ねぇねぇそこの彼女俺とお茶しない?

 あなたの思う平和とは?という作文を中学の頃書かされたことがある。確か歴史の授業で戦争や貧困についてのことを勉強した時のことだ。国語の授業でもないのに作文を書いて提出しろなんて、随分面倒なことをさせるものだとその頃は思ったのを今でも覚えている。


 書いた内容は他愛もないことだったと思う。争い事のない世界とか、みんな笑って安心して暮らせる世界だとか、みんなが幸せだと思えるのであればそれが平和なのだろうと。


 それから10年近く経った今、同じタイトルで作文を書けと言われたとする。もし今書いたとしたら、少し難しい言葉や新しく覚えた漢字を使う程度の違いはあるだろうが、内容は大して変わらないものだと思う。もちろん成績に響くと言われれば大仰な言葉を使い、思ってもない言葉をすらすら書いていくかもしれないが。


 それでも今書くとすればやはりみんなが幸せに安心して暮らせる世界が平和であると書くだろう。そもそも平和な世界に暮らしている人間ならその程度のことしか書けない人の方が多い気がする。でもおそらく平和なんてあまりにも漠然とした言葉に対する意見とはそんなものが普通なのだと思う。




 少ししゃがれた声を張り上げ客引きをする屋台の店主の叫ぶ声で目を開ける。そこは明らかに日本とは異なる場所だった。日本の全ての場所を知っているわけではないが一目でわかるほど日本とは異なっていた。まず第一に街並みが大きく違う。立ち並ぶ家々は日本の建築様式とは明らかに違うもので、日本というよりは昔のヨーロッパのどこかにありそうなそんな建物だ。


 他には広い石畳の路地の左右には出店のようなものが多く並んでいる。日光を遮るように4本の木の棒を柱に布をつけその下に木製の棚。そしてその棚にはなんの肉かは知らないが肉の塊が置いてあったり、見た目がトゲトゲしく赤や黄色といったカラフルな南国の果物のようなものが置いてあったり、赤い色のワインのような飲み物が入った樽がいくつも置いてあったり。などなど。実にさまざまな店が並んでいた。


「どこだここ・・・。なぁ明奈?・・・あれ明奈ぁ?」


 玲はそうつぶやいて辺りを見渡す。しかしここにいるのは玲一人、明奈の姿はどこにも見当たらない。明奈は少し引っ込み思案なところがあるのを玲はよく知っている。どこかもわからない場所に来て一人で行動するようなことはしない。そもそも玲を置いてフラフラと歩き回ったりもしないはずである。


(正直なにがなんだかさっぱりわからない。わからな過ぎて何から考えればいいか考えなければいけなくなりそうだ。でも今すぐに考えなければいけないことがあるな。日本語のわかる人を探すこと、現在地とどうやって戻る考えること、そもそもなんでこんなところに来たのか調べて、いや違う。それは後回しだ、全部後回しでいい。それも重要だが現在最重要なのはひとつ。おそらくいや確実に一緒にここへ来たであろう明奈を探すこと。)


 玲は左手で抱いた明奈の体の感触が薄れていくあの感覚を思いだす。俗にいうワープ というものなのだろうか。地面が光ったと思ったらいきなり公園の景色が薄れ、暗闇に包まれ自分の体の感覚がなくなっていきわけのわからない場所に飛ばされる。そういうものは詳しくないし考えたってわかるわけがない。


 それよりまずは明奈を探すとしよう。そのためにまずは言葉の通じる人間を探す必要がある。


 玲は人見知りをするようなタイプではないのでその辺にいる人に話しかけることなど造作もない。それにコミュニケーションを取るのはわりと得意なほうだ。しかし言葉が一切通じなければ人見知りするしないとかそれ以前の話なわけだが。


『英語だったら何とかいけるかなぁ。俺が日本人でいろいろ困ってますって言えば、親切な人が日本語通じる人とか紹介してくれるっしょ。』


 授業で習った程度のつたない英語でも頑張れば通じる。玲はさっさと覚悟を決めると人ごみに向かって歩き出した。


「それにしても賑やかだなぁお祝いごとでもあんのか?」


 日本とは時差があるようで太陽はほぼ真上にある、恐らく昼間だろう。しかしそれにも関わらず大人たちは酒を片手にはしゃぎ、ダンスを踊っている者までいる。祭りや祝いごとでもないのに昼間からこんな賑わいをしているならばなにかあるのだろう。


(俺たちがここに来たことと関係ある…わけないか。当然のようにだれも俺を気に留めていないようだしたまたまだよな。)


 そんなことを考えながら日本語のわかりそうな人を探してみるがいない、得意ではないが簡単な英語を使って情報収集してみよう。英語ならわかる人もいるだろう。


 まず俺は店で果物らしきものを買って歩き出した20代後半くらいの薄い金髪の女性に話しかけてみる。


「excuse me?」


「***********************」


「……Can you speak English?」


「*******************」


(なるほどさっぱりわからん。それに英語でもなさそうだ、英語は得意ではないが今の言葉が英語とは全く別の言語らしいということくらい俺にもわかる。)


