婿ではなく我らが魔王軍の幹部として紹介しよう

『失礼致します。玲様をお連れしました』


 ラミは高さ3メートルくらいある大きな両開きのドアの前に立つ警備の男二人に告げる。


 最初にシエナといた男たちもそうだったがやけにガタイの良い男ばかりいる。玲も背は180近くあるし細身ではあるが、ある程度筋肉のついた体をしている。しかしここの男たちはレベルが違う。胸板の厚さや腕の太さが桁違いだ。


『そうか、入っていいぞ』


 警備の大男二人は同時に両方のドアを開ける。


(こんなに大きなドアなら片方開けてくれれば余裕で二人とも通れると思うけど)


 実際それだけ大きなドアだったのでそんなことも思うがわざわざ開けてくれたのだ。そんな細かいところまで言うつもりはない。それに普通の人ならこのドアを引いて開けるだけでも一苦労だろう。


 ギィィィィと重厚な音を立てながらドアは開いていく。大広間の中にいるのは魔王軍の中でも役職を与えられている魔王軍の幹部たち。本当であれば幹部たちを招集しての晩餐会は明日の予定であったが、急遽予定を変更してシエナは幹部たちに招集をかけた。しかしシエナの急な招集にも関わらず多くの魔王軍の幹部たちは集まっていた。


 シエナが魔王になったのは先代の魔王が死んですぐ後、つまりちょうど3か月前のことになる。そして次の魔王を決めたその日シエナは今日と同様多くの幹部たちを呼んでいた。


 魔王を決める際のルールなどは一切決まっていない。より多くのものに認められるのであれば魔王になるのは誰であろうと構わないと言ってもいい。


 ある者は圧倒的な力によって他の魔族を従え魔王になった者もいる。またある者は先代の魔王の血筋だからという理由で魔王になった者もいる。


 シエナに関していえば、先代の魔王の唯一の血筋だとか、圧倒的な魔力を待っていたからなど理由はいくつもあるが。一番の理由はもっと別にある……。それは最も単純な理由である。


 シエナが新たな魔王に選ばれた際には争いどころか、話し合いすらもなかったのはさすがのシエナでも驚いたものである。なぜ次の魔王を決める際に話し合いすらなかったかというと理由はいたって簡単だ。


 先代の魔王の時に幹部を務めていた者たち皆が魔王城に集まりシエナに会った際。皆一様にシエナのことを魔王陛下と言い深々頭を下げてきたからである。


 元々先代からの幹部の者たちは古くから先代魔王に従ってきた者たちであり、シエナが生まれたときには我が子が誕生した時のように喜び。1週間以上も宴を開き飲み明かしていたほどだったそうだ。


 だから魔王軍の幹部たちにとっては自分の娘も同然のシエナが新たな魔王になるのは当然のことであり、誰しもが望んでいることだと幹部の一人が目を真っ赤に腫らしながら答えてくれたのを覚えている。


 幹部の中には昔は野心に燃えており、先代に挑んだ者たちも数多くいたそうだが皆先代に敗れた。先代魔王は勝負の前に必ずこう言ったそうだ。


『もしも私に負けた際は私の部下になり、私の目標のために死ぬほどこき使ってやるから覚悟しろよ』


 そして相手を完膚なきまでに叩きのめした先代魔王は容赦なく敗者こき使った。最初はいやいや従っていたものの最終的には皆先代魔王の人柄に惚れ込み忠誠を誓うようになっていった。


 玲はまだ会ったこともない他の魔族たちのことを心配していたが、実際にはそんな必要どこにもないのである。先代と現在の魔王が人間と共存を望んでいたことを知っている魔族たちもまた、その理想の手助けをしたいと望んでいるのだから。


 ドアの開く音と同時に大広間の中にいた者たちは一斉にドアへと顔を向ける。


(おいおい、マジかよ。ホントにマジかよ)


 玲が驚いた理由はいたって簡単だ。一斉にドアに振り向く者たちの多くが人ではない姿をしていたからである。


 大広間の中は洋画などで見るような、まさしく上流貴族達のパーティーの会場。赤を基調とした色鮮やかな絨毯。広間のあちこちに配置してある、どれだけの価値かわからないようなツボや絵画。そしていくつものクリスタルで出来たような非常に美しいシャンデリアなどなど。そしてその雰囲気には全くといっていいほど不釣り合いな魔物達。


