やはり面白い男よ、気に入ったぞ
少女はスタスタと歩き出す。飲み物を買いに行っていたらおいてかれそうだ、そもそも日本円しか持っていないわけだし買えなかったことに気付いた。お金がないのはいろいろ不便だ。女の子をお茶に誘うこともできない。
どうやってかはわからないが、少女は人ごみの中を誰にもぶつからずスルスルと抜けていく。そして少し進んだ先にある一際大きな一本の木が日陰を作るベンチに腰を下ろした。おそらくそこで話をしようということだろう、
俺もその隣に腰を下ろし話始める。まず最初に聞くことは既に決まっている。そうそれはもちろん彼女の名前だ。これから話すのに名前の一つも知らないんじゃ不便だから名前を聞いたのであって、特にやましい感情があるわけではない。そもそもいくら美少女とはいえ幼すぎる。日本なら中学生くらいだろう。
そもそも玲は大人っぽい女性のほうが好きなのである。同級生や下級生より上級生のお姉さんのほうが玲の好みなのだ。玲は決してロリコンというわけではない。
「俺の名前は間宮玲、玲と呼んでくれ。君の名前も教えてくれないか?」
「シエナじゃ、シエナと呼んでくれていい。それで玲、わたしになんの用がある?」
よくわからないが彼女はいまだにこちらを警戒しているようだった。俺ほど無害な人間などそうそういないと思うが。
「さっきも言ったが俺はここの住人ではないんだ。ワープみたいなものに巻き込まれて日本から来たんだ、日本語のわかるのが君しかいなかったからいろいろ聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「来たのはさっきか?」
ワープとか自分でもよくわからないことを言っていると思うが彼女はそれには触れず予想とは違う質問を返してきた。しかし少し変わった子なのだろうとあまり深く考えないようにする。いつ来たかという質問はとても大事なことかもしれないわけだし。
「ん、あぁ。ついさっき来た。たぶん一緒に黒髪の女の子も来ていると思うんだ、俺の探し人はその人なんだが。君は忙しいみたいだしできれば君以外に日本語のわかりそうな人のいる大使館みたいな場所はないかな?」
シエナは少し考え込む。この子は考え事をするとき相手の目をずーっと見つめる癖があるようだ。
「タイシカンというものは聞いたことのない店だな。だがぬしの連れには少し心当たりはあるぞ。もしやハヤミ・アキナという女子ではないか?」
ビンゴだ!!今日はよくわからないできごとがあった割に運気は悪くないようだ。神は信じていないがこの子との出会いには神に感謝してもいい。
「そ、そうだ、まさしくその子を探していたんだ。もしなにか知っているんなら教えてくれないか?」
彼女は少しの間考える、例のごとくこちらの目を見つめながら。そして彼女は顔の表情を緩め笑顔を作る。子供がいたづらをするときに作るような笑顔というより、謀略を考えついた策士の浮かべそうな不敵な笑みを…。
「よいぞ話してやろう、だがこちらもいろいろ聞きたいことができた。順番にお互いの聞きたいことを質問するということでどうかの?」
「あぁ、構わないとも。何でも聞いてくれ、俺は隠し事をしないタイプだからな」
少女は一瞬躊躇うような表情を見せたあと口を開いた。
「では私から質問させてもらおうか、そなたは魔族と人間が共存できると思うか?」
(ん?さっそく意味が分からない質問が来た。何でも聞いてくれとは言ったがこんな質問されても玲には答えがない。そもそも魔族とは作り話に出てくるような悪魔のことだろうか。もしかしたら実はかなり頭の残念な子なのだろうか)
玲はどうやって受け流そうか考えるが考えが変わる。なぜなら少女の目は今まで見た中、といってもわずかな時間ではあるが、その時間の中で一番真剣な眼差しを向けてきていたからだ。こんな真剣に見つめられれば適当に答えるわけにはいかない。しかしいくら考えたところでちゃんとした答えが返せそうにないので、彼女に質問を返すことにする。
「共存とか以前に魔族というものがよくわからない。悪い悪魔とかっていう定義でいいのかな?」
少女は小首を傾げながら不思議そうな顔をした後。少し悲しげな眼をした。意外と感情を表に出すタイプのようだ、だが少女が何を不思議に思い何に悲しみを感じたのかはわからなかった。
「悪い魔族のことを悪魔というのはわかるが、悪い悪魔という言い方は少し変であるな。それに魔族のすべてを悪と断ずるような物言いには納得できかねるぞ。お前たちのいた日本とやらには魔族はおらんかったのか?」
