2、ホスロウ商会三女、キヨラ


 空と竜と風の国、アローヴォス諸島国。それが、私の生きる国であり、先祖代々受け継ぐ翼竜の一族。レイリー種と共に生きてきた、空を浮く島の名前だ。

 この国には、竜がいる。それも、たくさんの、いろんな種類の竜が。他の国にはいないような竜も、この国では普通に見かける。

 遠い、遠い昔に、この国の王族ととある竜が恋に落ちて生まれたのが、この空に浮かんだ島々だという。大地の神が許そうとしなかった、人と異種族の恋。それを貫くために、はるか昔の王族は、その愛した竜と力を合わせ、国を空へと浮かべてしまった。その結果に根負けし、大地の神もいくつかの島々をともに浮かべて、それが今のアローヴォス諸島国になっているという。


 恋の結果が島だなんて、神話は突拍子もないことを平気で語ってくれる。


「はい、これでお支度が整いましたわ」

「なんと美しい……これほどのレース、見たこともございません」


 周囲に集ったメイドさんたちに、口々に褒められる。私の名前は、キヨラ・ホスロウ。ホスロウ商会の、三女。

 

 けれど、今日からは、キヨラ・リヴェ・アローヴォスとなる。

 アローヴォスが、私の姓となる。


 そう。私は、結婚する。

 この国の第三王子、アルフ王子のもとへ、今日、嫁ぐ。


 きっかけとなったあの日も、こうして晴れていた。澄み切った空に、いつもと変わらぬ朝。

 出てすぐのところで微笑むアルフ王子が、私の姿に嬉しそうに手を取ってきた。この後で、重いレースを頭からかけられ、それは婚儀が終わるまで外すことができなくなる。その前に一目会いたいと、こうしてやってこられたらしい。


「可愛らしい。これで、あのレースを身にまとうのか……」

「あの、アルフ様」

「うん?」


 優しく微笑む美丈夫。赤い髪と、目。この国を守護する、国軍の長の一人、火竜軍将軍。


「私でいいんですか?」

「君だから、こそ、さ」


 ふふっと笑みを浮かべたアルフ王子に、もうこれは仕方がないな、と私は思った。

 さて。大きいとはいえ、それでも商人の娘たる私が、王族に輿入れした理由。それは、今からひと月前のとある日にさかのぼる。





====





「おはよう!」


 声をかけながらドアを開くと、朝日に照らされて、きらきらと我が家の翼竜たちの鱗が煌いた。先に作業に入っていた奉公人が、笑みを浮かべて私を迎える。


「おはようございますぁ、キヨラ様」

「キヨラ様、水やりはこれからですよ」

「はぁい」


 返事をしながら、手早く水を桶へ入れていく。この翼竜たちは、これから、今日の分の荷物運びに明け暮れるのだ。しっかり水分は先に補給しておいてもらわないと、途中で力尽きてしまうかもしれない。飛行中の竜の食事は、竜使いらには大変なことだし、竜の体にもよくない。


『キヨラ、モット』

『モット』


 単語が、そのまま、顔面にぶつかってくるような感覚。


「分かった、もっとね」


 小さいころから、私はなんとなく、こうして竜たちの言いたいことが分かった。導竜教会で正しく調べてもらったことがないから分からないけれど、もしかしたら《竜巫女》になれるのかもしれないな、なんて父親は笑っていた。

 けれどもっと水がほしいとか、そういうことなんて、うちの奉公人にも分かることだ。竜と本当に、人間と寸分たがわぬ会話をし、その心を癒し分かりあう存在である、《竜巫女》。それは、太古の昔、竜と恋に落ちた王族に連なる力だとして、神聖なものとされている。今、国内には、十八人の《竜巫女》様がいる。巫女、というくらいだから、全員女性で、それぞれ各地の王家に連なる機関にお務め為されているそうだ。

 そうだ、というのも、私も周りの竜使いも《竜巫女》様を見たことがないから。それくらいこの国では、神聖な、この国を作ったという銀龍フィーエの次に崇めるような存在なのだ。


 もともと、歴代の《竜巫女》様の大半が、貴族の出身だ。理由としては、やはり王家の血が少しでもかかわっていないと、竜と心通わせる力なんて得ないだろう。と、いうわけだ。

