チュパライヤの毒
『疲れた疲れた疲れた。もうやだ帰りたいよぉ。こんなところにいつまでもいたくない。早く玲ちゃん見つけて帰りたい。勇者も魔王も知らないっ!』
明奈は部屋に戻ってから1時間ほど枕に突っ伏してこんなことをしていた。完全にキャパオーバーした明奈はずっとこんな調子だ。
『はぁ、疲れた』
流石に1時間もこんなことをしていれば疲れるだろう明奈はベッドに座り直し呼吸を整える。
『お手洗い行きたい。場所どこだろう』
明奈はフラフラと部屋をでてトイレを探しに行く。
(このお城広すぎる…。お手洗いどこだろう)
明奈は辺りを見回すがトイレがどこにあるか見当もつかない。どれも似たような部屋ばかりで、さらに突き当たりが何処にあるのか見えないくらい遠い。
明奈が廊下でキョロキョロしているとメイドが歩いてくるのが見える。金髪の髪を頭の上の方でお団子にしたメイドの女性だ。年齢は明奈と同い年くらいだろう。
『あのぉ、お手洗いってどこにありますか?』
『あ、明奈様。こちらでございます』
明奈はメイドの後ろについていく。トイレは明奈の部屋を出て左に真っ直ぐ50メートルほど行った扉の奥にあった。
(ちょうどメイドさんがいて助かった。私1人じゃ絶対わかんなかったよ~。…あれ?誰だろう)
明奈が用を済ませ1人で部屋へと戻ろうと歩いて行くと部屋の前に1人の男性の姿が見える。
『明奈様どうかお願いします。魔王に連れ去られた私の娘を取り返して頂けませんか?話だけでも聞いて下さい』
明奈の部屋の前で懇願しているのは会議の前に一度会ったエンユーロだ。エンユーロがいるということは会議はすでに終わっているということだろう。
本当は逃げ出したいが他に逃げる場所もないので明奈は嫌々エンユーロに声を掛ける。
『あの、私に御用ですか?』
『はっ、失礼いたしました。先ほどの会議の件誠でしょうか?魔王とは戦っては頂けないのですか?』
『あの、私────』
『娘が魔王に攫われてしまったんです。ほんの少しで構いません、我々に力を貸していただけませんか?』
明奈も別に意地悪を言っている訳ではない、本当に魔王とは戦えないから断っているのである。
それにさっきオーギュストが言った今日は休んでもらう、という言葉を信じていたのにいきなりこれだ。
この国のお偉いさんが明奈のような小娘に何度も頭を下げては明奈まで心苦しくなってしまう。
しかし娘が攫われているというエンユーロを追い返すのは困難を極めるだろう。
『ごめんなさい、一度考えさせてください』
明奈はそう言い残して脱兎の如く部屋へと逃げ込んだ。
“考えさせてください”とは非常に便利な言葉だ。基本的には何かから逃げる場合に使われる。
ひとまず逃げて時間を稼いで今の状況から距離を置く、今の明奈には一番使い勝手のいい言葉だろう。
明奈は部屋の扉を閉め再びベッドの上にある枕へと顔を突っ伏す。
(あの人扉の前でずっと頭下げてる…。でも私に言ったってしょうがないよぉ)
エンユーロはしばらくの間扉の前で頭を下げ続けていた。
するとそこへ2人の男が現れる。デスカルゴとディンゴである。
2人とも先ほどの会議に参加していたこの国の大臣たちである。
デスカルゴは他国や魔王たちから国を守るためありとあらゆる方策を立てる、日本でいう防衛大臣。
ディンゴは他国との外交を担当する日本でいう外務大臣である。
『エンユーロ殿マズイですよ。姫陛下がオーギュスト卿に任せると言ったのです。お気持ちはわかりますがオーギュスト卿に任せるしかありませんよ』
デスカルゴは急ぎ足で近づきエンユーロに忠告する。
『デスカルゴ殿、これはお見苦しいところをお見せしました。やはりあの子のことになるとつい冷静さを失ってしまいまして…』
不意にデスカルゴに話しかけられたエンユーロは頭を上げて返答する。その顔からは未だに険しさは消えていない。
『いえ、仕方のないことです。しかしここにいるのを見られるのはあまりよろしくないでしょう。よければ私の部屋で話の続きをどうですかな?』
ディンゴは2人以上に険しい表情で告げる。
『そうですな、ここでは話せないこともあろう』
エンユーロとデスカルゴは頷き了承する。
そして3人は明奈の部屋の前から去っていく。
『やっと行ってくれた…』
明奈は枕に突っ伏したままため息をつく。
それから暫くして再び足音が聞こえてくる。
(お腹減ったなぁ。夕食できたのかなぁ)
明奈は大抵6時半〜7時ぐらいに夕飯を食べる。この部屋に時計はないし携帯も充電切れであるため時間はわからない。ただ明奈の腹時計的にはちょうど6時半くらいだと思われる。
