ようこそおいでくださいました勇者様

 暗く閉ざらせた視界に光が差し込んでくる。明奈の目の前にあるのは一切汚れのない黒曜石にて作られた見事な台座。


 そしてその台座には明奈の背と同じくらいの大きさのある大剣が刺さっていた。明奈が立っている場所は周りより一段高い祭壇のような場所で周囲には何もなく開けた広場のような場所だった。


(これって剣?置物かなぁ)


 台座と同様にその大剣も見事に磨かれており、刀身は鏡のように明奈を写していた。しかしこの剣はあまりにも大きい。こんなに大きい剣を人が扱うことなんて不可能だ。たぶん置物か何かだろう。


 実際にこの剣を使う人間がいたらどんな大男なのだろう。そんなことを一瞬思うが今考えなければいけないことは別にある。明奈は慌てて思考を切り替える。


 まずは玲の居場所を探さなければならない。明奈は周囲を見渡し玲の姿がどこにもないことを確認する。


(玲ちゃんどこ行っちゃったんだろう?一緒に来てるはずだよね…)


 今現在自分が全く知らない場所で一人ぼっちにいなっていることを確認して不安に襲われる。しかしここに来たのは自分だけではないはずだ。とりあえず事情を知っていそうな人に聞いてみるとしよう。


 幸いすぐ近くにこちらをうかがっている集団の気配を感じる。彼らに聞けばいろいろわかりそうだ、素直に教えてくれるかは別問題だろうが。明奈は振り向きこちらに近づいてくる一行に顔を向ける。


「あっ、ダメかも」


 ついつい声を漏らしてしまった、なぜかといえば近づいてきた集団は見るからに日本人ではなさそうだったから。外国の宗教関係の身分の高そうな人が着そうな服を着た老人や、その後ろに続く同じような格好をした人物達。純白の全身甲冑に身を包んだ屈強な兵士たち。そしてそれに守られるようにして続く少女が一人。


 その少女は浅瀬が続く海外の海のように美しい海色のドレスに身を包み。太陽に反射し眩しく輝くハニーブロンドの髪を腰まで伸ばし、その額には写真でしか見たことのないような宝石が散りばめられた美しいティアラをつけていた。まさに物語に出てくるようなお姫様だ。


 明奈は大学では教育学部の英語学科を専攻しているし、他の言語も全く分からないというわけではない。しかしなんとなく言葉が通じなさそうな気がする。そこにいる人物たちは英語圏の人ではないように思われるからだ。


 言葉が通じないのはかなり厳しい、なによりこの状況でコミュニケーションが取れる人がいないのは心細いし怖い。


(玲ちゃんがいればこんなことはないはずなのに・・・)


 明奈が心細く思っていると近づいてきた一行の中から身分の高そうな神官服を着た老人が進み出て頭を深々と下げる。そしてその後ろにいた人達も続き深々と頭を下げ姫様らしき人物も軽く頭を下げる。


「ようこそおいで下さいました勇者様。わたくしこの国の大司祭を務めさせていただいておりますボードワン=ギュル=モスティディオと申します。そしてこちらにおわしますのが我がル・リベレイア聖王国第63代国王ミンフィア・フィール・キス・ルゥ・リベレイア様でございます」


 大司祭という老人が言うとその後ろから少女が出てきて言う。


「初めまして勇者様、いきなりの異世界からの召喚に戸惑っていることでしょう。聞きたいことも多々あるとは思いますがまずは我が城へいらしてください、詳しい話は城でしましょう。その前に一つお名前をお聞かせ願いますか」


 ・・・・・周囲を確認したが彼女たちが話している方向にいるのは私しかいない。言葉が普通に通じるとか以前にかなりわけがわからない。言葉は通じるけど彼女たちの言っている言葉が理解できない。勇者、異世界、召喚。冗談にしては荒唐無稽すぎて私を騙そうとしているようには思えない。だからといっていきなり信じようともとても思えなかった。


 何にせよ事情を知っているようだし、敵意も感じられないのでひとまず彼らに頼るより他はなさそうだと判断し彼女の質問に答える。


「早見明奈と申します。確かに聞きたいことはたくさんありますが、城へ行く前に一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なんでしょうか」


「私と一緒に玲ちゃん…間宮玲という男の人がここに来てるはずなんですけど居場所に心当たりはありませんか?」


「元の世界にいたときちょうど一緒におられた方でしょうか?しかし心配する必要はありません。エデンに選ばれたものはあなただけですのでその殿方は元の世界にそのままおられるでしょう」