 我が家、ホスロウ商会は、王家とのかかわりなんて初代までさかのぼっても存在しない。これまでも、まったくの平民から《竜巫女》様が現れたことがないわけじゃないけれど、そんなの百年に一人いたらいい方だ。


 だから私の、その竜が言いたいことが分かる、というのは、経験値によるものだと思っている。


「キヨラ、キヨラ、いるかい」

「父さん? なぁに」

「ああやっぱりここか。水やりが済んだら、上に上がってきておくれ。今日は島越の便があってな、その打ち合わせをしたいんだ」


 なるほど、と思った。

 島越は、その名前の通りで、島から島へ渡る便だ。アローヴォス諸島国では珍しくもないけれど、気は使うし、竜たちにとっても竜使いにとっても、一つの関門とされている。水やりを終えた私が上へ向かうと、今日の便を担当する竜使いや、荷物を運ぶ運び人。受付のお姉さんや店長さんたちが、慌ただしく動いている。その中をすたすたと、父さんの方へ向かった。


「父さん」

「きたか。今日はここから、王城のあるアローヴォス島への竜便でな。念のため、お前に一緒に行ってもらいたいんだ」

「分かったわ。ええと、担当の竜使いさんは……」


 見回すと、手がぽつぽつと上がる。顔見知りが、ほとんどだった。というか、うちの専属の竜使いばかりだから、当然なのだけれど。


「キヨラお嬢様が一緒なら、安心だ」

「ああ。竜たちも、何かと張り切るしな」


 そう言って笑う竜使いのうち、見知らぬ顔が一人だけ。あら、と思い、声をかける。


「初めまして、ホスロウ商会、三女のキヨラよ。今日はよろしくお願いするわね」

「あ、ああ。ええと、新入りのヴェンです。よろしくお願いします」


 と、言って、ヴェンは見事な敬礼をした。ついうっかり、というその仕草に、思わず笑ってしまう。竜使い、は、文字通り竜を扱う人すべてを示す言葉だ。たくさんの肉を食べる竜もいれば、たくさんの魚を食べる竜もいるし、中には果物や草しか食べない竜、水だけで生きる竜もいる。己の竜を持つ、というのは、ほかの国に比べるとアローヴォス諸島国はとても規制が緩いけど、一方で竜を自己責任で管理しなくてはならないから、万が一何かあれば厳しい罰則が待っている。

 だから竜使いの大半は、大きな商会や、国に属する。軍属上がりの竜使いがうちにくることは、そう珍しい話じゃない。


「それじゃあ私の用意が済むころには、出発って感じかしら?」

「お嬢様、ちょっと気を付けてほしいことがあるんですが……」

「何、ケイリエル」


 うちでは務めの長い竜使いのケイリエルもまた、軍属上がりだ。そのころにできた、という顔の十字傷をゆがめながら、何処か心配そうに言った。


「噂なんですがね、アローヴォス島への道中、今回は別ルートにした方がよさそうです。なんでも、いつものルートに近いところで、時折軍の竜を見かけるとか」

「それは……面倒ね」


 アローヴォス諸島国には、海賊はいないのだが、山賊とそして空賊がいる。空賊に襲われれば、飛行能力は高いが頑丈じゃない、我が家のレイリー種はひとたまりもない。竜使いらの護衛だって、全てを完璧に、とはいかないのだ。空賊は全方向から攻撃を仕掛けてくるから、海賊や山賊とは注意の仕方が半端じゃない。


「軍の竜が何度も出るなら、そっちと問題を起こす可能性もあるわね。回り道だけど、別ルートにしましょうか」

「そうだな。そうしてくれ」


 父さんの承諾も得られたので、手早く用意をする。ホスロウ商会のある島から、王がいるアローヴォス島までの道のりは、我が家の翼竜たちで半日かかる。この辺では、最速と言っていいだろう。体が小さい代わりに、飛行能力が高いレイリー種の速さを生かして、一気に飛びきるのだ。