質問を質問で返したらさらに質問で返ってきた。このままでは埒が明かない。玲はとりあえず話を先に進めることにする。
「魔族が実際に存在するという話は聞いたことがないな、だが悪い魔族でないならば人と共存出来る可能性は十分あるだろうな」
俺はあまり深く考えずにそう答えてしまった。少女がかなり頭の残念な子であるという可能性も捨てきれないが、とにかく一度話を切ることにしたほうがよさそうだ。
「次は俺から質問してもいいかな?」
しかし彼女はその言葉には反応しなかった。なぜかはわからないが彼女は驚いて目を丸くしている。
(俺が魔族と人間が共存できると言ったことに驚いたのだろうか?何か変なことを言ったのかもしれない) 玲がそう考えていると。
「くふふ、わらわの理想───」
小さな独り言のように呟いたせいで後半は全く聞こえなかったが少女はそんなことを呟いていた。そして少女は美しく整った顔に輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
わらわの理想?などと急に言いだした少女はやはり頭が残念な子かもしれない。だがそんな些細なことどうでもいい、今は少女の輝かんばかりの眩い笑顔をいつまでも見つめていたかった。玲は数秒間完全に見惚れていたが何とか我に返る。
(明奈のこともあるいつまでも見惚れているわけにはいかない、話を進めねば)
『早見明奈っていう女の子が今どこにいるか知っていたら教えてくれないか?』
この少女に気をとられている事は勿論否定しないが、大切な妹のような幼馴染の存在を忘れたわけではない。少女が明奈の事を知っているという事はこの辺りに一緒に飛ばされたのは間違いないだろう。出来るだけ早く情報を知りたいから単刀直入に聞いてみる。少女は一度頷くと口を開く。
『アキナという女はあそこに見える城におるじゃろな。心配せずとも害を加えようなどと考える人間はおらんじゃろ』
少女はそういうと城がある方向を白く細い手で指差す。ここから距離はだいぶあるが立派なためよく見える。日本に住んでいるから城なんてものはディズニーランドのシンデレラ城くらいしか見た事ないがやはり本物のお城は別格だ。シンデレラ城がとても小さく可愛らしいものに思えるほどに少女の指差した城は巨大で荘厳な雰囲気だった。
雨や風で風化したり壁に汚れなど一切ないかのような美しさであり。単に新しくて汚れがないというよりは、毎日城全体を綺麗に磨いているかのような綺麗さであった。でなければこんなにも美しいままで長い歴史を感じさせる外観は維持できないだろう。
しかしなぜ明奈だけ城に招かれているのかという疑問が浮かんだので聞いてみようと思ったが次の質問の順番は少女だ、ひとまず明奈の安全は保障されていると少女が言うので焦る必要はないだろう。そう考えていると彼女は口を俺の方に近づけてきて小声で尋ねてくる。
『では、次は我の番じゃな、そなたはそのおなごとどんな関係じゃ?』
上目づかいで下から覗き込む少女の紅い瞳は年端のいかない少女が出せるようなものではない妖艶さがにじみ出ていた。そしてその大人っぽさと同時に人をからかうような子供っぽい表情もしていたためアンバランスのようであり実に彼女らしい表情でもあるような気がした。
少女がからかうような表情をしているのは俺と明奈の関係に無粋な想像をしているようだったが少女は勘違いをしているようだ、年長者として少女の間違いを正してあげねばなるまい。
「明奈の親と俺の親が昔からの親友で、小さい時からほとんどずっと一緒にいたから妹みたいなもんだ」
「そうか妹か…やはり使えるな」
少女は一人で勝手に納得したようでしきりに頷いているが、使えるというのは俺のことだろうか、明奈のことだろうか。できればこれ以上変なことに巻き込まれるのはごめんだ。なんだか少し嫌な予感がするが一旦置いておくことにしよう。
「じゃあ次の質問、明奈と合流したいんだがどこに行けば会えるかな?」
「今は会えないじゃろ。では次は我の番じゃな」
「ちょ、ちょっとタイム!!」
今は会えないと即答し自分の質問を始めようとする少女に咄嗟に待ったをかける。確かに少女は質問に答えてはいるが情報が少なすぎる、腹の探り合いをしているわけではなく単にお互いに情報交換しているだけなのだもう少し説明してくれてもいいじゃないかとも思ったが順番というルールを破っているわけではない今回は見逃そう。
俺は大人だからこんな事に腹を立てるはずもないし、当然少女の次の質問に対しても親切丁寧に答えてあげるとしよう。