「でも玲ちゃんもあの召喚に一緒に巻き込まれていたんです。きっと近くにいるはずなんです」


 明奈が迫るように言ったため姫は一つ頷き答える。


「選ばれたもの以外が異世界から来たという話は聞いたことがありませんが、あなたが仰るのであればそうなのでしょう。この都市におられるというならすぐに見つけられるはずです。見回りの兵士を総動員してすぐに探しだし城へご招待いたします。すれ違いになってもいけませんしまずは城へいらしてください」


 本当なら自分も一緒に探したいが土地勘のない自分がむやみに探し回っても、お互い迷子になってしまうだけだ、そんなことわかってる。いくら玲ちゃんが人見知りもしない社交性のある性格だとしても、なにもわからないこんな土地で自分のように事情を知っていそうな人が近くにいなければさぞ困るだろう。


(玲ちゃんにはいつも助けられているからこんな時ぐらい私が玲ちゃんを助けてあげたい)


 そして何より自分が不安だから合流したいという思いがある。しかしここはやはり城で待つのが最善である。自分が下手に動く のはいけない。みんなに迷惑がかかってしまう明奈は何度も自分に言い聞かせ渋々自分を納得させる。


「わかりました、よろしくお願いします」


 明奈は鎧を着た一人の男性に玲の外見の特徴を告げると男性は姫と近くにいた一番体格のいい隊長らしき人物に頭を下げるとその場を去った。


(おそらく玲ちゃんを探しに行ってくれるのだろう。彼らに任せるとしよう、よくわからないが彼らにとって私は勇者で賓客待遇のようだし)


 鎧を着た男性の姿が遠のくと少女は数歩歩み寄り私に無理難題を言ってきた。


「城に向かう前にそちらの聖剣を抜いていただけませんか?」


 何故だが知らないが私のことを聖騎士と勘違いしているこの人たちは当然のようにこの大剣を抜けると思っているようだ。


 明奈は運動神経は悪いほうではないが中の上くらいで、力もたぶん平均的な女子くらいはあるだろう。でも少し力があるかどうか関係ないだろうなにせ目の前にある剣は明奈と同じくらいの大きさがある。自分と同じ大きさの鉄の塊を持ち上げてくださいなんて言われても普通に無理だ。


 そもそも何キロあるのかもわからない剣を下手に持とうとして倒れ掛かってきたら大怪我ものだ。とにかく断ろう、そう考えて答えるのを渋っていると、少女は私の不安を察したかのようにさらに口を開く。


「あなたはこの聖剣に選ばれ呼ばれてきたのですから聖剣の重さを感じることはありません。逆に選ばれたものでなければいくら力自慢であろうともその台座から1mmたりとも動かすことはできないのです。少し触れるだけでもわかるはずですアキナ様」


「は、はぁ」


 少女はさも当然かのように意味不明なことを告げる。これが演技で全てが大掛かりなドッキリではないかと疑いたくなるようなことではあるが何故かこの少女の言葉は真実しか告げていない気がする。しかし真実を言っているかもしれないが勇者が自分であるはずがない、偶然この場に居合わせただけで少女達は自分を他の誰かと勘違いしているのだろう。


 ならば私が勇者でないという誤解は早めに解いておかなければお互い良いことはないだろう。私が聖騎士でないことをはっきりさせ玲ちゃんを探してもらって早く家に帰りろう。そう決めると後ろを振り向き聖剣と呼ばれる大剣の柄に触れる。


 瞬間、眩い光が辺りを包む。昼間であるというのに直視することができないような強い光だ。思わず一瞬目を閉じてしまうが瞼の下では太陽を直視した後に見えるあの残像のようなものはなかった。


 恐る恐るもう一度瞼を薄く開いてみるが何故か直視しても眩しくは感じない。背後からはなんて輝きだとか、ここまでの力を持っているなんてとか呟いでる声がするので後ろを見ればみな一様に目を隠し光を避けていた。


(この光眩しいようで直視しても眩しくないのに、この人達は知らないのかな?)

 

 と不思議に思う。


 そしてなぜだかわからないが体がポカポカしてきたというか、心が満たされていくというか、言葉では表現しづらいがそんな感覚になってきた。


(この感覚を何かに例えるのであれば…一時間くらい温めのお湯で半身浴した後のあの感覚…いや、ちょっと違うなぁ。フワフワトロトロなオムライスを食べた時…んー、それも違う。んー、玲ちゃんと一緒にいる時の安心感。)


 まぁ、一番近いのは最後のだろうか。はぁ、玲ちゃん今頃何してるんだろう。一人ぼっちにしないでよ、いつもみたくそばにいてよ…。明奈はほんの少し寂しく思うものの暖かい光のおかげで先程より寂しさはだいぶ薄らいでいる。かといって寂しさが完全に消えることがないことに少し安心感を覚える。

