完全にやられた

『んっ、んーー』


 玲は大きく伸びをして目を開ける。宴が始まってから2時間ほど飲み続け、そのまま会場で眠ってしまっていた。玲の他にも酔い潰れて寝ているのが何人かいるが、全員玲と一緒に飲んでた者ばかりだ。


 魔王軍の将軍を務めているレグザにガガリにドゴムたちや。政治関係を任されているルーシェやシグルドやニーニアたち文官。ここにいる魔族達は本当に皆酒に弱くて皆玲に潰されていた。


『調子に乗って飲みすぎたなぁー』


 いくらアルコールに強い人でも分解が追いつかないほど飲めば当然アルコール中毒にだってなる。弱い人に比べて許容量は多くても許容量を超えて飲むのは危険だ。逆に強いから飲みすぎてしまう人の方が多いくらいだ。飲みすぎは体に毒なので注意しよう。


『皆が凄い凄いと囃し立てるからついつい調子に乗っちまったよ』


 玲はアグリと飲み比べた後いろんな魔族達と交流を深めていた。魔族達の見た目は様々で爬虫類のような見た目の魔族とかもいた。しかし割と皆いい奴ばかりだった。なぜそんなに酒に強いんだと聞いてきたり、先代の魔王との思い出話をしてくれたり、自分娘の自慢話をしてくる者達までいた。


 ラミは魔族が近くにいたのであまり近寄ってこなかったがそこまで怖がる必要はないと思う。最後の方は皆で肩を組んで歌を歌ったりもした。当然聞いたこともない歌だったが先代の魔王が好きな歌だったと言っていた。日本で例えるなら国家みたいなものだそうだ。


 酒を飲んだ後あまり記憶がない人は日本にいた頃周りにも結構いた。しかし玲は飲んでいるときの記憶もはっきりしていることが多い。今回もその例外ではなかった。なので会場にいた60~70体くらいの魔族達の顔と名前は大体は記憶している。特に女性陣に関して言えば完璧に記憶していると言っていいだろう。


 女性陣は多少人と違う部位はあるものの皆美人揃いだったからだ。しかも魔族達は長生きで老化もほとんどせず全盛期の状態を長い間維持できるらしい。実に素晴らしいことである。


 本人に聞くのは躊躇われたので他の魔族達に聞いてみると、シエナの年齢は22歳だそうだ。玲よりも少し年上だが何百歳とか言われなくてよかったと安心する。


(酔い覚ましに夜風でも当たりたいなー)


 玲はしっかりとした足取りで中庭に通じる扉へと足を運ぶ。宴が始まった時は60~70体ほどいた魔族も今は半分ほどしかいない。明日はなにやら忙しいそうで、宴の途中自分の任されている領地へと帰還していったからだ。そして残っている者は大概玲が飲み潰したのでその辺で寝転がっている。


 玲が扉を開け外に出ると見事な庭園が広がっていた。見事と言っても今は夜ではっきりと見渡せるわけではない。しかし薄明りの中でもはっきりと感じ取れるほどに庭園は整えられていた。庭園には多くの草木が生えていてそのどれもが何か不思議な模様を描いている。


 他にも光り輝く水の噴水がある。今は夜で水が光に反射しているとも思えない、つまり水そのものが光っているということのようだ。異世界であるなら水が光っていることくらい不思議ではないのかもしれない。今の日本の技術でもそれくらいは可能だろうし。


 玲はその庭園の噴水の横に人影を見つける。水の光に反射して輝く美しい銀髪、怪しくきらめく紅い瞳、そうシエナだ。宴の間シエナと玲はほとんど話す時間がなかったので落ち着いた場所でキチンと話したいことがあった。玲はシエナのいるほうへと歩き出す。


『皆にも困ったものじゃ。明日のことも考えてほどほどにしておけといったのにのう』


 玲が声をかけるよりも早くこちらの存在に気付いたシエナが玲に話しかける。


『ついつい盛り上がって飲みすぎちゃったよ』


『くふふ、それほど楽しかったということじゃろ、今回は多めに見てやろうかのう。さすがのお主も飲みすぎて夜風でも浴びに来たということか』


『まぁ、そんなところだ。ちょうど君にも話したいことがあったんだけどいいかな?』


『あぁ、構わんよ。それで話とはなんじゃ?』


『メイドのラミって子がいるだろ。その子のことなんだけど…』


『くふふ、なんじゃあのおなごに惚れたか?お主は年下のおなごのほうが好みなのかの?』


 シエナはいかにも楽しげに笑う。シエナもお酒が入って上機嫌のようだ。なおさらこの後の話題に入りづらくなってしまった。なぜなら確実にこの後の話題はシエナの機嫌を損ねるであろうから。


