貴方は勇者でしょうが
ミンフィアがそう言うとミンフィアの左に着席している男が一礼する。
オーギュスト・ガロ・リベレイア、年齢は42歳でこの国の宰相を務める人物である。この男の名にリベレイアの名が付いているのはこの男も王族であるからである。彼は先代国王の弟でありミンフィアの叔父にあたる男だ。先代の国王とは腹違いの兄弟であり、同じく王位継承権を持っていた。しかし二人の仲はかなり良好であった。
本当であればミンフィアではなくオーギュストが国王に選ばれていてもおかしくなかった。オーギュストは先代国王の代から宰相を勤めあげる人物で、人望の厚さは先代国王と比べても遜色ないほどである。
オーギュストの行う政治には隙がなく、臨機応変で政治に関して彼の右に出るものはこの国にはいないと言ってもいい。
そんなオーギュストを次の国王に。という声はあちこちから上がっていた。先代国王の遺言があるとはいえ、内心ではオーギュストは国王としての器も備えている。そう思う者も非常に多くいた。しかし自分の器では王などとてもじゃないが無理だと固辞し続けた。そしてオーギュストはこうも言った。
『もしこの国に王の器のある人物がいるとすればミンフィアくらいだろう』
その結果ミンフィアが国王に選ばれることとなったのである。つまりミンフィアが国王になれたのはオーギュストのおかげと言っても差し支えない。
だがオーギュストは決して無欲な人間というわけではない。国王にならなかった理由も自分が王の器ではないと思っていたから、などというわけではない。
オーギュストの司会はスムーズで見事なものだった。簡潔に必要な部分だけを纏めて問題提起し、最も適した人物に回答を求める。最初から全ての会議の流れを読んでいなければこんな真似はできないだろう。
意見が対立し衝突した時も双方の話を上手く纏めちょうどいい落とし所を見つける。対立する意見をお互いが妥協できるところでまとめるというのは口で言うほど簡単なことではない。しかしオーギュストはいとも簡単ににやってのけた。オーギュストがいなければ会議の時間は何倍になるかわからない。
会議が非常にスムーズとはいえ明奈には何を言っているのか一つも理解できない。知らない国名に知らない人名、さっきから固有名詞が一つもわからないのだから仕方のないことだろう。
(何一つ話わかんないし、絶対私がここにいる必要ってないと思うんだけどなぁ)
明奈が何度目になるかわからない、自分必要ないよねと感じたころ会議の雰囲気は一変する。
雰囲気が一変するというよりはここから本題に移ったという方が正しいかもしれない。
ここまでの会議の流れを簡単に纏めるとこうだ。明奈が来たことを祝う式典を明日盛大に行うので式典の内容の確認。ちなみに式典の準備は明奈が来る前に完了している。式典においての各自の役割の確認など。
それと最近の各国の動きについてオーギュストが報告した。北と南の大陸に新たに誕生した魔王の動向は未だ不明瞭であるということらしい。しかし戦争になる可能性は高いそうだ。人間の土地に攻め込む準備をしているという情報もあるそうだ。
オーギュストがそう言うと円卓に着くものたちはしきりに頷きやはりそうかと囁きあう。なぜなら、勇者が選ばれる=魔族との戦乱の幕開けという認識らしいのだ。
つまりはこの世界においては勇者が存在するということは魔族との争いが起こると言っても差し支えないからである。
会議の雰囲気が変わり始めたのはちょうどこの辺りからだ。
まずはじめに火をつけたのは五大将軍の1人ガンガーラ。この男は赤い髪に赤い無精ひげを蓄え、筋肉の上に筋肉を重ねたような岩のような体つきをしている。この男の戦場においての苛烈な攻勢から敵には赤鬼という異名で呼ばれ恐れられている。
実はこの男をこの名で呼ぶのは敵だけではない。ガンガーラは敵を責め立てる際部下に無茶な進軍を命じることも多い。そのため部下の中にもこの男のことを赤鬼と呼んでいる者も少なくない。
これはガンガーラの側近しか知らないことだが、この男は味方の部隊に無茶な進軍を強いているわけではない。味方部隊の実力を計算に入れたうえで限界ギリギリの進軍を命じているのだ。
