私に酷いことして悲鳴をあげているのを見て楽しむんだと思います

 玲は自分の部屋に入るとそのままベッドに寝転んだ。想像すらしたことのない出来事が立て続けに起こり疲れ切っていたのだろう。


 ベッドに横になった途端急激な睡魔に襲われ今後の事など考える間も無く深い眠りについた。普通であれば魔王のいるこんな場所ではスヤスヤと眠れるものなどいないだろう。しかし玲は少し話しただけのシエナのことを信じきっているため簡単に眠気に襲われそれに身を委ねた。


 コンコンコンと玲の部屋の扉を叩く音に玲は目を覚ます。玲がベッドに横になり2時間ほどの時間がたっていた。玲は寝ぼけ眼を擦りボサボサの髪を手櫛で直しながら返事をする。


『はーい、どうぞ』


 失礼致しますと言って部屋に入ってきたのはやはりラミだ。そしてやはりというべきか怯えた目でこちらを見てくる、何をしたわけでもないのに怖がられるのはやはりショックなものだ。


『も、もうすぐ夕食の準備が整いますのでお呼びに参りました』


 ラミがそう告げる。


(そうだ、まずは誤解を解こう)


 玲は現在の最優先事項をラミの誤解を解いて仲良くなろうというものに切り換える。


 玲は今座っているベッドのすぐ横を手でポンポンと叩きながらラミを自分の隣に呼ぶ。


『話があるからここに座ってくれる?』


『えっ、わ、私ですか?』


 玲は無言で頷く。ラミは辺りをキョロキョロ見回してなんとか断る言い訳を探しているようだ。しかしこちらも逃がすわけにはいかない、何もしていないのにこんなにびくびくされていてはさすがの玲でも居心地が悪いのだ。


『大丈夫何にもしないから』


 そう言うと玲は催促するようにもう一度ベッドの横をポンポンと叩く。はたから見れば大丈夫何もしないからと言ってベッドの隣に座るように強制している様は、かなり誤解を生みそうな行為ではあるが下心などは一切ない。この部屋には椅子が1つしかないのでこうやってベッドに並んで座るのが一番話しやすいのだ。


 ラミは断れないことを悟って覚悟を決める。震えるこぶしを握り締め後ずさりしたい足を前へと進め前進する。目から零れ落ちない表面張力ギリギリまでためた涙が零れぬように、ゆっくりと足音すら立てずにベッドに近づく。


 しかしなぜここまで怯えているのかわからない。なぜなら彼女は初めて会った時から物凄くお怯えているのだから。


 シエナはこの子に対して非道なことはしていないと信じている。しかしもしかするとシエナの部下はこの子に対して何かしたのではないだろうか、そんな不安が玲の頭をよぎる。シエナが人間と共存出来る世界を作りたいと思っていてもシエナの部下はどう思っているのかわからない。もしかするとシエナが特別で他の魔族たちは人との共存など望んでいないのかもしれない。実際に会って話したわけではないので何とも言えないが…。


 もし他の魔族たちが人との共存を望んでいないのであれば、ここは玲と明奈にとっての安息の地などではなく敵地のど真ん中ということになってしまう。しかも明奈は勇者などと言われているのだそれが魔王の城にいるとなれば命を狙われないはずがない。いつ明奈と会えるかはわからないが、それまでにここが安全な場所なのかどうか把握しなければならない。


 常日ごろから楽観的な玲であっても命の危険があるならのんびりなどしてられない、命がかかってるのにのんびりしてるのは楽観的ではなくどうしようもない馬鹿でしかない。玲は今置かれた状況を改めて調べていかなければならないと覚悟する。


 一方もう一人のメイド服の少女は揺らぐ覚悟を何とか保ちながら玲の座っているベッドの横に腰を下ろした。ラミは膝の上に置かれた震える両方のこぶし見つめて硬直している。


 自分たちの安全を確保することに気がいっていた玲も、少女のこんな姿を見せられてしまえばその話を後に回すしかない。今はこの子の話を聞くのが最優先事項だ。


『魔族ってそんなに怖いものなの?』


『い、いえ、決してそのようなことは』


 ラミは目だけを素早くキョロキョロさせ胸の前で両手をパタパタと動かし慌てて否定する。


(うん、嘘だね)