『どうしたのじゃ?わらわは男女の逢瀬に口出しするような野暮はせんぞ。わらわにラミを拘束する権利はないからのう、あのおなごがお主と一緒にいたいというなら何も言わんぞ』


『んー、ちょっと違うかな。なんて言うかその~。シエナとラミの意見が食い違ってるんだよね』


『はっきりせんのう。つまりは何が言いたいのじゃ?』


『えーっと。簡単に言うと、人間たちはシエナが思っている以上に魔族を恐れてるっぽいんだよね。シエナは平和的にラミをここに呼んだと思ってるみたいだけど、ラミは脅されて仕方なくここで働いてるみたいなんだよね』


 シエナは口を閉ざし一言も発しない。言葉を発しないどころか身動きもせずこちらを見つめてくる。その顔に怒りや困惑の表情は一切見られない。ただただ無表情に玲だけを見つめてくる。


(せめて瞬きぐらいして。怖いから)


『俺は最初に君に出会ったから魔族達とも仲良くなることができたわけなんだけど。少なくともラミたちは魔族のことを恐怖の対象としてしか見てないから誤解が生まれちゃったと思うんだよね。俺も君以外の魔族を見たとき怖いなって思ったし。実際にお酒を飲んで話してみるまではそういう感情があったから。俺はこの世界に来たばっかでこの世界のこと詳しくないけど、君が考えている以上に人間と魔族の溝って深いと思う。君が本当に人間と共存したいって思っているのは十分伝わってくるけど、やり方はもっと慎重に考えたほうがいいかも』


 玲は躊躇うことなく一気に話す。


(とりあえず言いたいことは全部伝えられた。シエナは非常に賢いから理解してくれるだろう)


 そして長い沈黙が訪れる。


『………あの娘がそう言っておったのじゃな』


『あぁ、ラミから直接聞いた』


『そうか…』


 シエナは必死に頭を回転させる。玲が言った言葉を一字一句違えず何度も何度も頭の中で繰り返し再生する。ラミや他の人間達を雇うときシエナは細心の注意を払っていた。交渉が上手く物腰の柔らかい魔族を選んで交渉に向かわせ。どのように交渉するかリハーサルを繰り返し、失敗しようのない完璧なプランを立てた。その結果友好的にラミ達を魔王城へ迎えることに成功した。


 シエナはずっと完璧だと思っていたのだ。しかしその全てを玲に真っ向から否定されてしまった。友好的に交渉していたつもりが、相手には脅しているように見えていたなんて予想外にも程がある。


 人と共存できる世界を作るという理想に向かって順調に進んでいたと思っていた。魔王城で人間を雇うことで魔族と人間が上手くやれていることの証明ができると思っていた。しかし全て失敗していたという事実を知ったシエナのショックは大きい。


 シエナは十分な間をおいて頭を整理させてから再び口を開く。その間玲はシエナが答えるのを待ち続けていた。


『あの者達には悪いことをしてしまったな。きちんと謝罪したいが、いきなりわらわが呼んでも怯えさせてしまうやもしれんの。お主から説明して呼んできてもらえんか?』


 シエナは申し訳なさそうに語る。いつもの自信に満ち溢れた態度は鳴りを潜め、自信なさげな態度をしている。


(かなりショックだったんだろうな。でもこのままにしておくわけにもいかないし。お互いのためにはっきりしておかなく必要があったししょうがないよな。大事なのはこの後のフォローだ)


『大丈夫、ラミならきっとわかってくれるから。人間達はみんな魔族達と仲良くしようとしてないから理解できないだけなんだ。だから誤解が生まれる。仲良くしてみようって人間側も思えば、魔族達みんな凄くいい奴なんだって絶対わかってもらえるから』