 私は護衛役の、ケイリエルの飛竜に乗せてもらう。ケイリエルの飛竜はハザン種、地方勤めの軍で最もよく見られる、火を吐かない類の飛竜だ。その代り、爪や牙は凶悪そのもので、一撃で樹齢百年の丸太をへし折る。荷物が竜たちに乗せられ、固定される。先導のレイリー種には、竜使い最年長のドンヴィがまたがっていた。レイリー種のいいところは、先頭と決められたリーダーを、決して見失わないことだ。だから、それぞれに荷物だけ載せていても、問題が起こらない。


「竜港から、西へ11、22、34、56の角度変更をもって飛翔! いくぞ!」


 軽やかに、竜たちが飛び上がる。白旗、青旗、それぞれが降られる。竜同士がぶつかることはまずないが、竜に持たせて運ぶタイプの竜車や、お腹に人間の乗った船をつけた、大型竜を避けるためだ。でもその辺は、ドンヴィに任せておけば、大丈夫。

 眼前いっぱいに広がる、美しい島々と、眼下の海。あの海というのに行ったことはないけれど、塩がとれる貴重な場所だとは知っている。あそこで海水を汲んできて、塩を作る職人だっているのだから。

 丸一日飛ぶのだから、と私は優しく、乗っている飛竜の背を撫でた。


「一日、よろしくね」

『ヨロシク』


 竜が大きかったり、興奮しているほど、この文字が投げつけられるような感覚は強くなる。今のは、そうでもなかった。顔に当たる風が、ふと収まり始める。ある程度の高さに達したので、ケイリエルが魔法を使ったのだろう。


「ありがとう」

「いえ。お嬢様と一緒だと、やはり竜たちの落ち着きが違いますねぇ……」

「小さいころから一緒のせいかしらね」

「かもしれませんね」


 怪しい影はないか。私のできる範囲のことをしようと、ケイリエルとの会話を終えて、私は周囲を見回すのだった。




===




 先頭のドンヴィが緊急信号を突然打ち上げたのは、太陽が真上に来るほど飛んだ時だった。


「ドンヴィ!?」

「お嬢様、つかまってて! 空賊ですっ!」


 空賊に襲われたことは、前にもある。その時はなんとか、皆でうまいこと飛びきって、逃げることができた。けれど今は、長距離飛行の真っただ中だ。下手をすれば、捕まって荷物がやられる。上をとられた、とケイリエルが苦く呟いた。徐々に高度を落とすほかない私たち。レイリー種らが、騒ぎ出す。彼らは、元々、弱小竜だ。今散らばったら、逆にやられてしまう。それぞれの竜に、指示のためにつけられた通信器に向けて、叫ぶ。


「皆、列を乱さないように! 大丈夫だから!」


 根拠はないけれど、落ち着きをとりもどしたみたいだった。まとまりが戻ってきた竜たちだけれど、このままじゃじり貧なのは確実。ケイリエルに迎撃の意思を確認しようとした、その刹那。

 上空から飛んできた火球が、空賊を竜ごと焼いた。ここまで迫る熱に一瞬、呼吸が途絶する。無理やり首を上へ向けて、その紋章と、燃えるような赤の旗に目を見開いた。


「……王軍!」


 王軍は、文字通り、この国の王に仕える軍だ。竜騎士を中心として、四つの軍に分かれている。赤は、火の色。火を吐き、戦場の花形である、火竜が集う軍隊。空賊狩りには、一番出向いてくる軍隊で、空の守護者と言われている。

 助かったと気を抜きそうになって、引き締める。


「ドンヴィ! 列の立て直しはできそう?」

「お嬢様のおかげで散り散りになっておりませんからな、すぐできますぞ!」


 空賊は軍にまかれ、完全にやられ放題だ。うまいこと切り抜けられそうだ、と思っていた、その矢先だった。

 ひときわ凶悪な顔をした竜が、尾を噛まれた。上手い、と思ってしまう。空賊の乗る飛竜の多くは、戦闘慣れしている。戦争の戦闘じゃない、いかにずる賢く、相手を殺すかの技に長けている。このまま落ちるなら、一匹ぐらい道ずれにと思ったのだろう。噛みつかれた尾を力任せに振り回すけれど、あれじゃ牙がめり込んでとれなくなるだけだ。