 元々人の嘘などはすぐ見抜ける質だが、ラミに関しては誰が見てもすぐ嘘とわかるほどの慌てようだった。


 玲は女の嘘を笑って許すが嘘をつく女の子よりも嘘をつかない女の子のほうが当然いいと思っている。付け加えるなら嘘がうまいとか嘘を付き慣れてるとかいうよりは、嘘を付くのに慣れていなくて嘘が下手な女の子がいい。隠し事が下手な子もかわいいと思う。


 ちなみに明奈は後者だ。明奈は本当に隠し事とかが下手くそだった。明奈が玲に隠し事をするときは決まって両手がそわそわして落ち着きがなくなるのでわかりやすい。


『ラミちゃん勘違いしているみたいだけど、俺魔族じゃなくて普通の人間だからね』


 ようやくのネタ晴らしにラミはすごく驚くかと思いきや表情を変えることもなく聞き返してきた。


『すみません、よく聞き取れなかったのでもう一度仰っていただいてもよろしいですか?』


(なるほど、何でラミちゃんが驚かずに冷静だったかがわかった。あまりにも俺の言っていることが理解できずに聞き間違いということで処理しようとしたんだな)


『俺は君と同じ人間だよ。魔族じゃない』


 玲はラミの目を見つめてはっきりと口にする。


 玲の言葉を聞いたラミは動きが止まり完全にフリーズした。体はフリーズしているがラミは頭をフル回転させて今の言葉を理解しようとする。


(この人が人間?でもでも魔王陛下と親しい友人のように喋っていたし。魔王陛下が大切なお客様とまで言っていたから人間じゃないよね。私を騙して楽しんでるのかなぁ…?)


 正直に話したというのにラミの視線には疑いの色が非常に強く、今の言葉を信じてないように見える。


『ほんとだって、さっき異世界から勇者と一緒に飛ばされてきたんだ』


『えっ、勇者様とですか?もしかして勇者様のお付きの方ですか?』


 勇者という言葉を聞くや否やラミの目は疑うような目から希望を見つけて期待するような瞳へと早変わりする。


(異世界から勇者が来るっていうのはこの世界じゃ常識みたいなもんなのかな)


 異世界から来たと玲が言ってもそこについては特に触れてこなかった理由は、そんなものだろうと判断する。


『お付きというかどちらかといえば保護者みたいなもんだね』


『そうなんですか!勇者様はこちらにいらっしゃらないのですか?』


『ん、あ、あぁ後で合流する予定なんだ』


 急に明るくシャキシャキ喋りだしたラミに若干押され気味になる玲だが、そんなラミを見て嬉しく思う。


(本当のラミはこんな風に明るくていい表情のできる子なんだ。それなのにいつもオドオド怯えながら生活するようにさせた奴は許しておけない。一発文句を言ってやらねばなるまい)


 そんなラミを見て玲は一人で勝手に一つの決心を固めた。


『ラミはなんでここで働いてるんだ?嫌なら辞めればいいのに』


 ラミはまたしても暗い顔をする。恐らくあまり思い出したくない記憶を思いださなければならないからだろう。


『私は元々とある貴族のお屋敷でメイドとして働かせていただいていたんです。でもある時魔王様の部下の方が私たちの前に現れてこう言ったんです。


【魔王陛下がそちらのメイドをうちで雇いたいと仰っておられるので、そちらのメイドを連れて行ってもよろしいですか?返事が決まった頃にまた来ます】そう言い残して彼は帰っていきました。』


 玲はうんうんと相槌を打ってその話を聞く。


(脅してるわけではないし、ここまではそんなに可笑しな話ではない気がするけど…)


 ラミは胸に手を当てて一度深呼吸をする。感情が昂ぶっているからかまだ少し息が荒い気がするが、少し間をおいてラミはまた口を開く。


『赤ん坊の頃捨てられていた私をその貴族の御夫婦が拾って、本当の娘のように可愛がってくれたんです。だから私はその恩を返すためにメイドとして働かせてもらっていたんです。でも私が断ればきっとあの二人に迷惑が掛かるから、だから書き置きだけ残して二人に黙って出てきたんです』