 何もわからないこんな状況で玲ちゃんもいないのに、さっきまでの不安も消え全てうまくいきそうなそんな根拠のない自信が今の明奈には溢れている。たぶん今私が触れているこの剣から発せられている光の影響だろう、もちろん理由などは見当もつかないけどそうだろうとなんとなく理解できる。


 そういえばこの大剣を持ち上げてくださいという無理難題のことをすっかり忘れていた。正確に言えば無理難題だったというべきだろう。少女が少し前に言っていた選ばれたあなたなら重くは感じないという不明な言葉の意味がわかった気がする。まだ触れただけで持とうとはしていないがわかる、私ならこの大剣を簡単に持てる。


 そうして明奈は少し背伸びをして大剣の柄の部分を片手で掴むと音もなく台座から引き抜く。その大剣は少女の言っていた重さを感じないという言葉が、真実であったと簡単に納得できてしまうほど容易く引き抜かれた。


 軽くと言っても見てる側からは重量が全くないようには見えない、平均的な体躯の女の子がかなりの重量がありその身の丈と同じほどの大剣をいとも容易く引き抜く光景は瞬間の驚きのあと納得に変わった。


 明奈のような普通の女子が持つにはあまりにも不釣り合いで巨大な大剣のはずだが見ているとなぜだか様になっているように見えるから不思議だ。最初からこの少女が持つためにこの聖剣は存在していたのではないかと見ているものからそう思わせるほどに少女の姿は凛々しいものであった。


『やはりです。やはりあなたは素晴らしい。先代の聖騎士も偉大な人物で数々の伝説を残しましたがあなたからはそれ以上の力を感じます。あなたならきっと魔王たちを滅ぼし人類の安寧を手に入れてくれると確信いたしました』


『え、えーっと…魔王を滅ぼす…?』


『はい、はるか昔より人類は魔族と戦っております。ですが戦いは劣勢を極めておりあなたのような適性の高い人物を異世界より召喚し何とか対抗しているのが現状です。』


『…は、はぁ』


 これが夢であるなら早く冷めてほしい夢だ。しかし夢ではないしドッキリといった類のものではないこともなんとなく理解しているが、いくら何でもいきなり魔王を滅ぼせとか言われてもなんと反応していいかわからない。今自分が持っている聖剣とやらが私に反応して光ったこと、この聖剣が自分以外ではこの聖剣が反応しないであろうということも理解できた。もちろん頭ではさっぱり理解できていない、なんとなく心で理解できているといった感じだ。


 だから自分がこの剣に選ばれた勇者になってしまったこともわかる。わかりはしたがかといって魔王を倒してくれとか言われても倒す気などさらさらない。ゲームとかそういうものはあまりやらないが、魔王とはゲームとかに出てくるあの魔王なのだろうか?それなら自分が今いるのは日本どころか地球ですらないということなのか…。


 さっきのよくわからないワープとか剣のことを考えれば、異世界に迷い込んでしまったと納得せざるを得ないのかもしれないが、命がけで魔王と戦うなど論外だ。


 もしここが異世界だとしてもここに来るこができたなら帰ることだってできるはずだ。玲ちゃんを見つけてもらった後すぐにここから去ろう。この剣が私をここに連れて来たのだから、この剣の力を使えば帰ることも可能だろうから。明奈は心の中でそう決心する。


『ではお城へ案内いたしますのであちらの馬車へどうぞ』


『わかりました』


 少女がそう言って後ろに歩き出すと少女の後ろにいた兵士たちは道を開ける。明奈も少女に続き歩こうとするが剣は邪魔なので台座に戻そうとする。


『あ、あれ…?』


 しかし最初に剣が刺さっていた場所にはまるで跡がない。確かにこの石に剣は刺さっていたはずだがと不思議に思うがこのままでは困るし、聖剣とか言われているこの剣を無造作に下に置いておくのも気が引ける。邪魔だしこの剣消えてくれないかなぁと考える瞬間手から剣が消えた。

 

 突然の出来事に明奈は目を丸くするが今更これくらいのことで驚くこともないかと自分に言い聞かせ納得する。たぶん自分が消えろと心の中で考えれば消えるし、逆に出て来いといえばこの剣は出てくるのだろう。


〈出てきて〉


 試しに念じてみると予想通りに剣は現れた。やはり今いる場所は元いた世界とは違う異世界なのだろう。なんかもうどうでもいいや。明奈は冷静に再確認すると、戻ってと念じて再び剣を消した。


 なんだか疲れた。肉体的には全くと言っていいほど疲れていないが精神的に疲れてきている、とにかく一旦休みたいしお城で休ませてもらおう。


 そして明奈は重い足取りを踏み出し少女の向かう馬車へと向かう、これ以上厄介なことに巻き込まれませんようにと願いながら

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