『そうかのう?』


 シエナは自信なさげに聞き返す。随分としおらしくなってしまったものだ。普段強気の女性が急にしおらしくなってしまうギャップに男は非常に弱い。なんとか力になってあげたいと思ってしまう。しかもそれが美人であればあるほど威力は高い。まさに倍掛けで威力は上がっていく。


『シエナならきっとできるさ。時間はかかるかもしれないけど、少しずつ人との距離を詰めていけば共存だって夢じゃない。俺も手伝うからさ』


『くふふ、お主は優しいのう。ならば頼りにさせてもらおうかの。じゃが女子であれば皆に優しいのじゃろ』


『誰にでも優しいってわけじゃないけど。大概の男は困ってる女の子がいたら助けるもんだよ』


 シエナの意地悪な質問に対して、玲は胸を張って答える。


『ところで人間と共存するのになにか具体的な作戦ってあるの?』


『くふふ、問題はない。すぐに共存ができないならまずは友好を結べばよいのじゃ』


 どこかで似たようなセリフを聞いたことがある。そう歴史の教科書にも載ってるマリーアントワネットのようなセリフだ。


 彼女が言ったとされる有名なセリフ“パンがなければケーキを食べればいいじゃない“。に似ている気がする。


 しかし実際には、マリーに恨みのある貴族などが流したデマなのは今では割と有名な話だ。


 マリーが贅沢に使った金額も庶民からすれば大層な金額だが国が傾いたのはそのせいでもない。マリーに恨みのあるもの達があることないこと誇張して広めたため民衆は信じ切ってしまったのだ。


 若い頃にギャンブルにはまったなどは事実だとしても、貧困に苦しむ民がいると聞いて募金を集めたりする心優しい人物でもあったのだ。しかし悪であると思われてしまったからマリーは処刑されてしまった。


 直接あった玲なら理解できるが、他の人々はシエナのことを知らない。しかも魔王は人類の敵であると人々は信じているようだ。しかもシエナは自分がどう思われているか理解できていない様子だ。他の魔族達もシエナにそのことを教えられる奴らはいなかったようだ。《話を聞く限り先代の魔王は理解していたようだが》


 このままだとシエナを害そうとする人々だって現れるだろう。その前にシエナには自分がどう思われているのか理解してもらいたいものだ。


『友好か…。魔族と人間の間にはいろいろあるみたいだし是非とも慎重にやってもらいたいものだね。人間側の考え方についてわからないことがあったら何でも俺に相談してくれ』


『やはり主はいい男じゃの。頼りにしておる。わらわはまだ飲み足りんのだが、せっかくじゃ2人で飲みなおさんかのう』


 そう言ったシエナの顔に先ほどのしおらしさは見えない。いつも通りの威風堂々とした態度が戻ってきている。


(やっぱりシエナにはこっちの態度の方が似合ってるな)


 玲は頷き答える。


『あぁ、そうしよう』


 玲が答えるとシエナはどこからともなくおちょこのような器を2つ取り出す。長い夜の始まりだ。




 ──────完全にやられた。。。。。


 さすがは魔王というべきか。玲がばったばったと薙ぎ倒してきた有象無象の魔族とは格が違った。2人はあの後夜風に当たりながらかなり長い時間飲んでいた。どこに隠しているのか最後までわからなかったが、シエナは次から次へとボトルを取り出し2人で飲み続けた。


 しかも先ほどまでの赤いワインではなく透明なお酒だ。味は日本酒のような味で、玲の知ってる日本酒よりも飲みやすかった。しかも飲みやすいことが災いしてついつい飲み過ぎてしまったようだ。


 シエナは平気な顔でおちょこを空にしていき、負けじと玲もシエナのペースに合わせたのが不味かったのだろう。


 後半は何を話したのかあまり覚えていない。記憶を無くしたことはないとか言っておきながらこのザマだ。一応最初のほうの会話は大体記憶している。


 まず玲が聞いたのはこの世界のことだ。この世界の世界地図などの資料はなかったがシエナは空中に文字を書いて説明してくれた。最初は何事かと思ったがシエナは何もない場所に人差し指で地図を書いていったのだ。しかもなかなか見やすく社会科の先生顔負けの説明上手だったのには感心した。


 なんでも昔は同じ大陸に人と魔族がいて長い間争っていたらしい。しかし今では人が支配する大陸と魔族が支配する大陸で分かれている。小競り合いなどは絶えないものの冷戦状態になっていたそうだ。