 ある者は身長3メートルに達するのではないかというくらいの大男だ。肌の色は真っ赤でゴツゴツした四角っぽい顔をしていて、こめかみの辺りから捻れた不恰好な角を二本生やしている。


 またある者は身長180㎝ほどでスラッと足の長いモデル体型をしている。しかし決定的に頭部が違う。ヒョウとかピューマのようなネコ科でもサバンナとかにいそうな鋭い目つきの顔をしている。さらに尾てい骨辺りから尻尾まで生えている。尻尾は硬い鱗に覆われザラザラしておりトカゲなどの尻尾を彷彿とさせる。手には白い手袋をしているためどんな手かまでは判断できないが5本指であることだけはわかる。


 そして何より玲が違和感を感じるのはその魔物達の服装である。明らかに人ではない異形の者達が纏っているのはダークスーツである。時には翼の生えているの者もいるためどうやって着ているのかはわからないが全員バッチリとスーツを着こなしている。バッチリと着こなしていても当然玲から見れば違和感の塊ではあるが。


 さすがにそんな異形の者達に一斉に見られれば足が竦みそうになる。一人であれば足が竦んでいたかもしれないがそういうわけにもいかない。なぜなら本当は玲の後ろに隠れたいぐらい怯えているラミもなんとか踏みとどまり。玲の服の裾を摘んで震えている少女の前でそんな格好悪い姿は見せられないからだ。それにシエナの部下であるならこちらに危害を加えることもないだろう。


(いくら見た目が怖いからって話したこともない相手を怖がるなんてさすがに失礼だよな。ラミの話を聞く限り危害を加えてくることはなさそうだし…たぶん…)


 とはいえ何故だか全員から敵意というよりは玲を値踏みするような強い視線を感じる。なんというか数年前の彼女の家に遊びに行った時。たまたま夜勤で昼間家にいた彼女の父親に会った際。彼女の父親から送られてきた視線に非常に近い気がする。


 母親であればニコッと笑って挨拶すれば大抵はなかなかの好印象をいただける。しかし父親に関して言えばその対応は裏目に出る場合も多い。娘が連れてきた男を父親が見る場合。その男の愛想がいいとかはあまり見ていないものだ。変に愛想良くしようとペコペコしてしまうと頼りない印象を与えてしまう。


 娘が連れてきた男が真面目そうなのか、頼りがいのある男なのか、その辺を父親は見ている場合が多い。自分の大事な娘を任せられるのかどうか、そこが一番のポイントになってくる。


 つまり彼女の父親に会った場合は頭を下げて、ハキハキと自己紹介をしてしっかり者アピールをすれば悪い印象を持たれることはまずない。


 まぁ、今回は彼女の父親に会ったときとの場合とは状況がまるで違うが、それでいこうと玲は決意して一歩踏み出す。と、そこで不意に呼び声がかかる。


『どうしたのじゃ玲、着替えてこんかったのか?』


 声のする方向にいたのはシエナだ。絨毯の色鮮やかな赤よりもさらに赤いドレスに身を包み暴力的なまでの美しさで他を圧倒している。周りにいる数多くの異形の者たちでさえも、今は視界の隅にすら映らないほどの美しい。シャンデリアの光で照らされたシエナは自ら光を発する恒星のように光り輝いていた。


『ん、いや、着替───』


 恐らく玲にもここにいる者たちと同じスーツが用意されていたのだろう。玲は着替えなんて持ってないと言おうとして止める。なぜなら右後ろにいるラミに向けるとラミは目をまん丸くして両手で口を覆っていたからだ。


(たぶんさっき俺を起しに来た時に着替えも済ませる予定だったのだろう。俺が長話したせいで着替えのことはすっかりラミの記憶から消え去った。つまりは全部俺が悪いということだな)


『あぁ、俺の寝起きが悪くてな。バタバタしてたせいで着替えてくるのを忘れてきたよ』


 すいませんすいませんと何度も口をパクパク動かしている美少女が右後ろにいたら、誰だって庇わずにはいられないだろう。


『くふふっ、相当疲れておったようじゃな。まぁ良い、今日はお主に…いや、わらわの腹心たちにお主を紹介したくて緊急招集をかけたんじゃ。こちらに来てくれるかの』


 シエナが紹介という言葉を使った途端。さらににらむ視線は強くなったような気がしないでもないが仕方がない。未だ玲の裾を摘まむかわいい少女を引っ張るように腕を振りシエナのいるほうへと足を進める。