 ラミは大きく息を吸って吐く、そして全部言いましたよと言いたげな表情で見つめてくる。


〈思っていたよりもだいぶ波瀾万丈な人生をラミは送ってきたようだ。こんなにも健気でいい子なのに試練ばかり与えるなんて神も仏もあったもんじゃない)


 しかしラミの話の中でわからないことがいくつかあった。


『もしその話を断ったりしたら何かまずかったの?』


 今の話を聞く限りでは脅されたり強引に攫われたわけではないようだが、断ると迷惑がかかるということは断れない事情があったということなのだろう。シエナは誘いを断られたからといって危害を加えることなどはしないだろう、彼女はそんなことで手を上げるような器の小さな人物ではないと玲の中では確定しているからだ。


 だとするとまだ会ったことはないが・・・・・。いや、そういえば最初にいた街でシエナの部下二人に会っていたことを思い出す。


(そういえば怖そうな雰囲気のあの二人は人間の俺に対して敵意剝き出しだった。やっぱりシエナ以外の魔族は人間との共存なんて望んでいないんじゃないか)


 そう考えるとまたしても不安が少し膨れていく。


『断ったらきっと魔族の大群が襲ってきていました。二人は領地の兵士だけでなく近隣の領主たちに援軍を頼んで、私を守ってくれると仰ってくれました。でもきっと多くの被害が出てあの二人にも危害が及んでいたと思います』


 ラミは両手を握り締め悔しそうに床を見つめながら答えた。


『それはシエナが断った腹いせに魔族を送ってくるということ?』


 玲がそういうとラミは急に眼をキョロキョロさせ辺りを確認する。この部屋にはラミと玲しかいないし、この世界の技術では盗聴器などあるとも思えないがシエナに対する発言にはそれほど気を遣ということなのだろう。ラミは一通り辺りを見回すと視線を玲へと戻す。


『自分に刃向かった人間を魔王様が許すとは思えません。この大陸の先代魔王はあまり派手な動きをしていなかったそうですが、先代の勇者様がいたおかげで攻めてこれなかっただけと聞いております。先代の勇者様がお亡くなりになり勇者様が不在のあの時であれば、魔王様が軍を差し向けてきたはずです』


 今までうんうんと相槌を打ってきた玲だがさすがにラミの回答には首をかしげる。


(この世界の人々からしたら魔王は気に入らなければすべて力ずくで奪おうとする存在なのかもしれない。別の大陸にいる魔王は実際そういう性格をしているのかもしれないがシエナは違う。彼女は本当に人間と仲良くしたいと思っているはずだ)


『ラミちゃんがここに来てから何か酷いことをされたりとかはあった?暴力以外とかでも何か傷つけられるようなこととか?』


『直接の暴力などはありませんでしたけど、たぶんまだ私が怯えているのを見て楽しんでいるだけなんだと思います。もしそれに飽きたら今度は私に直接酷いことをして悲鳴を上げるところをみんなで楽しむんだと思います』


(何とも酷い誤解を受けているじゃないかシエナさんや。ていうかこの世界の人たちからすれば魔族ってそういう風に思われているんだね。俺が知らないだけで本当にそれが正しい認識なのかもしれないけど、話したこともない魔族たちを悪だと思う先入観だけは持たないようにしたいなぁ。今のところラミに対して危害を加えていないようだし、他の魔族たちも共存を望んでいる可能性がだいぶ高まったような気がする)


『シエナは気に入らない人間に危害を加えたりすることはないよ。彼女は人間と争うことなんて望んでいない。君が元いた家に帰れるように俺から言ってあげるから』


 ラミは目を丸くして狂人を見るような目で俺のほうを見つめる。恐らく俺が魔王であるシエナが人間と争わないと言っているからだろう。しかし本当のことだ。シエナは人間と共存したいと願っているのだから。