あまり大差はないかもしれないが、この男の采配は無茶ではなく、味方の限界ギリギリの采配であるのだ。どちらにせよこの男の指揮下の軍は非常にきついということである。
『魔族供に先手を取られる前にこちらから攻め込む必要がありますな。当然軍の編成なら既に完了しております』
ガンガーラが身を乗り出し不気味な笑顔を作りながら告げる。
『我らの軍も編成は完了しております。こうして勇者殿も参られたのです、式典が終わり次第すぐにでも発つことが可能です』
さらにもう一人の五大将軍のレチリードがガンガーラの言葉に続く。そして二人に賛成だと言わんばかりに大きく頷く者たちが多くみられる。特に明奈のいる席とは反対側の入り口に近い席にいるのは五大将軍や各騎士団の隊長が多く、入り口付近の席は異様な熱気に包まれだしている。
(え…。戦争?むりむり絶対むりだよぉ。なんで私のこと凄い強い勇者だと勘違いしているのかわかんないけど私が戦えるわけない)
今まで会議を他人事のように聞いていた明奈も戦争に連れていかれるとなればボケっとしていられない。明奈は頭をフルに回転させて断るための言い訳を考える。
しかしパニック状態にある明奈がいくら考えたところでいい言い訳なんて浮かんでくるわけもない。
(正直に全部言わなきゃ。これ以上話が進む前に私が何の戦力にもならない普通の女の子だということを伝えないと。言いづらいけどこのままだとホントに戦争に連れて行かれちゃう。そんなのむり。ホントに殺されちゃうかもしれないもん)
明奈はようやく決心を固める。玲を見つけたら元の世界に戻してもらおう。そんな風に考えていた明奈だったがその考えはあまりにも甘かった。
明奈が決心を固めている間にも会議は続いていた。話は具体的内容に入っており、先陣はどの将軍が務めるのかという話をしているところだった。しかしここで思いもよらない質問が入る。
『明奈様は軍を率いた経験はおありですか?』
質問をしたのはミンフィアだ。
『へ?あっ、ありません』
『そうでしたか。残念です』
何が残念なのかはわからないが、日本の普通の女子大生に軍を率いて戦った経験があるわけがない。次に自分に話が振られたら自分は戦えない。そう言おうとしていた明奈の決心をミンフィアの突拍子もない質問で潰される。
しかしこのままでは終わらない。何せ自分の命がかかっているのだから。
『あの…』
決心を固めたつもりだったが消え入りそうな声でなんとか言葉を発する。
『どうしました明奈様?』
その瞬間沈黙が訪れる。一同は明奈に視線を集める。
(言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ。今しかない。がんばれ私)
明奈は自分を必死に鼓舞して言葉を紡ぐ。
『私、魔族とは、戦えません。私にはできません。ごめんなさい』
俯き机の一点を見つめながら、それでもなんとか伝えることに成功する。
『はっ?えっ、今なんと仰っ、えっ?』
ミンフィアが目を見開き絶句する。勿論ミンフィアだけではない。オーギュストを除くこの部屋にいる全員が絶句している。この場にいる誰もが明奈の言葉を理解できず硬直し、まるでこの部屋の時が止まっているかのように。
だが明奈からしてみれば当然のセリフだろう。いくら勇者に選ばれたと言われても決して明奈が望んだわけではない。別に明奈がやらなくても他の人がやればいい、明奈が帰れば他の勇者が見つかるだろう。
そもそもこの国と魔族の争いに明奈は関係ないし、命を懸けて守る義理などないわけだから。
しかしこの世界の住人はそうは思ってくれないらしい。暫く沈黙が続いた後ミンフィアが口を開く。
『つまりそれはどういった意味でしょうか?』
明奈の言葉には何か別の意味があるのではないかという結論に至ったミンフィアは明奈に尋ねる。
(意味もなにもそのままの意味だよぉ…)
『…私普通の女の子だし、魔王と戦うなんてできません…』
『いいえ、貴方は聖剣に選ばれた勇者です。魔王を倒せるのは貴方しかおりません』
ミンフィアはばっさりと明奈の意見を否定する。
しかし明奈もここで引くわけにはいかない。なにせ命が懸かっているのだ。明奈はようやく顔を上げミンフィアと向き合う。
しかしミンフィアの顔にはいつもの真っ直ぐな瞳はなく、彼女の瞳は動揺に揺らいでいる。