 なにより、あの竜が、主人の意思から離れてしまっている。ああいうやりかたをされた経験が、ないのだろう。


「あのままじゃ、落ちちゃう……!」

「お嬢様、身を乗り出さないで」

「違うの、ケイリエル、あれ!」

「……っ!!」


 姿勢が、傾いだ。空賊の竜に尾を噛まれ、きりもみしながら落下していく、飛竜。その行く末なんて、想像に難くない。背中に乗った人物が、必死に体制を立て直そうとしているが、うまくいっていない。一瞬その視線が、合った気がした。思わず強く、ケイリエルの竜の背をたたく。ケイリエルの竜は驚いたことに、私の意をくんだように、その落ちる竜を追いかけ始める。尾を噛んでいた竜は、流石に分が悪いと思ったのだろう。振り払うように首を縦に大きく動かすと、ぶぢんっ、とひどい音がして、噛みつかれていた竜の尾が切れた。

 大気が、焼かれるようだった。

 ほとばしる悲鳴が、途絶える。あの飛竜、気を失ったらしい。

 ただ、その落下先は、幸か不幸か小島の池だった。どぼん、という音と共に、竜の背の人物の体も傾ぐ。

 乗り手の無事を確認するべく、ケイリエルと共に向かう。けれどそれと同じぐらいに、軍属の竜が降りてくる。けれどそれより早く、私がたどり着いた。あの状況で竜が暴れたら、乗り手の命はない。


「大丈夫ですか!?」


 身体を固定するための部品を外し、乗り手を降ろす。意識は、あるようだ。紅蓮の、燃える髪の青年。ケイリエルが何事か言うけれど、それどころじゃない。乗り手を早く遠ざけて、竜の治療を始めないと、尻尾を引きちぎられた竜の暴れっぷりを想像したら、危ないなんてものじゃない。

 青年の体を、ケイリエルのほうへ押しやる。とたん、渇望のあまり濁ったような、橙色の目が、私を見た。火竜が、起きた。暴れるような動きに血が噴きだし、私の全身を生暖かく濡らしていく。


「っ、落ち着きなさいっ!」


 思わず、飛びつく。火竜は戸惑ったように、ぐぅ、と喉で鳴いた。


「ケイリエル、いいから乗り手を連れて離れてっ!」

「お嬢様そうじゃなくて」

「いいからっ! この子が落ち着いてるうちにっ!」


 尾から、絶え間なく血が噴きだしている。私の手持ちの道具では、仮止めもままならないだろうが、無いよりましのはずだ。腰のポーチから、大きく布を広げて、声をかける。


「尾の血を止めるから、少し我慢してね?」

『……遅れを取ってしまった。我が主は』

「……平気、だと思う」


 びっくりするぐらい意味のある言葉として聞こえたことに、私は驚いた。いままでそんなこと、起きたためしがなかったから。でも手を止めなかったのは、ほとばしる血を、どうにかしたかったから。血まみれになりながら押さえて、血止めの薬を上から振りかける。血が固まっていくけれど、それでも限度がある。

 と、その時だった。


「お嬢さん、落ち着いて。あとは、我々が」

「……っ、し、失礼しました」


 振り返った先にいたのは、王軍の竜騎士だった。血まみれの娘に、よく声をかけたものだ。代わり、のように、駆け寄った騎士の皆さんが、治療を進めていく。


「血の出がひどいな……」

「治療院に運ばねば、初陣で興奮しているようだしな」


 その言葉に、いきり立つように轟、と火竜が吠えた。


『初陣ごときで、興奮!? 貴様、愚弄するか!』


 暴れたせいで、また血が流れ始めた。こんなにも綺麗に言葉が聞こえるのは、初めてだけど信じるほかない。


「馬鹿にしている訳じゃないのよ、その方々。ちゃんと治療を受けないと、傷に響くわ」

『むむ、しかしあやつらはっ!』


 ぽこん、と鼻先を拳で軽くついた。大抵の竜が、驚く位置だ。面食らったらしく、火竜は鼻先から黒く煤を噴き上げ、動きを止めた。


「出血が本当にひどいの、お願い」

『……分かった』


 ふん、と鼻を鳴らすように、火竜が座りなおす。しん、と静まり返った池で、後ろから声が聞こえた。


「ヴァーミリオンを大人しくさせるとは……」


 振り返って、驚いた。そこに立っていたのは、乗り手の青年だ。ま、まずい、なんかいろいろと、騎士の皆さんの前で、とんでもない姿をさらしている気がする。血まみれで、嫁入り前の娘が竜を拳で殴るとか、あんまり見せちゃいけない一面すぎる。というか、自分の竜が殴られてるの見たら、普通、怒るわ。

