これくらいなら10杯呑んでも余裕だね
成人してお酒が飲めるようになった最初の頃ははしゃいで一気飲みばかりしていた。誰が一番酒に強いかなんてものを競ったりもしたが誰も玲を潰すことはできなかったのだ。
そもそも日本人とは酒に弱い人が多いのだ。アルデヒドなんとかという酵素が関係しているらしいが、日本人の約半分はアルコールをあんまり分解できないそうだ。
ちなみに白人と黒人はアルコールを多く分解してくれる酵素を100パーセントの人が持っている。だから外人はみんなお酒に強い。という雑学をお酒好きな大学の先生が講義で話していた。
もちろん講義の内容とは全く関係のないものではあった。講義の内容は頭に入ってないのにそういう関係のない無駄知識ばっかり頭に残ってしまうのも考えものだが…。
(俺がいくらお酒に強いといってもこんな奴らと飲み比べて勝てるわけないけどな…)
アグリとかいう大男が言う前からすでに準備してあったのだろう、しばらくすると大広間の奥の扉が開いた。そしてお酒の入っているであろうグラスを乗せたワゴンを10人ほどの使用人が押してくる。いつの間に玲の後ろから消えたのかはわからないがその中にはラミの姿も見える。
使用人たちはすでに決まっているルートを通るかのように、見事に周囲に散会していきグラスを配り始める。グラスを配っている使用人達は一人を除いて全員女性だった。男の使用人は年齢的にまとめ役みたいなものだろう。
ラミを除く残りの女性たちは体格的には人間と変わらないが、動物の耳だったり、角だったり、尻尾だったり、羽だったりなど何かしら人間とは違う部分があった。
(角とかあるけどみんな美人だなぁ。メイドの採用基準はやっぱり顔かな?いや、動きもプロだ)
玲からすればラミはまだ子供なので除外するが、他のメイドたちは非常に美しかった。もちろんラミも容姿は整っているが、美しいというよりは可愛らしいのほうが似合う。
実際よくわからないが玲は恐らく今回の主役のようなものだ。いつの間にか本来の仕事に戻ったラミは真っ直ぐに玲のもとへ台車を押してくるとグラスを手渡す。
『こ、ここのお酒は玲様には強いかもしれません。あ、あまり無理はなさらないでください』
玲も知らなかったとはいえいつの間にか魔王軍の幹部になってしまっていたせいか、ラミは最初の頃のようにおどおどした口調で玲に話しかけてきた。せっかく心を開いてくれたというのにまた最初の頃に逆戻りしてしまったようだ。
『ありがとう。お仕事頑張って』
ラミはぺこりと頭を下げるとすぐ他のところへ行き震える手でグラスを手渡していく。
(せっかく打ち解けられたと思ったのに、あとでちゃんと誤解を解かないとなぁ。でも一応俺のことを心配するようなことを言ってくれていたし、すぐ誤解だってわかってもらえるよな)
全員にグラスが行き渡るとメイド達が部屋から退出していく。
『全員に行き渡ったようじゃのう。せっかくじゃ玲に乾杯の音頭をとってもらおうかの』
こんなアウェーな場所でいきなりの無茶振りだ。しかし飲み会での乾杯の音頭をとるくらい玲にとっては造作もない。乾杯の音頭なんてものは一言二言完結に話して乾杯と言えばいい。これからワイワイ楽しく騒ごうというのに、あれこれ長話してたらブーイングの嵐だ。早く飲み会始めようぜ!というこの雰囲気は魔族も人間も同じだ。
玲はチラリと右手の指輪を確認する。
『人間と魔族の共存の第一歩に乾杯!!』
『乾杯』
玲が手を高く上げると全員が高々と手を挙げ続く。ぱっと見70~80人?体?ほどの魔族達が乾杯をやると相当な迫力がある。
グラスの中には赤っぽい酒が入っている。見た目は完全にワインの色をしている。匂いも……普通にワインの匂いだ。玲はあんまりワインを飲まないものの割と好きだ。
(そういえば明奈と二人で飲が飲む時はだいたいワインだ。明奈はいつもワインをちょびちょび飲んでいたなぁ)
明奈と飲む時は玲も明奈に合わせて一緒にワインを飲んでいる。ちなみにいうと、明奈は量はそんなに飲まないものの割とお酒に強いと思う。ワインを飲んでいると明奈はいつもよりフワフワした感じになるが、それ以外に顔が赤くなったり、酔っている素振りはあまり見せないからたぶん強い方だ。そんなことを思い出しながら玲はワインを一口含む。
『…普通においしいワインじゃん』
