趣味はお菓子作りと香水集めです

 ここはル・リべレイア聖王国の首都シャプワールにあるシャプワール城の廊下。豪華で非常に広い廊下を歩く3人の男女は真っ直ぐに目的の部屋へと向かっている。三人の先頭を歩くのは30代半ばほどの女性だ。女性はメイド服を着ておりその雰囲気からもベテランメイドを思わせる。


 そしてその後ろに続くのは背の低い老人だ。元々背の低そうな体つきだが歳のせいで腰が曲がりさらに小さく見えている。先頭のメイドよりも10㎝ほどは背が低そうだ。宝石など目立つような装飾品を身に着けているわけではないが、良質そうな生地でできた衣服や老人の雰囲気から身分の高さを感じ取れる。


 さらに一番後ろを歩くのは前の老人とは反対に立派な体躯をしている。歳は脂の乗り切った30代半ばほどだろう。室内でありながら白い鎧を着こみ帯剣まで許されていることからこの国の騎士であることが分かる。


 ヘルムは外してあるものの白を基調とした見事な鎧は見たものたちに感嘆を与える。この鎧を着用することが許されているのは騎士団の中でもほんの一部の騎士のみである。その騎士たちはル・リべレイア聖王国最精鋭の白狼騎士団に所属している者たちだ。


 ちなみに彼らの付けている鎧はすべてレプリカである。もちろん一つ一つの鎧がこの国お抱えの一流の鍛冶師たちが作成している。しかしこの白い鎧はすべてある鎧のレプリカでしかない。しかも本物の鎧を着ることは彼ら白狼騎士団でも許されることはない。


 許されるのは世界でたった一人、聖剣に選ばれし勇者のみである。つまり現在本物の白い鎧を着ることの許されている人物は早見明奈ただ一人ということになる。剣や魔法すべての攻撃から身を守り魔王とですら渡り合える最硬の鎧。しかしそんな凄い鎧であったとしても明奈がつけていてはまさに宝の持ち腐れとしか言いようがないわけだが…。


(廊下を歩く足音が聞こえる…。数は3人、多分前の人が女性で後ろの2人が男性だろう…。多分私の部屋に向かってきている…。敵意は感じられない…)


 ベッドで少しの仮眠を取っていた明奈は目を覚ます。


(ついちょっと寝ちゃった…。誰かこっちに向かってきてる)


 ベッドで寝ていたにもかかわらず、明奈は部屋の外の足音だけでそこまで判断できるようになっていた。もうすでに普通の女子大生ではなくなってしまっている証拠だろう。



 明奈のいる部屋の前で3人は立ち止まり扉がノックされる。


『あっ、はい、どうぞ』


 明奈は返事をして、大して乱れてはいない髪を手櫛で直す。ちなみに明奈の髪は癖がなく細いため乱れていても手櫛で簡単に直せるのだ。


『失礼いたします。準備が整いましたのでお呼びに参りました』


『…準備ですか?』


『会議の準備にございます』


『そうですか』


(いきなり会議とか言われてもー…。部屋の隅で話だけ聞いてればいいのかなぁ。)


 知らない土地でさらに人見知りが加速する明奈はとりあえず言葉に従うことにする。


 明奈が部屋を出ると部屋の外で2人の男が立っている。最初から明奈はその気配に気づいていたので驚きはしない。2人の男は明奈を見ると丁寧に頭を下げる。そしてまず先に老人が名乗り始める。


『お初にお目にかかります。私、この国の財政を任されております、バスコ・ドル・エンユーロと申します。以後お見知りおきください。』


『はぁ、よろしくお願いします』


 丁寧に自己紹介してきたエンユーロに明奈もペコリと会釈しながら返答する。


 さらにもう一人の男も一歩前に出て勝手に自己紹介を始める。


『初めまして勇者様。私、白狼騎士団の副隊長を任されております、ガーランド・オーランドと申します。以後お見知りおきを』


『よろしくお願いします』


 明奈はまたしてもペコリと会釈しながら返答する。愛想笑いが苦手な明奈の顔には表情一つないが、彼らは自己紹介を終えて若干満足気であるように見える。


(騎士団の副団長に国の偉い人までわざわざ挨拶しに来ないでいいのに…。私なんて勇者でも何でもないただの女子大生だったのに)