 さーっと、血が足まで下がる感覚があった。


「もっ、申し訳ございませんっ!」


 軍属の兵士は、平民もいるけど貴族もいる。その人の立ち姿や、軍服の意匠からして、高位であることは確かだ。頭を下げる私の前に、その人は何のためらいもなく跪く。

 何をされるか身を固くする私に、その人はひどく穏やかに微笑みかけてきて、名乗る。


「いい。……私は、アルフ。アルフ・ヴァート・アローヴォスだ。礼を言わせてくれ」


 あるふ。あるふ、あろー。いや、ちょっと待ってほしい。


「……アルフ第三王子、でしょうございますか?」


 噛みまくった私の問い掛けに、頷きが返される。その衝撃がどうしようもなくて、私は目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。

 けれど。

 生きて帰れたどころか、そのままアルフ様へ輿入れとなるとは、その時の私は思ってもいなかった。


「さあ、レースをおかけしますわよ」


 軽やかな、パル族伝統の意匠が美しい、婚姻のためのレース。それで全身を覆うように隠されて、私は静かに立ち上がった。


 あの後。


 血まみれの私を、軍服が汚れるのも構わずに抱き上げたアルフ様に連れられて、王城へと入った。商品は届けなきゃいけないから、ケイリエルたちには仕事を優先させ、そして父へこのことを知らせるようにと、アルフ様に一筆書いてもらった。私を守らなかった、とは思われないためだ。

 ヴァーミリオン、というらしいその火竜は、治療院でも暴れ倒していた。尾の傷が痛いとはいえ、ちょっと傲慢すぎると思った私は、再び。はやく着替えを、というアルフ様の声を聴くより早く、ヴァーミリオンの傍へ駆け寄っていた。尾の傷が原因で死ぬ飛竜は、いくらでもいる。私の姿を見て、動きを止めたヴァーミリオンに、周囲が驚くのにも気づかず、私はなぜ暴れるのかを問いただした。

 やり方が悪い、痛い、というわけではなく、痛いのはそこだけではない。という彼の言葉に、なるほど、と思った。


「翼と、あと右足も痛めているようです。尾の治療と一緒に、そちらにも痛み止めをお願いします」


 血まみれの娘の言葉に、気おされたのか。私がはっと気が付くと、彼らは慌ただしく、その通りに動いていた。それに、ヴァーミリオンも、己の意思が伝わったと分かってか、おとなしくなっていたのだ。

 その後私は、今度こそとばかりに、アルフ様に着替えさせるよう直々にメイド様らへ押しつけられ、盛大にゴシゴシと磨かれた。そして、着たこともないドレスを着せられ、導竜教会の本山たる聖殿へ通された。そして私は、《竜巫女》としての素質を認められ、選定の役目を担うという、胴の長い竜に興奮気味に話しかけられた。勢いよく、巻き付かれながら。


『なんと素晴らしい! 素晴らしい! 貴女様なら、きっと、国竜の声さえも聞き届けましょうぞ!』

「あ、ありがとうございます。あの、巻き付くのは、ちょっと」

『……し、失礼いたしました』


 その竜を落ち着かせたことも、新たな《竜巫女》であることも、すぐさま周囲に広がって。そして私は、アルフ様に連れられ帰宅。驚いて転げ出た父共々に、結婚を申し込まれた。断る理由も、受け入れる理由もなかったけれど。だけど、真摯に告げられる愛の言葉は、恋人すらいなかった私には強すぎた。



 レースの向こうに、世界が広がる。

 アルフ様が、待っておられる。



 なんだか、そんな、とんでもないことが色々とあって。そして今日私は、結婚するのだ。

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