちらに対応する。もちろん、あちらも声を張り上げてだ。はたから見れば一発屋の芸人同士が声を張り上げてるように見えるような奇妙な状態になっている。


 「こちらのほうでー!正式登録というものができると聞いたんですがー!?」

 「できますよー!おそらく見せるように言われてるものがあると思うのでー!それを見せてくださーい!」


 先ほどの兵士さんにも見せたアレのことだろう。スマホを取り出して受付に見せる。

 見せたスマホの画面をまじまじと見た受付さんはふんふんとうなずいて、確認をしたところ、特に問題もなさそうと判断したようで、笑顔でこちらに続きを話す。


 「確認できましたー!では、こっちのドアに入って道なりに進んでいってくださいねー!進んでいった先に係りの人がいるので!そこの人の指示に従ってくださーい!」

 「わかりましたー!ありがとうございますー!」

 

 向かって左のほうのドアを指示されたので、受付に礼を言って頭を下げてそちらに向かう。あちらも手を振って、口が動いていたがうまく聞き取れずにそのまま進んでいく。

 扉を抜けた先は少し長く、石に囲まれた廊下で下に続く階段が先のほうに見えた。とりあえず歩こうと、進むことを決め足を動かす一方で、先ほどの受付さんの口を思い出しながら何と言っていたのだろうかと考える。


 (あ…え…あ…あ…あ…い…え…え…?)


 読唇術ができるわけでもないため、口の形から母音しかわからず予測が難しい。ふぅむ、と顎に右手をやりながら何があるのだろうと祐作は思考を巡らせた。





 「お、来たね。ここ最近は新人が多いから用意するのも大変だよまったく…」


 進んでいったところにいたのはタンクトップにジーパンとずいぶん簡単な格好をした男。ツンツンとした茶髪ととび色の瞳は敵を教習する鷹のような印象を覚える。


 「俺はシャルク。ここの…まぁ、雑用みたいなことをやってる。いくつか注意事項を言うからそこの長椅子にでも座りながら聞いてくれ」

 「はい」


 指さされた長椅子のほうに座り、反対側にシャルクさんが座る。座ったシャルクさんは先ほどのやれやれといった表情を引き締め、真剣なトーンで話し始める。


 「まず最初に言っておくが、これからやることを失敗した場合、最悪だと

 「…はい?」

 「まぁそうなるよなぁ…いったいどんな世界から来てるのやら…」


 再びやれやれと首を振るシャルクさん。

 いきなりなんだ?書類審査だけじゃないのか?これから何をやらせるっていうんだよ…チュートリアルには一切そんなこと書いてないぞ…。


 困惑した祐作を見ながらシャルクさんは話を続ける


「いいかい?これから君を含めた転移者たちはみんな、基本的に冒険者としてギルドに入る。一部例外もいるけど、まぁ、本当に一部だ。

 それで、だ。冒険者として活動するにあたって、君たちは魔物、我々の天敵ともいえる存在を『倒さなくてはならない』」


 ギルドに入って冒険者となる。これはアプリのほうでも広告されていた通りだ。

 

 「だが、この『倒す』という言葉では君たちに覚悟を決めさせることができないということが当初から言われていたんだ。そう、君たちはまだんだ」

 「甘い…?」

 「そうだ。大概の人間は『倒す』という言葉では実際にやることを理解できない。正確にいうなら君たちは『同じ生物である魔物を殺して、それを糧にして生きる』んだ。必要があれば、その魔物が家族の形態をとるなら全員殺す。これが当たり前だ」


 『倒す』と『殺す』。

 無力化するのではなく、その命を自分の手で確実に奪うのだ。


 畜産関係の人間や一部の人は動物を殺す仕事についているので、一部慣れているものもいる。猟師の人であれば、もっと慣れているのであろう。

 だが、ここに来るのはそれ以外の人のほうが多いだろう。

 今まではそれこそ生物の解剖実験くらいしかやったことない祐作にとっては初めてのものだ。


 話を聞いている分では大丈夫だと思う一方で、自分は本当にそんなことができるのか、と怖がる自分もいた。そんな思考で頭がいっぱいになり、心臓の動悸が早く、まるで自分が世界から取り残されたかのように何も聞こえなくなる。