たとえ色や香りが玲の知っているワインと一緒だとしても、たぶんワインとは全然違う別の何かじゃないかなどと勝手に深読みしていたが、それはいたって普通のおいしいワインだった。まだ21歳の玲はお酒に詳しいわけではない。おいしいワインといっても香りがいいとか飲みやすいとかその程度くらいしかわからない。
予想に反して普通のワインが出てきたことにほっと息を撫で下ろすとそのまま残りをグイッと飲み干す玲。本来なら香りなどを楽しみながらちょびちょび飲むのが、ワインの正しい飲み方らしいが正直そんな金持ちの大人みたいな飲み方はしたことがない。結局はその人が一番おいしく飲めるやり方で飲むのが一番なのだ。もちろんあまりに行儀が悪く周りの人にいやな顔をされない範疇であるならという条件付きだが。
しかし周囲の視線が一気に玲へと集まる。周囲の魔族たちはざわざわし始め何かを囁きあっているようだ。
(あれ、俺そんなにまずいことしたかな?がぶがぶ飲むのはすごく行儀が悪いとか…)
『おいおい、小僧あんまり無理して飲むもんじゃないぞ。今日の主役に開始数分で倒れられたら目も当てられないからな』
赤い大男が一歩踏み出し〈といっても玲の数歩分はある〉馬鹿にするように笑いながら言う。
(アルコール度数もそんなに高くないワインを一杯飲んだ程度で倒れるわけないだろ。こいつら人間のことをそんなに舐めてるってことか)
『いやいや、俺はこれくらいじゃ酔わないぞ』
『がはは、お嬢の前でいいとこ見せたいのはわかるがな。あまり強がらんほうがいいぞ』
『いやいや、これくらいなら10杯くらい飲んでも余裕だね』
玲がそう言い返すと会場でドッと笑いが起こる。なにか笑われるようなことを言った覚えはないが、なぜか馬鹿にされ若干イラっとする。
『がーはっは、10杯は言い過ぎだ。ジョークとしては悪くはないがな』
『よーし、わかった。今日はとことん付き合ってもらうぜ!』
『いいだろう!その根性だけは認めてやろう』
こうして若干ヤケクソ気味の玲と、自信満々余裕綽々のアグリの酒豪対決が幕を開ける。
シエナは少し離れたところから二人の会話を楽しそうに眺めている。シエナは面白い余興に付き合うことにしたようで手を叩き使用人の男を呼ぶ。さすがはプロだ。手を叩くとすぐにワインの乗ったワゴンを押して向かってくる。最初からこうなることがわかっていたかのような準備の良さだ。
使用人が近づいてきたところでアグリは手に持っている飲みかけのワイン一気に飲み干す。
そこでまたおお!!と周囲がどよめく。
(もしかしたらさっきのはラミがアルコールの弱いやつを俺にだけ渡してくれたのかもしれない。つまりはここからは魔族特製アルコールのどぎついワインが来る…のかな?)
玲とアグリは男からワインを受け取る。玲は恐る恐るワインの色と匂いを確かめる。
(んー、たぶんさっきと同じ気がする)
玲はまたしてもワインを一気に飲み干す。一気飲みと言ってもワインは元々グラスの半分程度しか入っていない。しかし今度は先ほどとは周囲の反応が違っていた。先程までが感嘆であるなら今回は困惑だろう。
おいおい、嘘だろ。また一気に飲み干したぞ。なんだあいつ化け物か?みたいなことを周りで言っている。だが玲が飲んでいるのはいたって普通のワインだ。焼酎のロックや、ましてやテキーラのショットを一気に煽ったわけではない。テキーラのショットを一気に飲んだ時のような喉が焼けるような感覚もなく、けっこう飲みやすい普通のワインでしかない。
それを見たアグリはなぜか一瞬躊躇ったように間を置くがそのままグラスを空にする。
『ふしゅーー。悪いが小僧如きにゃ負けてられんぞ』
周囲ではアグリを心配する声が増えつつあるが本人はまだまだやる気のようだ。アグリは若干フラついているようだが玲はまだ全然余裕だ。アグリは初めから肌が真っ赤なので酔っているのか非常にわかりづらいが、白目が充血してきている気がする。もしかしたら最初から充血していた気がしなくもないがよく覚えていない。
『まだ全然足りないなぁ』
玲はワゴンからグラスをとると一瞬の躊躇いもなくグラスの中身を空にする。すると周りの魔族たちは驚愕に目を丸くする。
(そんなに驚くことじゃないと思うんだけどなぁ。これくらいみんな普通に飲めるし。もしかしたらこいつら酒に弱いんじゃねぇの?)