(近くで見れば見るほど美しい。近づきがたいほどのオーラに気おされてしまいそうだ。でも今はそれ以外で頭を使わなければならないのでこれくらいにしておこう)


 玲がシエナの目の前に行くとシエナは全体に一度目を配ってから、大声を張っているわけではないが広間全体の隅々まで響き渡る声で言葉を発する。


『今日皆に集まってもらったのは他でもない。ここにいる間宮玲という男を皆に紹介したくて集まってもらった。玲は───』


『お嬢!!!先代亡き今、先代の代わりにお嬢の連れてきた男を見定めるのは我らの当然の役目。そんなヒョロッコイ小僧なんぞに我らのかわいい娘はやれませんぜ!!!』


 非常に低い野太い声でシエナの言葉を遮ったのは、先ほど目に入った皮膚の真っ赤な大男であった。そしてその大男の言葉に賛同するように周囲ではそうだそうだなどと言ってしきりに頷く者が数多くいた。


(女の家でばったり会った彼女の父親と同じような視線ではなく、全く同じ視線だったということか。それにしてもシエナは他人に説明するのをとことん省くよな。自分の思っていることすべて他人に伝わるなんて100%ありえないっていうのに)


 広間は口々に呟く声が重なり合いざわざわと音を立てる。シエナは最後まで話を聞けと言わんばかりにわざとらしく肩を落としため息をつく。そしてシエナが軽く手を前に出すと口を開いていたすべてが口を閉ざし広間には再び静寂が戻る。


『玲はわらわの父の、そして今のわらわの理想に協力してくれる同志じゃ。婿ではなく我らが魔王軍の幹部として紹介しようと招集をかけたのじゃ。我らが勢力で初の人間の仲間じゃ。しかもル・リヴィエイラ王国の新たな勇者をこちら側に引き入れる算段もついておる!』


 おぉ!!さすがはシエナ様だ、とあちこちで感嘆の声が聞こえてくる。


(彼らの反応を見る限りシエナの部下達も人間との共存を望んでいるらしい。とっても喜ばしいことだ。だが、ちょっと待て。俺は協力するとは言ったけど魔王軍の幹部になったつもりはないぞ)


 玲はいつの間にか魔王軍の一員になっていたようだ。しかしラミはずっと掴んでいた玲の腕の裾を離して、数歩後ずさる。シエナの強引さにさすがの玲も苦笑いだ。


 しかし若干ニュアンスが違うとはいえ協力すると言ってしまった手前、今更違うなんて言えない。日本の政治家じゃあるまいし、"発言を撤回します"ととりあえず謝っておけば、許してもらえるわけもない。とりあえずある程度責任を果たしたらさっさと日本に帰ってしまおう。


『あっ、どうもよろしくお願いします』


 一応といった感じで玲は軽く頭を下げて一礼する。


『今日はわらわ達の理想達成の前祝いといこうかの』


 おーー!!と周りにいる魔物達は歓声をあげる。中にはキシィーーとかガチガチとかどこから出てるのかわからない音というか声も、いくらか混じっているが今は触れないでおこう。


『おいっ!酒をあるったけもってこい。今夜は宴だ』


『これだけのメンツが揃うなんて早々ないですからね。私も今夜くらいは飲ませていただきましょう』


 赤い大男が楽しげに声を張り上げ、横にいた紳士風の初老の男がそれに答える。初老の男は、真っ白い髪をサイドで刈り上げ切り揃え。真っ白い髪とは対照的に肌は黒く背筋はピンと伸び歳を感じさせない素晴らしい姿勢だ。あと、クルッと丸まった羊のようなツノは生えている…。


『くふふふ、相も変わらずアグリは宴が好きじゃのう。まあ、シープズが飲むならわらわもいただくとしようかの。玲、お主もイケる口じゃろうな』


『当然!飲み会で鍛えた俺の実力見せてやろう』


 玲は胸を張って答える。


 そして次の日、こんなことを言った自分をつくづく馬鹿だったと玲は反省することになる。

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