足音は扉の前で止まる。そしてコンコンコンとリズム良く叩かれた。
『お食事の準備が整いましたのでお迎えにあがりました』
『今行きます』
明奈は立ち上がり扉を開ける。そこにいたのは先ほどのトイレの場所を教えてくれた金髪のメイドだ。
メイドは明奈に一礼し歩き出す。
途中会話などはなく真っ直ぐ目的地へと向かう。
明奈の前を歩くメイドは手を振らずに体の前で両手を重ねて歩いていく。
(メイドさんってこんな風に歩くんだ)
部屋で休んだおかげでそんなことを思うくらいには、明奈の気持ちは落ち着きを取り戻していた。
『こちらになります』
メイドはある扉の前で足を止め振り返って告げる。
そしてメイドはまたコンコンコンとリズム良く扉を叩く。
『早見明奈様をお連れいたしました』
メイドはそう告げると扉を静かに開ける。
明奈が想像していた通り部屋の中は非常に広かった。食事をするだけならこんなに広いスペースはいらないだろう。
部屋だけでなく中央にあるテーブルも非常に大きい。大きいというか長い。横は1人がゆったり使えるくらいの大きさで、縦は10人くらいは余裕で使えそうな長さがある。
椅子は4つ用意してあり奥にはミンフィア、真ん中の左側にはオーギュストが座っている。空いているのは真ん中の右側と入り口の近くの二つだ。
幸い金髪のメイドがすぐに入り口近くの椅子を引いてくれたので明奈はその席へと腰を下ろす。
『お招きいただきありがとうございます』
『明奈様の故郷の料理は存じ上げませんが、わが国自慢の料理人の料理をご用意いたしました。きっと明奈様のお口にも合うと思います。』
(故郷じゃないし。私の居場所はずっとあそこだもん)
明奈はミンフィアの首をかしげるが口には出さず言葉を飲み込む。
ミンフィアが手を叩くと料理が運び込まれてくる。
3人は静かに料理を食べ始める。真ん中の椅子は空席のまま。
料理はフランスのコース料理のような順番で前菜、サラダ、スープの順でテーブルに置かれていった。
ミンフィアが自慢というだけあって、見た目だけではなく味も繊細で非常に美味しかった。
『美味しい』
明奈が小声で呟くとオーギュストはこちらを見てやや微笑んだような表情を見せる。明奈も軽く会釈で返す。
しかしスープは違った。
『苦っ!』
このスープは非常に苦かった。今までの繊細な味ではなくただただ苦味の強いスープだった。
『苦い?ですか…』
オーギュストは訝しげな表情で明奈に問いかける。
『すいません、ちょっと苦かったです』
国自慢の料理人にケチをつけるようで少し申し訳なかったが、オーギュスト相手に嘘をつく自信もないので正直に答える。
するとオーギュストは突然目を見開きいつも以上に深刻な顔で考え込む。
『…毒かもしれません。ミンフィア陛下よろしいですか?』
『ばっ、馬鹿を申すでない。勇者殿に毒を盛るなどありえないことだ。この国にそんな"人間"いるはずがない』
ミンフィアは食事中であることも忘れ席から立ち上がる。
(えっ、毒?呑んじゃったけど、えっ、なんで)
明奈はパニックに陥る。この場で冷静さを保てているのはオーギュストのみだ。
『陛下、魔法を』
オーギュストがミンフィアに短く指示する。
取り乱していたミンフィアもオーギュストの声でようやく我に帰る。そしてミンフィアは明奈の皿へと右の手のひらを突き出す。
ミンフィアの右手は光りを発しスープの中身を確認する。
ちなみにミンフィアの使える魔法は神官系魔法が主である。回復や状態異常回復の魔法が得意だ。他には毒の探知なども可能だ。
もちろん国王であるミンフィアが直接回復魔法をかける相手なんてまずいない。実はミンフィアは両親ともに魔法を使えたのでかなり魔法適正が高いのである。
『毒です。それもチュパライヤの毒で間違いありません。なぜこんなに強力な毒が』
『チュパライヤの持つ針の毒ですか?そんなものこの辺りに生息しておりませんぞ』
『そんなことより解毒剤あるんですっか?私死んじゃうの?なんで?なんで?なんでっ!』
今までの出来事プラス、毒を盛られたショック、さらに明奈を心配している様子がない2人に対して遂に明奈はキレた。
滅多に怒ることのない明奈がキレると本当に厄介である。
切れた明奈を落ち着かせられるのは明奈の母親に玲の母親の2人ぐらいしか存在しない。玲にすら不可能である。
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