アグリはさらにもう一杯のグラスを空にする。しかし今度は飲み干すのに若干時間がかかっていたように見えた。
そこで玲の疑惑は確信へと変わる。
(こいつら酒に超弱いぞ)
そして追い打ちをかけるように玲は何事もないかのようにグラスをもう一杯空にして見せた。
『小僧気に入ったぞ!だがわしも負けん』
アグリはさらにもう一杯飲もうとグラスに手を伸ばす。しかしそこで突然横槍が入る。
『アグリ殿さすがにそれ以上はやめておいたほうが』
『エビナさんの言う通りです。それ以上は危険ですよ』
『魔王軍第一将軍のこの儂が新参者に後れをとるなどできん。なにより小僧が命がけで挑んできておるのに逃げるなど男ではない』
アグリの後ろにいたため気づかなかったが後ろの女性がアグリを止めようとする。エビナという名の女性は、黒髪のロングヘア―で背は女性では高い170cmほどで全体的にスラッとした体形の女性だ。
パッと見普通の女性のように見えるが髪の毛の隙間から二本の角が見える。その角は昔話に出てくる鬼のような形でちょこんと頭から生えている。角が生えていなければ大和撫子のような雰囲気の女性だ。
エビナという女性の言葉に賛同したのは羊のような角の生えたシープスだ。しかしシープスとアグリの言った言葉に玲は首をかしげる。
(飲みすぎると危険ってなんだ?しかも俺が命がけとか言い出すし。普通のワインと見せかけてマジでやばいもん入ってんじゃねぇよな)
命懸けと言われてさすがに心配になったのでシエナのほうをちらりと見る。すると相変わらず面白そうにこちらを見ているシエナと目が合った。この場においてこの無意味な勝負を止められるであろう唯一の人物に助けを求めようとするがその必要はなかった。
玲の後ろから一人の女性が現れる。赤い髪のショートカットの女性だ。こちらの女性も背が高い、玲よりは低いが175cmほどありそうだ。若干吊り目で少し気の強そうな感じの女性だがかなりの美人である。
そしてもちろん角が生えている。ちなみにかなりグラマラスな体型をしている。特にお尻のラインが素晴らしい。パンツスーツの女性のお尻のラインほど素晴らしいものはこの世に存在しないと言っても過言ではない。
『ちょっとあんた!明日は大事な仕事があるんだからほどほどにするって言ってたじゃないかい!』
『男の勝負を投げ出して明日の仕事なんてできるわけ───』
『馬鹿言ってんじゃないよ。またエビナちゃんに迷惑かけることになるでしょ。今日はお酒はおしまい。いいね。』
『あっ、はい。だけどあといっ───』
『いいね!』
『あっ、はい』
『ごめんね、玲君。うちの旦那に絡まれちゃって迷惑だったでしょ』
『いえいえ、僕もそうゆうの嫌いではないので大丈夫ですよ』
どうやらこの美人はアグリの奥さんのようだ。しかもアグリは完全に尻に敷かれている。
(この身長差で夜とかどうしてんのかなぁ?まぁとにかく助かった。ありがとう美人の嫁さん)
『いい飲みっぷりだったぞ小僧。いや、玲だったな。お前が魔王軍に入ったのを歓迎しよう』
アグリは巨大な右手を差し出しながら言う。
『いやいや、あんたもたいしたもんだよ』
玲はアグリに称賛を送りアグリの手を握る。お互いにベストを尽くし闘ったスポーツマンのようにお互いを称えあう二人には周囲から盛大な拍手が沸き起こる。
実際には大したことは一切していない。ワインを数杯ほど飲んだだけでしかないのだから。それでこれだけの拍手喝采を送られても反応に困ってしまう。
(なんか凄い盛り上がってるし一応手ぐらいは挙げておいたほうがいいのかな)
KOを決めたボクサーさながらのように玲は右こぶしを突き上げる。同時に歓声はさらに大きくなっていく。これ以上盛り上がってしまうと収拾がつかないのではと、玲が思い始めたころようやくシエナが動き出した。シエナが手を数度叩くと辺りはスゥーーと静まり返る。しかしあれだけ騒がしい中どうしたら軽く手をたたいただけで全員が静かになったかは謎ではある。
『くふふ、良い余興を見せてもらった。お互い見事であった。しかしあまり羽目を外さないようにのう、明日から忙しくなるのでな』
シエナの言葉に全員がはっと言って頭を下げる。そしてそのあと玲とアグリに称賛の声がかけられる。
(そういえばあの教授アルコールに弱い人にも二種類あるっていってたな。アルコールをあんまり分解できない人とアルコールをほとんど分解できない人だっけ。もしかしたらここの魔族たちみんなアルコールをほとんど分解できないのかも)
そんな風に玲が思っているとシエナは玲に向かって歩いて来る。
『玲、お主なかなかいける口じゃのう。わらわが口で魔王軍の幹部にすると言っても、お主が皆に認められるのは少し先になるかと思っておったのじゃが。その心配もなくなったわ。皆もお主に興味を持ったようじゃ、今日は親睦を深めるといい』
『俺のいた世界じゃこれくらい飲める奴なんてざらだったけどな』
『くふふ、そんな面白いところから来たのか。じゃが儂よりも強い奴はおらんじゃろうがな』
(俺とアグリが飲み比べをしている最中止めずにいたのはそんな理由があったのか…。いやただ単に面白そうに見ていたような…。まぁ結果オーライってことでいいか)
シエナが言ったように魔族達は玲に興味を抱いているようだ。周囲の目は玲に向いている。お酒に強いアグリに勝つことでみんな注目している。だがもちろん最初感じたような値踏みするような視線ではなくもっと好意的なものに変化していた。
『よし、みんな飲もうー』
玲は少しずつアルコールが回り緊張も解けたせいかいつもの調子を取り戻していく。
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