 しかし3か月前の大戦で各大陸や国の魔王や勇者が共倒れになりほとんどの勢力の代表が入れ替わってしまったらしい。玲が今いるこの大陸や明奈のいる王国もその例外ではないそうだ。あっちこっちで国の代表が入れ替わっている現在は一時的に争いが大幅に減少しているもののいつそれが崩れるかはわからない。


 だが逆に言えば新しい国の代表たちが大きな争いを起こす前ならば戦争を回避し世界平和を目指せる可能性があるとのことだ。ただし人と魔族だけでなく魔族同士や人同士でも争っているためそう簡単にはいかないようだ。


 だからまず玲を足掛かりに明奈のいるル・リべレイア聖王国とかいう国と交渉する予定だそうだ。明日から非常に忙しいと魔族たちが口々に言っていたのはその交渉の大事な準備があるからだとか。


 シエナが虚空に書いてくれた地図によると。シエナの支配している大陸は多くの勢力の中心に存在している。先々代の魔王が支配していた頃は圧倒的な戦力を用いて、魔族や人間関わらず攻め世界が血に染まり、滅びの戦国時代と言われているらしい。元々争っていた魔族同士や人間同士で共同戦線を張り魔王に対抗せねば、滅んでいた国は数知れないらしい。


 しかし今現在は各国の中心にあるという利点を生かして、人間や魔族が争わないように牽制しているそうだ。このとき玲は一つ疑問に思ったことがある。それは人と魔族の争いを防ぐために取っているシエナ達の作戦についてだ。人と魔族の争いが起こりそうになった際シエナ達は魔族側に攻撃を仕掛けることで、注意をこちらに惹きつけ争いを止めているそうだ。


 当然その際には死傷者も出るわけだが玲はそこが疑問だった。争いが起こらないようにするのは勿論悪いことではない。しかし人と魔族の争いを止めるために同じ魔族同士で殺しあっては本末転倒な気がする。人との共存の道を目指すことも大事だが同じ魔族同士で争っては意味がない。人と共存を目指すシエナだからこそ魔族同士でも争いのないようにすべきだと玲は感じたのだ。


 ちなみにシエナにその疑問をぶつけたところ、シエナは目を丸くして驚いていた。人と仲良くするなら魔族同士だって仲良くやれたほうがいいと言われ。今までそんなことにも気づかなかったという二重の意味でシエナは驚いたのだ。案外というかやっぱりシエナは簡単な常識というものが理解できていないようだ。どじっ娘というよりは庶民の感覚を知らない女王様といった感じである。


 まぁそんな感じで、魔王軍の幹部として一応知っておくべきこの世界の知識について、いろいろなことを先生風のシエナに教わったのであった。


(最後のほうなんか大事な話を聞いた気がするんだけどなぁ…。全然思い出せないぞ。どうやって自分の部屋に戻ってきたのかも覚えてない)


 玲は辺りを見回しここが自分の部屋であることを確かめる。


 実際のところ玲は酔ってそのまま外で寝てしまっていた。ほっとくわけにもいかないので、シエナはラミを呼んで玲を運んでもらおうとした。しかしそこでシエナは玲の言ったラミがシエナ達魔族を恐れているという話を思い出す。シエナはラミを呼ぶのを躊躇い自分で玲を運ぶことにした。そしてシエナは転移魔法を使い玲を部屋まで運ぶ。すでにベッドメイキングを終えてあるベッドに玲を寝かせ、去り際に一言ありがとうと呟き玲の部屋を後にしたのだが、当の玲はそのことを知る由もないのであった。


『思い出せそうにないしまぁいいや。とりあえずラミの誤解を…いや朝飯が先だな』


 玲が言った直後タイミングよく部屋に近づく足音が聞こえてくる。


(この足音は記憶にある。ラミの足音だ。これならラミの誤解と朝飯を同時に解決できるな)


 玲は良しと頷きドアをノックする音に返事をする。一度は完全に打ち解けたはずのラミが恐る恐る部屋のドアを開ける。ラミは玲に対して一歩引いた態度をとっている。その様子を見て玲の最優先事項は朝飯からラミの誤解を解くことに決定したのであった…。

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