妾は魔王じゃ初めまして勇者よ

 東の大陸ゴルネイア。此処には四季と呼ばれるようなものはない。


 一年の大半は黒い雲に覆われ陽の光さえ届かない。しかし陽の光を苦手とする一部の魔族達からすれば此処は安寧の地であるのだ。


 そのゴルネイアは海を隔てていくつもの国と接する大陸である。


 北と南そして東にはそれぞれの大陸を支配する魔王達。


 西の大陸には人間達が住む国があり、その大陸の中で覇権を争っている。


 そして東の大陸ゴルネイアを納めている魔王の名はシエナ。


 シエナは周辺最大と言われる多大な勢力を保持する魔王である。


 そして今シエナが本拠を構える魔王城では、作戦の前最後の会議が行われていた。


『くふふ、完璧な作戦じゃ!万に一つも失敗などありえないじゃろ。のう?玲』


 そう満足そうに頷いたのはこの城の主。


 美しく光る銀色の髪に怪しく光る紅い瞳の女性、魔王シエナだ。


『ん?あぁ。そんな感じでいいんじゃないか』


 うとうとしていたせいであまり話を聞いていなかった玲は適当に答える。


『ぬしのおかげで作戦の修正も終わり完璧なものに仕上がったぞ。感謝しておる最高顧問殿』


『それはよかった』


 そんなに大したことをしたつもりはないが、親指を立てて自信満々に返す玲。


 ちなみに玲が魔王軍の最高顧問とやらに任命されたのはさっきだ。


 質問されるたびに適当にアドバイスをしていたら、元最高顧問のゲルニカが最高顧問の座を俺に譲りたいと申し出てきたのだ。


 脳筋という何というか彼らは力で物事を解決しようとしたがる。


 実際力づくで支配することが人間と共存するのに一番の近道。


 そう本気で思っている者ばかりだったのには流石の玲も呆れてしまった。


 だから玲は犠牲が少なくなるようにもうちょっと考えようとか適当なアドバイスをしていた。


 その結果、魔王軍最高顧問の肩書きを手に入れることになったのだ。


 幸か不幸かその時反対意見は出なかった。


 会議に参加している他の幹部たちは昨晩玲と酒を酌み交わしている者ばかりで、皆納得という顔で賛成してくれた。


 全くもって迷惑な話である。


 そうして魔王軍の最高顧問になった俺の初仕事はこの会議での相談役だった。


 そしてこの会議で決定したのは一つ。


 ル・リビレイアに新たに誕生した勇者、早見明奈を魔王軍に引き込みル・リビレイア聖王国と同盟を結ぶという作戦だった。


 わけだったのだが……


 この作戦は早速想定外の方向へと動き出してしまうのであった。




 タッタッタッ。


 軽快な音を鳴らして走る音が廊下から響く。


『失礼いたします。この城に向かって急接近してくる者がおります。報告によりますと恐らくですが勇者かと思われます』


 扉をノックして中に入ってきた男が告げる。


 背は低く鋭い牙と鋭い爪が生えている。


 白目の部分が黒く黒目の部分が白いのが印象的な男だ。


『ほう?まさか奇襲でも仕掛けてくる気かのう?』


『勇者の実力を少し見てみたい気もしますな』


 いきなり作戦とは違う状況になったというのにも関わらず、シエナは若干嬉しそうな顔をして答える。


 よく見ると他の魔族たちも口角が少しつり上がっている気がする。


 どいつもこいつも血気盛んで困る…。


『奇襲じゃない、もしそれが明奈だったらそんなことしないぞ』


 シエナ達は見るからに残念そうな顔をする。


(大丈夫かなぁこいつら)


『作戦とは違うが勇者を引き入れるには絶好の機会じゃ、皆で出迎えてやるとしようかの』


 シエナがそう言って立ち上がると他の者たちも続く。


『お前たちがいるとシエナがビビるから後ろにいてくれよ』


『わかっておりますとも、玲殿の後ろに控えておきますぞ』


 そう言ったのは全身を黒光りする硬そうな皮膚で覆った男。


 名はゴーグと言い、魔王軍の第5軍を率いている将軍だ。


 この男は思慮深くなかなか優しい男だが、見た目がアレだ。


 黒光りする皮膚に触覚に羽。言うまでもなくアレだ。


『悪いんだができればあんたは一番後ろの方にいてくれ』


『よくわからないが何か理由があるようですね。ならばそういたしましょう』


 ゴーグは表情の読み取れない顔で頷く。


 人間であれば首を傾げ少し困惑しているといったところだろう。たぶん。


(あんたがいい奴なのは知ってるけど、あんたを見たら明奈は卒倒してしまいそうだからな)