『…ごめんなさい』
『なぜ戦ってくれないのですか!貴方は勇者でしょう!この国を救ってくれるのではないんですか?』
ミンフィアは声を少し荒げる。内心では怒鳴りたいほどである。しかし流石は姫だ人前で怒鳴ったりはしない。
『そうです勇者様一緒に戦ってください!』
『我々だけでは魔王を倒せません、あなたの力が必要なのです』
『勇者殿ご再考できませんか?我々を見捨てるおつもりですか?』
ミンフィアを援護するかのように皆が口々に囃し立ててくる。
(勝手なこと言わないでよ。私関係ないもん。戦えるわけないもん…)
すでに明奈の限界は超えている。油断すれば今にもこぼれ落ちそうな涙すら拭えず俯向いている。
しかしこの場にいる者たちは御構い無しに自分達の都合を押し付ける。
(玲ちゃん…助けてよぉ…)
しかし玲はいない。この場に明奈の味方は誰もいないのだ。
味方はおらず明奈の心が折れるかと思われたその瞬間、ある人物から救いの手が差し伸べられる。それはこの国の最高権力者にすら平気で意見を述べられる男。宰相オーギュスト。
円卓の者たちが明奈を説得しようと捲したてるなかオーギュストが静かに右手を上げる。するとそれまで身を乗り出し或いは立ち上がり意見を言っていた者たちは静止し座り直す。皆オーギュストが明奈を説得してくれるものと期待の目を向ける。
そして場が静かになったことを確認するとオーギュストは口を開く。
『魔族との争いとは無縁の世界から来た少女には酷な話でしょう。心の整理もついてないのです。少し考える時間が必要ではないでしょうか』
逆にオーギュストに意見を言えるのもこの国では1人ぐらいであろう。
『しかしオーギュスト卿。今こうしている間にも各大陸の魔王達が動いているかもしれないのですよ』
『だからこそ基盤を固めねばならないのです。焦ってばかりでは足元をすくわれますぞ。まず今日はゆっくり休んでいただくべきです。後は私にお任せ下さい』
オーギュストの話し方は落ち着いた諭すような話し方だが相手に有無を言わさない圧力がある。尚も何か言いたげなミンフィアであったがオーギュストにそこまで言われてはしょうがない。ミンフィアは仕方なく頷く。このままでは駄々をこねる少女にしか見えない。
ミンフィアとオーギュストの関係は国王と宰相という関係だ。しかしミンフィアの中では国王と宰相である以前に、姪と叔父であるのだ。実際には国王と宰相の立場の方が優先される。だがミンフィアの心の底では姪と叔父という立場はそうそう崩せないでいた。
『わかりました、オーギュスト卿頼みましたよ』
『えぇ、お任せください。早見明奈殿 一度部屋にお戻りください。メイドに部屋まで送らせましょう』
オーギュストはそう言って立ち上がり明奈に手を差し伸べる。よくわからないが助けられたということなのだろう。明奈はオーギュストの手を取り立ち上がる。そのまま2人は部屋の出口まで歩き出す。
皆何か言いたげな表情をしている。しかしミンフィアがオーギュストに任せると言った以上今口を挟める人間は“ここにはいない“。ここには…。
(多分一時しのぎにしかならないんだろうな。まさかこんなに反論されるとは思わなかったよ…)
明奈は部屋を出るとふぅと一息つく。むしろ事態は悪化したような気がするがひとまずあの場から離れられて少し気が抜ける。
(この人が私のこと助けてくれたんだよね)
明奈は横目でオーギュストを見る。明奈のオーギュストに対する印象は真面目そうな人といったところだろう。怖そうな雰囲気でもないし、かと言って気さくに話しかけれそうな雰囲気とも違う気がする。
『あの、ありがとうございました』
『皆少し興奮してしまっていたようです。皆にも一度落ち着くよう言っておきましょう』
オーギュストは会議室の前にちょうど居合わせたメイドに部屋まで送るよう指示を出す。
『今日は部屋でお休みください。後で食事をご一緒しましょう。ミンフィア姫も含めて世間話でもしましょう』
オーギュストはそう言い残すと会議室に戻っていく。
明奈は再びため息をついて部屋へと向かう。
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