 「……ぉい…おい!」

 「はっはい!?」

 「大丈夫か?」


 と、気づけばシャルクさんに肩を揺さぶられていることに気付いた。慌てて返事を返す。


 「あ、大丈夫です。多分」

 「そうか、無理はするなよ。一応こっちでも万全の態勢だが、無理だと思ったらやめていいからな」

 「はい、お気遣いありがとうございます」


 心配しないようにと笑顔を意識しながら返す。きっと弱弱しい笑みになっていたことだろう。シャルクさんもこれ以上は何を言っても無駄だと思い、説明を続ける。


 「それでだ、これからお前には小動物型と人型の魔物を倒してもらう。どちらも瀕死にまで追い込んではいるから、倒すこと自体は簡単だ。要は殺すことに慣れてもらう」


 つまりは急に魔物と会って、殺せずに殺されました、なんてことを防ぐためということか。もしかしたら、最初のころにそういったことが多かったのかもしれない。

 ゲームとはいえ、この世界では五感がある。決して夢のようななにかではない。死んだら本当に死ぬかもしれない。そんな恐怖で身がすくんでしまう人もいたのだろう。だからこその試験なのだろう。


 頭で理解したうえで、怖いと逃げ出しそうになる心を無理やり納得させる。


 「わかりました、えっと、獲物は…?」

 「あぁ。お前らには最初に支給されてるやつがあるんだろ?それを使ってくれ」

 「了解です」

 

 例のスタートダッシュボーナスか。お金と同じように出せばいいのだろう。

 祐作はスマホを取り出してアイテムから『鉄の剣』を選択し、外に出す。

 スマホの操作確認で『はい』を押し、画面を真上に向ける。すると、何もなかった空間に特に装飾も何もない、ただの剣がその剣先を上にむけあらわれる。


 いったいどういう仕組みなのか、一切わからないが、こういうものなのだと納得する。こういうものは理解するだけ無駄である。この世界についての知識がない時点で、『赤ん坊がなぜ空気があるのか』と考えるようなものである。


 取り出された剣に二人して特に驚くこともなく、祐作は剣をとって落とさないようにそっと長椅子に置く。

 実のところ、剣が重く感じ片手で持つことができなかった。もちろん質量的に重いのもあるが、なによりこれで生物の、いうなれば人も殺せるのだと思うと怖くなったのだ。包丁は何回も握ったことはあるが、あれは目的が違う。



 『武器の重み』、それはある意味では『命の重み』でもある。

 

 

 殺すことのためだけに作られたもの。だからこそ、持つには同等かそれ以上の覚悟と重みをもたなければならない。

 ゆえに取り出した剣を片手で持った時間は10秒にも満たなかった。

 それでも、そんな心境は顔に出さずに済んだようで、シャルクさんが満足げにうなずくと、


 「それじゃ、ちょっと待っててくれよ。先にやってるやつが終わったか見てくる」


 と、席を後にし、祐作一人が残る。

 そして、一人になった祐作はじっと明かりを反射して鈍く光る隣に置いた剣の刀身を見つめるのだった。





 待つこと10分、間隔では何時間というものだったところ、シャルクさんが戻ってきた。

 

 「うっし、じゃあ今からお前が入って少し経ったら小動物型を入れる。瀕死とはいえ、手負いだ。一矢報いるつもりで攻撃する場合があるから気を付けろ」

 「わかりました」


 死ぬつもりの突撃ほど怖いものはない。いわゆる神風といったところか。


 「あと、周りがうるせぇと思うが気にすんなよ。大半はただ何か言ってストレス発散してるみたいなやつばっかだからな」


 と、笑いながら気を使ってくれるシャルクさん。

 もしかしなくても、さっきの集まりってこれを見てたのか…。昔から目立つことは苦手でさりげなく端っこにいる性分なんだけどなぁ…。


 「んじゃ、先に進んで入っといてくれ」

 「はい!」


 今までの展開に恐れ、混乱はもちろんしている。いきなり死ぬなんて意味が分からない状況だし、もっと心の準備をさせてくれとも思った。

 だがここはファンタジー。漫画やアニメでしかなかった不思議な世界に来ているのだ!


 もしかしたらこれは若さゆえの無謀さもあるのかもしれない。くだらない幻想を追い求めすぎだと後ろ指をさされるかもしれない。夢をあきらめきれないガキだと笑われるかもしれない。


 


 (それでも、僕は、夢を追い続けたいんだ……!!!)




 耳をたたく喧噪と目を隠さんばかりのまばゆい光へ少年は身を投じていく。

 その少年の頭の片隅には通りで会ったばかりの少女の寂しい顔も浮かんでいた。

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Life of Leaf 杉崎 三泥 @Sunday1

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