(シエナは本気で人間と共存したいと思っているみたいだけど、これじゃ絶対に叶わない。人間と魔族の確執はすごく深くて魔族のほうから歩み寄っても、人間の側はきっと拒絶してしまう)


『ありがとうございます。でも私は帰れません』


『ラミが帰りたいと言えばシエナはお家に返してくれるよ。危害だって絶対に加えてこないから』


『玲様の言葉を疑っているわけではないんです。ただ帰ることはできません。もし…もしも玲様のお邪魔にならないのであればその時は玲様のお傍にいさせてくれませんか?』


 ラミは顔を近づけ上目遣いでこちらを見つめる。少女の必死に懇願するような瞳に見つめられてしまえば簡単に断れる男なんてそうはいないだろう。


(俺に惚れたから傍にいたいとか言っているわけではなさそうだな。やっぱり育て親に迷惑がかかることを心配しているんだろうか。でもこんな目で頼まれたら断れるはずがないよな。もしこれを断るようなやつがいるなら即刻自分の息子を切り落として男なんてやめちまうべきだ)


 玲は決心を固めて大きく頷く。それを見たラミは目をキラキラさせながらお礼を言った。こんないい表情を見せてくれただけで、女の子一人の面倒を見ることになるという重圧なんて一瞬で消し飛んでしまうあたり男って本当に単純な生き物だと自覚してしまう。

 勿論面倒を見ると言っても一生面倒をみるというわけではない、シエナに頼んで人間の国に帰れるように手配し、新しく働ける場所を見つけてあげれば十分だろう。


『あっ、長話になってしまいました。もう夕食の支度が整っていると思いますので、ご案内しますね』


 敬語を使ってはいるものの最初とは違っている。オドオドした感じもないし非常に明るく話すようになった。


 ラミは立ち上がりパタパタと動き出す彼女に催促されるように玲も立ち上がりそのあとに続く。


(夕食って何が出てくるんだろう…。ラミだって食事取ってるんだろうし食べられない物は出てこないよな。好き嫌いはないけどゲテモノは食えないぞ。こっちの世界に来てから不安になることばっかりだけど一番の不安は食事かもしれないな)


 そんなことを思いながら玲は部屋をあとにする。


 ラミは彼女の知っている部屋の説明などをしながら大広間まで案内してくれた。説明と言っても書庫だったり、美術品が置いてある部屋だったり、宝石が置いてある部屋などだった。誰かが住んでいる部屋などはなくほとんどが物が置いてある部屋のようだ。実はラミ以外にも使用人が数人いるらしいが城の離れに部屋があるとのことだ。


 特に宝石の置いてある部屋の話をするときのラミの目はキラキラ輝いていたように思える。女の子はやはり光物が好きということだろう。私はあんなに大きくて綺麗な宝石に釣り合うのは絶対無理だなぁなどとため息をこぼしたりもしていた。宝石の話で思い出したのでラミの指を見てみたが、やはり玲と同じように指輪がはめられていた。


 ラミの指輪は玲と違って青い色の玲のものよりも一回りほど小さいものであったが、こちらも十分高そうな指輪の気がする。魔族と人間でも話す言葉が違うのであればラミが指輪を付けているのは当然だろう。だから玲とも普通に会話することができたのだろうと今更ながら納得する。


 玲からはあれこれ質問することはなかったが、大広間に着くまでの10分間ほどラミはずっと説明してくれていた。ホントに喋るのが好きな明るい女の子だ。


(それにしても広い建物だ。廊下はひたすら長く続いているし、部屋の数もたくさんあった。さすがは魔王の城だ)


 玲が感心していると。後ろを歩いていた玲に対し少し振り向いてから告げる。


『もう直ぐ大広間に到着します』


 ラミは押し殺したような声でそう言うとピタリと口を閉ざしてしまった。


 人が10人以上並んで歩いても余裕のありそうなくらい広い階段を降りて直ぐのところに目的地の大広間がある。階段を降りる時に気付いたが玲の部屋は二階にあったようだ。


 大広間の扉が近づくにつれてだんだんとラミはカチコチになりぎこちない歩き方になっていったが、もう少しの辛抱だから我慢してくれと心の中でラミを励ますことにする。

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