 玲は心の中で心より謝罪する。




 玲を含む一同は魔王城から出て少し行ったところで待機している。


『出迎えるっていうから魔王城の外に出てみたけどいつ来るのかわかんないだろ。まだどこにも見えないし』


 玲のいうとおり明奈の姿はどこにも見当たらない。


 昼でも薄暗いこの土地ではあまり遠くまで見渡せないが、それでも明奈が近くにいなそうなことはわかる。


『ぬしよどこを見ておる?上から来ているじゃろ』


 隣にいるシエナが斜め上を見ながら答える。


 ちなみに玲の隣にいるのはシエナのみで他の魔族たちは少し離れた後方に控えている。


 玲が視線を少し上にズラすと確かに何かある。


『…何あれ隕石?』


 玲が見つけたのは光を発する飛行物体。UFOもしくは隕石といったところだろう。


 しかしシエナの答えは違った。


『何を言う、あのおなごがぬしの待ち人じゃろ?』


『いやいや、明奈はあんな飛行物体とは違うぞ』


 そんな呑気なことを言う間にも飛行物体はこちら目掛けて飛んでくる。


 そしてこちらに急接近してそのままかなりの高度から急降下してくる。


『ちょっとマズくね?ちょっぶつかるってっ!』


 玲は目を閉じながらシエナをかばうようにシエナの前に立ちはだかる。


『ん?あれれ?』


 謎の飛行物体の速度からすでに地面に衝突しているはずだが音がしない。


 玲は恐る恐る後ろを振り返るとすぐ側に明奈が立っていた。


『よう!あき───』


 がしっ!


 玲の言葉を遮り明奈は飛びつくように玲に抱きつく。


『おっとっと』


 アメフト選手ばりのタックルを豪快に決められよろめく。明奈の体重が軽くなければ後ろに吹き飛ばされていただろう。


 明奈は玲に飛び付いたまま離れようとしない。


 それどころか玲ちゃん玲ちゃんと呪文のように呟き、泣き噦るように鼻を鳴らしている。


 流石の玲も明奈の態度を訝しむ。明らかに様子がおかしい。


 魔王軍に連れて行かれた俺と、勇者としてもてはやされたであろう明奈。


 ならば後者の明奈の方が優遇されていたはずだが様子がおかしい。


『どうした明奈?向こうで虐めらでもしたのか?』


 ようやく顔を上げた明奈は上目遣いでしきりに頷く。


『みんな私に勇者なら魔王と戦えって言ってくるの。嫌だって言ったら夕食に毒を入れられたんだよ』


 俺は大きな誤解をしていた。


 玲であれば勇者と言われてもてはやされたらはしゃいでいただろう。


 しかし明奈はそんなことで喜ぶはずがない。


 ましてや魔王と戦えなんて言われでもしたら逃げ出したとしても何ら不思議ではない。


『そっかそっか。とりあえずゆっくり休もうか』


『うん、休みたい。ところで玲ちゃんの後ろにいるすごく綺麗な人は誰なの?』


 明奈の声は一転冷ややかで棘のあるものに変わった。


 およそ明奈らしくない冷たい喋り方だった。


『えーっと、その、俺がお世話になっていた人で───』


(何て答えたものか。こちら魔王様ですと言っていいものだろうか…)


 玲が答えに戸惑っているとシエナが先に答えてしまった。


『わらわは魔王じゃ。初めまして勇者よ』


『ふーん、そうなんですか。初めまして早見明奈です』


(いいのかそれで!魔王と勇者の初対面だろ?それなのにふーんって何だよ)


 勇者になった明奈はシエナが魔王と聞けば飛び跳ねるほど驚くのかと玲は心配した。


 それにも関わらず明奈の態度は落ち着いていた。


 落ち着いてはいたがあまりいい印象は持っていないようだ…。


 例えるなら彼氏が浮気でもしているんじゃないかと疑うようなそんな視線だ。


『聞いておるぞ早見明奈。わらわはシエナ・デビ・クシャラ・エルミットというシエナでよいぞ』


(へぇーシエナのフルネーム初めて聞いた。)


『わかりましたシエナさん。私の玲ちゃんを預かって頂きありがとうございました』


『いつから私のになったんだよ』


 さすがに今の発言には声を出して反論してしまった。


『私のったら私のなの』


(毒を盛られたりして色々大変で疲れてるんだろうな。明奈らしくないのも少し休めば治るだろ)


 珍しく譲らない明奈だがこんなところで言い合いしていてもしょうがない。


『話したいこともあるかもしれないが、疲れてるみたいだから一旦休ませてやっていいか?』


 玲は後ろでとても楽しげな顔をしてこちらを眺めているシエナに尋ねる。


『くふふ、構わんとも。ようやくの再会じゃ2人でゆっくり休んでくるといい』


 わざわざ2人と言ったシエナの言葉は引っかかるがとりあえず無視することに決め玲たちは魔王城へと戻ることにする。



 魔王城へと向かう途中こんなことを思う。


(ラミも紹介しなきゃいけないよな…)


 どんどん肩の重みが増えていくが、ひとまず明奈と再会できたことに安堵している玲であった。


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