 ほんの数時間前まで普通の女子大生をやっていた明奈は、彼らの向けてくる羨望の眼差しのせいで非常に居心地が悪い。彼らが勝手に言っているだけで騙しているわけではないが、なんだか騙しているようで申し訳ない気分になってくる。


『ではご案内させていただきます』


 そう言ってメイドの女性が歩き始める。明奈はガーランドとエンユーロの後ろをついていくつもりだったがこの二人は動く気配がない。それもそのはず、馬車に乗る時もそうだったがこの国では身分の上の者が先というのが常識なのだ。だから案内役のメイドは例外として明奈が先頭を歩くのがこの国では普通なのである。


 勿論明奈はそんな常識は知らないし、ましてやこの国で自分がミンフィア姫殿下の次に身分が高いということもまだ知らない。明奈は無言の前を歩いてくださいというプレッシャーに負けて仕方なく前を歩くことにする。


(知らない男の人に後ろを歩かれるの嫌だなぁ。この国ではレディファーストが常識なのかなぁ?)


 男尊女卑というわけではないが、この国では女性の社会進出はほとんどない。ミンフィアが国王になったのも異例中の異例で、この国の長い歴史でも初の女性の国王である。


 先代の国王にはミンフィアとその妹だけしか子供がいなかったためでもある。勿論先代国王の親族の子供達の中には男もいた。当然その男たちにも王位継承権はあった。しかし先代国王が根回しした甲斐もあり。ミンフィアが王になる際に反対する人々はほんの一握りしかいなかった。


 先代国王の人望が厚く、国王の遺言を皆が従ったということもあったがそれだけではない。ミンフィアが魔族達と徹底抗戦する意志を強く示し、多くのものがそれに賛同したからこそミンフィアは王に選ばれることとなったのだ。


 4人は目的地まで黙々と歩いていく。結局メイドに先導され目的の部屋まで行く間、誰一人として口を開かなかった。


(私に話があったから部屋まで来たのかと思ったけど、ホントに自己紹介だけしにわざわざ来たんだ・・・)


 5分ほど歩いたところでメイドの女性はある部屋の扉の前で立ち止まる。城の中は非常に広く長い廊下にはいくつもの扉がある。しかもどれも同じような扉なのでどれがどの部屋なのか明奈には区別がつかなかった。たぶんすぐには覚えられないだろう。


『早見明奈様をおつれしました』


『どうぞ』


 メイドが言うと中から返事が返ってくる。返事は女の子の声だ、この声には聞き覚えがある。おそらくあのかわいいお姫様だ。


 メイドが扉を開け明奈を先頭に3人は部屋に入っていく。


(うわぁ、広―い)


 会議室は非常に広い部屋だった。会議室は30m四方はある大きな部屋で部屋の隅にはいくつかの銅像がある。しかしそれ以外には部屋の中心に大きな円状の机があるだけだった。これだけ広い部屋の中に、あるのは騎士風の銅像と大きな机だけであるため余計に広く感じてしまう。


 円卓を囲むのはこの国の主要人物たち総勢32名。各内政を取り仕切る、日本でいうなれば大臣と呼ばれるものたちや。御八家と呼ばれるこの国の有力貴族の代表たち。さらに戦を取り仕切る五大将軍と呼ばれるこの国の戦争の要ともいうべき将軍たちなど。この国にある神殿勢力をまとめる長達。


 ここまで国の重要人物が集められることは滅多にない。あるのは国の命運を左右するような最重要な会議の時のみである。


(丸いテーブルだ…。どこ座ればいいんだろう、座る場所わかんないよぉ)


 部屋の入り口で立ち尽くす明奈の様子に気付きミンフィアはすぐさま声をかける。


『明奈様こちらへどうぞ』


 ミンフィアは自分の座っている席の左側に座るよう指示する。


『あ、はい。ありがとうございます』


(お姫様の横かぁ、もっと目立たない場所がよかった)


