俺は単なる勇者の幼馴染ですが

三國氏

始まりの始まり

「では講義を終了します。レポートはいつも通り次回講義の最初に回収します」


 教壇に立つ温和そうな初老の男性が言った。それと同時に、100人近い学生達が荷物をまとめ動き出した。


「明奈一緒に帰ろ~」


「…あれ?今日は誰とも約束ないの?」


「ドタキャンされちゃった」


「そうなんだ、じゃあ帰ろっか」


 茶髪の男がそう話しかけ、それに黒髪の少女が答える。


 男の名前は間宮玲。大学3年生で現在21歳。背は180cm弱の高身長で毛先を軽くワックスで整えた少し長めの髪。髪の色は明るい茶色、黒のデニムに白いシャツ。左手にはデザイン性重視の時計、爽やかな印象を思わせる青年だ。


 実際はかなりチャラチャラした性格をしているが外見は爽やかな好青年である。あまりチャラチャラした格好のやつは敬遠されがちで、女性に警戒されるので彼のスタイルは爽やか重視だ。何度も言うが大事なのは爽やかそうであること。


 玲は肩掛けバックを背負いキャンパスを後にする。玲はいくつかのサークルに所属しているもののほとんど参加することはなく授業が終わればそのまま家路に着くのが日常だった。たまに行くのは打ち上げなどの飲み会だけで実質幽霊部員であった。


 その彼の隣で歩く少女の名は早見明奈。彼女も玲と同じく大学3年生の20歳。背は158cmほどで肩甲骨の下あたりまで伸びた綺麗な黒髪。整った顔立ちをしているものの、高嶺の花というよりは誰からも接しやすそうな柔らかい印象を与える顔立ちをしている。


 玲と明奈は小さいときから一緒にいることが多く、いわゆる幼馴染というものだ。家が近所ということもあり昔から予定がないときはだいたい一緒に帰宅していた。大学に入った今でもそれは変わらない。高校2年の終わりごろから高校3年の秋ごろの期間を除けばだが…


 電車を一度乗り継ぎ、家から最寄りの駅を降りると並んで歩き出す。大学から家まで40分程度の距離をいつものように帰る二人。二人の会話はいつも通りの他愛もない会話だ。講義の内容だったり、クラスメイトとのおしゃべりだったりのことだったり。途中会話が途切れ沈黙ができようとも特に気まずくなることはない。長い付き合いだ、そんな沈黙をお互い気にする必要もないのだ。そんないつもと同じ何気ない日常。


 何も変わらない平凡な毎日。それを退屈に感じることはあっても、人生なんてそんな代わり映えのしない毎日の繰り返しだから仕方の無いことだと納得している。


 だがいつもと違うことが起こってしまった。それはいつも通る近道の公園に母親を連れて遊ぶ子供が一人もいないこと、公園の落ち葉を箒で掃くいつも挨拶してくれるおじさんがいないこと。


 しかしたまにはそんな時だってあるだろう。公園を掃くおじさんにだって、おじさんにだって用事があることだってあるのだろう。


 いつもと違うとはそんなことなどではない、二人が公園を歩いていると突然足元に青白い光を放った複雑な模様が浮かび上がってきたのだ。その光はこの世界には存在しない魔法と呼ばれるものだ。


 突如として二人の足元に浮かび上がった魔法陣は、二人を中心に円を描き広がっていく。それを見て玲はとっさに叫ぶ。


「おいおいおい!なんだこれ、なんかやばいっ!」


「玲ちゃんっどうしよ!?なんか地面が光ってる」


 突如として起こった謎の現象に戸惑う二人だが、玲は咄嗟に身構え明奈を庇うように肩を手繰り寄せる。明奈はそれに身を任せた。二人はいきなりのことに驚きながらも懸命に身を寄せ合った。


 しかし二人の視界はだんだん薄れて景色が消えていく。


「なんか視界が薄れて・・・・」


「嘘、真っ暗。玲ちゃんどこ?」


 そして二人の視界から見慣れた公園の景色が消え暗闇に閉ざされた。そして光のない完全な暗闇の中、自分の体さえ視認できない状態で、二人は必死にお互いの体を抱きしめる。


 だが、そんな二人を嘲笑うかのように互いの体の感触は消えていく。感触が消え互いの体温が感じられなくなり不安が募る。


 結局人間というものは一人なのだと。いくら互いの繋がりを深めたところで、人間とは孤独でしかないのかもしれない。


 だがそれでも玲はもう明奈に孤独を感じては欲しくない。明奈が自分以外のパートナーを見つけるまでは絶対に孤独にさせない。玲は数年前そう自分に誓ったのだ。


 音も光も感触さえも失った世界で玲はそれでも諦めずに叫ぶ。


「明奈ーっ…」


 しかし返ってくる声はない。その叫びは明奈には届かず、また明奈の叫びも玲には届かないのだから。


 おそらくそれは一瞬の出来事だったはずだ。全て失った暗闇の世界は3秒にも満たない時間であっただろう、しかし二人には何分にも何十分にも感じられるほど深い孤独の時間だった。



『光だっ!おいっ明奈!』


 何分にも何十分にも感じられた孤独は一瞬で終わり、玲の視界に光が差し込んでくる。


 玲が次に見た光景は先程までの公園ではない。今まで来たことのないまったく知らない土地だろう。近くに露天がいくつも並んでおり、見慣れない服を着た日本人ではない町の人々を見れば一目瞭然だろう。


 だが今はそんなことはどうでもいい、玲は辺りを見回し先程まで腕の中にいた人物の姿を探す。自分と同じように孤独を感じたであろう彼女の名を叫び探す。


 しかし玲の声は寂しくこだまするだけだった。


『…明奈』

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