『いや、ちょっと説明少ないと思ったんだがまぁいい、続けてくれ』
『そうか?では質問を…いや、質問ではないな、これは提案じゃがアキナとやらに会わせてやるから私について参れ』
こっちにはまだ聞きたい事があったが少女は知りたい事は聞き終わってしまったようだ。少女は有無を言わさない態度でこちらを見つめてくる。かなり強引なタイプのようだ。他にアテはないし俺のモットーは即断即決だ彼女について行こう。俺が行くと決めると同時にそれを見計らったかのように少女はふわりと立ち上がる。
『こちらの探し人もちょうど来たようじゃ』
彼女はそう言うと視線を俺の後ろのほうへ向ける。俺は後ろに振り向き彼女の視線の先を見る。
視線の先にいたのは目つきの悪い二人の男たち。向かって右側の男は向かって右側を歩くのは2mくらいありそうな長身の男。背が高いといってもひょろりとした感じではなく、かなり筋骨隆々とした体つきであるのが大きめのローブの上からでもひしひしと伝わってくる。
(この男はみるからにやばい…。)
もう一人の男は170cmほどの背でありながら、平均的な成人男性の2倍はあろうかと思われる分厚い胸板。はち切れんばかりの上腕が上に着ているローブ越しからでも伝わってくる。こいつもやばい。街でこの二人が反対側から歩いてきたら道が混んでいようとも、ほとんどの人が道を空けるであろうオーラを放っている。そしてその二人ともこちらを警戒し観察するような目をむけながら近づいてくる。
(あー、嫌な予感がする。絶対堅気じゃないじゃんこの人ら・・・。普段なら絶対関わりたくないんだけどなぁ)
唯一の頼りだし明奈のことを知っているならと諦め交じりに覚悟を決める。
少女は近づいてきた二人に告げる。
「こいつは客人だ警戒しなくていい、熱心にお茶に誘われてしまったのでな、せっかくなので我が家に招待した」
「かしこまりました」
男たちはそう言われると逆に警戒心と敵意をさらに増したようだ。二人は少女のボディーガードといったところだろうから警戒するのは仕方ないか。
「では参ろうかの」
少女は彼らを気にする様子もない、いつものことなんだろうか。少女はこのまま自分の家に移動しようとしている。ほんの少し少女と会話しただけだが少女のことは信用してもいいと考えているのでついて行ってもいいと思っている。二人のボディーガードがかなり危ない雰囲気ではあるが大丈夫な筈だ。うん、たぶん大丈夫。
流れに身を任せフラフラするのは楽でいいが、ひとまず状況をまとめておいたほうがいいだろう。玲は普段使わない頭をフル回転させ状況を整理する。
『まだまだ君には聞きたい事があるんだけど、とりあえず今ある情報から判断すると、君はこの国のお姫様もしくはかなりいいとこのお嬢様。そんでたまたまお忍びで辺りをふらふらしてたら俺に話しかけられて、少し話をしてみるとなんらかの事件に巻き込まれて現在保護している、明奈って女の子の関係者っぽいからお城へ連れて行って合わせてくれようとしている。ていうのが俺の推察なんだけど。どうだろうか?』
今ある少ない情報を駆使してここまでの推理ができれば上等だろう。この少女も地味目のローブを羽織っているものの話し方や佇まいからは気品をというものを感じるから高い身分であることも間違いではないだろう。と自信を持って尋ねる。少女はクスクスと笑った後答える。
『姫か、悪くはないのぉ。主の推察もなかなか良いぞ』
(やはりだ、俺の推理はかなりいい線いっていたようだ。少女がお姫様っていうのにも割と自信があったがそっちは少し違ったようだ。)
「やはり面白い男よ気に入ったぞ」
そして少女は聞き取れないくらい小さな声で呪文のような言葉を呟く。それと同時に彼女を中心に赤い魔法陣が地面に浮かび上がる。色は違うがさっき俺たちをワープさせたときのものに似ている。若干模様も違うような気はするがたぶん同じようなものだろう。つまりはあれだ、またワープに巻き込まれるということだろう・・・。
(はぁ、疲れた。今日はいろんなことが起こりすぎた、俺はもともとあまり考え事をするタイプではないんだよね。自由気ままにいつも好きなように生きるのが楽でいい。向いていない、柄じゃない、慎重に考えるタイプではない。よし流れに身を任せよう。なるようになるっしょ。)
そんなことを考えていると視界が暗闇に包まれていく。自分の体の感覚が一瞬薄れていくこの感覚…慣れそうにないな、慣れたくもないが。
視界が切り替わり次に見えた景色は…。
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