 女性は不審者でも見るような顔をした後、肩を竦めてそのまま立ち去ってしまった。だが言葉が通じないのなら追っても仕方がない。


 玲はどうしたものかと辺りを見渡しながら歩き出す。


(今後のことを考えようにも明奈と合流しないことには始まらないしな。他のことは明奈を見つけてから考えればいいし。)


 言葉も通じないしどうやって明奈を探すのが効率がいいか考えながら玲はフラフラと歩いていく。明奈を探して辺りを見ながら歩いていると不意に玲の視線が釘付けになった。意識的に目の動きを止めたというより、眼を動かす神経を誰かに操作され視線がそこにとどまるように強制されたかのように無理矢理玲の視線は釘付けになった。


 その視線の先には一人の少女がいる。暗い色のローブを着てフードで顔を半分以上覆い周囲を観察するように見渡す怪しい少女だ。しかし玲ならばわずかに見える顔立ちから女性だと判断することなど容易い。そして間違いなくこの子は超美少女だろう。


(こういうのは得意だ、プリクラという名の別人を生み出す機械ですら俺の目をごまかすことはできないのだ。髪や手で輪郭を隠蔽し、目を隠そうとも俺には雰囲気でわかる。美人というのはオーラが違うのだ。そんな俺のセンサーからするとローブを着た少女は間違いなく美少女。ならば声をかけるのが当然だ。そこに美人がいて声をかけないのはあまりにも失礼な行為だ。顔を隠していて明らかに怪しい人物であろうとも美少女であるなら無視はできない。してはいけないのだ。)


 玲は勝手に自分の中で決意を固めて怪しい少女に近づいていく。


「ねぇねぇそこのお嬢さん、よかったら俺とお茶しない?」


「…ん?誘いは嬉しいが今は人を探しておるので暇しておらんのだ、許せ。」


「これは奇遇だな、ちょうど俺も人を探している途中だったんだよ君の探し人一緒に探そう、二人のほうがきっと効率がいいからね。」


「いや、こちらはすぐに見つかるおぬしはおぬしの探し人を探すがよい。」


 この手の誘いには慣れているのだろう少女は困る様子もなく誘いを断る。


(それにしてもかわいい声だ。幼い見た目とは裏腹にかなり大人びた話し方だったが・・・・・。

 いや、待て待て待て待て待て待て待て。日本語で会話が成立しているじゃねかぇ!まじか、ナンパしたらその子がたまたま日本語が使えるなんて何たる幸運。きっと日ごろの行いの賜物だろう。)


 玲は普段の自分の行いの良さに感謝しつつ少女を何とか引き留めようと話を続ける。


「ねぇちょっと待って。君言葉が通じるんだね。」


 聞きたいこともあるし玲はそのまま話を続けようとすると、急に少女は鋭い視線をこちらに向け睨みつける。


 今まで若干下を向きながら答えていた少女だったが見上げることによってその顔の一部をより多くのぞかせる。透き通るような白い肌に鮮やかな紅色の瞳。小さく整った鼻に潤った薄い唇。最高の人形職人がすべての顔のパーツを手作りしたかのような。完成された美術品のような美しさだった。

 

 眉間に若干のしわを寄せ下から睨みつける格好になってはいるがそれが違和感なく意外と様になっている。しかし少女に見惚れるのもほどほどになにが少女の怒りに触れたのか考えるべきだろう。そう思っているところで少女が先に口を開く。


「最初からわかってて近づいてきたのかの。魔法の気配は感じんが、他にも協力者がいるということかの?今騒ぎを起こすつもりはない、すぐに去ろう、見逃せ。」


 少女は勝手に話を打ち切りこの場を去ろうとする。


 なんとなくだがこの子以外に日本語を話せる人が見つかりそうな気がしない。何よりこのままさよならではもったいない。これ以上彼女を警戒させないように引き止めよう。よくわからないが、顔を隠していることや誰かに狙われる可能性のあることを仄めかす発言から、彼女はこの場にいるのはまずい身分の人間のような気がする。まずは敵ではないことを伝えねば。


「俺はこの辺の住人じゃなくて他の人と言葉が通じないんだ。さっき君が日本語を話せたからああいう発言をしたが他意はない。君には迷惑がかからないよう努力するからお茶に付き合ってくれ。」


 あくまでお茶に誘うことはあきらめない、それに玲はこの少女にいろいろ聞きたいことがあるのだ。立ち話をするよりはどこか落ち着ける場所で話したほうがいいだろう。少女はこちらに振り向き玲の心の中を探るように玲の目をじっと見つめる。そんなに見つめられるとさすがに照れる。


「職業柄目を見れば相手が嘘をついているかどうかわかるが…なるほど本当に嘘はついてないようだな。よかろう、少しなら付き合おう。だが店には入らん、いいな。」


(よかった、日本語のわかる人を捕まえられた。これで明奈を見つけるのもやりやすくなるはずだ。)


 玲は安堵に胸を撫で下ろす。


「うん、それでいいよ。じゃあ飲み物でも買ってこようか。」


「いや、遠慮しておこう、のどは渇いておらん、少し話をするだけじゃ。では行こうかの。」


 そして二人は人ごみの中へと歩を進める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る