 少し予想出来ていたとはいえやはり目立つ場所に座ることになってしまったが、断ることもできないので言われたとおりにする。ちなみにミンフィアが座っている場所は、入り口の扉とは真逆の一番奥の席である。


 実際ミンフィアの左側はこの円卓において2番目の上座である。この世界においても円卓の上座の席順は明奈の元いた世界と一緒なのだ。入り口から一番奥側が1番上座。そしてその左側が2番、1番の右側が3番、2番の左側が4番、3番の右側が5番……というように続いて一番入り口に近いのが下座になっている。明奈は目立ちそうで嫌だくらいにしか思っていないが、実はその席は2番目の上座であったのだ。


 エンユーロは明奈の3つ左の席に着席し、ガーロンドは一番入り口の近くの下座へと着席する。明奈達の到着が最後であるため、これで全員が揃ったことになる。


『全員揃いましたね。それでは始めるとしましょう。全員起立!』


 ミンフィアが言うと円卓に着いているもの全員明奈を除くが一斉に立ち上がる。しかし起立を予期していなかった明奈だけがワンテンポ遅れて立ち上がる。


『気をつけ。礼!着席』


 ミンフィアの号令のもと全員が揃って従う。今回は明奈も皆に続くことに成功する。


(学校みたいな挨拶するんだ)


『では会議の前に一つ。この度参られた勇者の早見明奈様より一言お願いします』


『えっ、私ですか?』


『ええ、お願いします』


 ただでさえ場違いな場所に連れてこられ、気まずさで押し潰されそうな明奈に追い打ちをかけるミンフィア。全員の視線が一身に集まり断れる雰囲気でないことを悟る明奈。


(自己紹介でいいの?名前だけ言えば大丈夫かなぁ…)


 明奈はスッと椅子を引き立ち上がる。まるでクラス替えをした時にやる自己紹介のように明奈は自己紹介する。


『あの、早見明奈と言いますよろしくお願いします』


 学校の自己紹介であればここで拍手の一つでも起こるのだが、場は完全静まり返っている。


(えっ、何この空気?)


 明奈は心配になり右にいるミンフィアをチラリと見る。明奈はミンフィアに助けを懇願するような視線を送る。しかしミンフィアはうんうんと頷いているだけだった。まるで続きをどうぞと言わんばかりの態度に、明奈はようやくもう一言言うのを皆が待っているということに気付く。しかし気づいたところで気の利いたセリフなんて明奈に言えるわけがない。


(玲ちゃんならこういうの得意なんだろうなぁ)


 明奈はそんなことを思うが今は明奈一人、助けてくれるものは一人もいない。考えに考え明奈は続く言葉を探す。しかし緊張で真っ白になった明奈の頭から気の利いたセリフなんて出てくるはずがなかった。


『しゅ、趣味はお菓子作りと香水集めですっ』


 これでは本当に学校でやる自己紹介だ。国の幹部全員を集めた会議の場で言うセリフでは到底ない。しかし緊張のメーターを振り切った明奈は言い切ると同時に着席する。


(うぅ、もうわかんなすぎて、趣味とか言っちゃったよぉ。もうやだ帰りたい)


 変なことを言ってしまったと恥ずかしがる明奈だったが、周りの反応はその逆だった。なぜか顔を真っ赤にして俯く明奈にこの場にいる全員から盛大な拍手が巻き起こる。勇者の挨拶としてはあまりに普通の女の子っぽいが、そもそも明奈に勇者っぽい挨拶ができるわけもない。なぜなら明奈は普通の女子大生だからだ。


 そんな明奈の気持ちを無視して盛大な拍手は鳴り止まない。実際この場にいる者たちにとって挨拶の中身はさほど重要ではない、重要なのは勇者があいさつするということ自体なのである。


 もうやめてと心の中で叫ぶ明奈に気づいたわけでは当然ないが、しばらくしてミンフィアが手を上げ拍手を制す。ミンフィアが手を上げることで拍手は次第に止んでいく。


『明奈様ありがとうございます。ではみなさん議題に入りましょう。オーギュスト卿進行役をお願いします』

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