セーラー服の旅烏
屋形宗慶
セーラー服の旅烏
旅をしていると奇異の目で見られるのだ。
物珍しそうな目であるとか、好色な目であるとか、時には半ば蔑んだ目でも。
別段それを気に留めはしないのだが、時には不都合も生じる。
「こんにちは、ちょっとお話いいですか?」
今まさにこの時のように。
「学生さん……だよねぇ? 身分証明書見せてもらえます?」
白黒ツートンカラーの車から降りて、歩み寄ってきた二人組の男。若いのと、年配の。
公務執行的な薄ら笑い。こういうのも営業スマイルというのだろうか。
めんどうくさいとは思いつつも、ここでつっぱるとますますめんどうくさくなるのはわかりきっている。
黙ってヒップバッグから免許証入れを取り出して見せる。
見せるだけ。渡さない。渡してしまうと、向こうの気が済むまで返してもらえないなんて事があるからだ。
かざすように見せた免許証を、二人組の若い方がことさら顔を近付けて覗き込む。
「ぎ、ぎ……?」
読めないか。読めないだろうな。
「ぎそう、ふみ。と、読みます」
「儀惣芙實さん……珍しいお名前ですね」
身内以外じゃ聞いたことない名字だし、確かに珍しかろう。
「これ、あなたのバイク?」
「……そうですが?」
何を疑っているのか。そんなに怪しいか私の格好は。多少普通とはバイク乗りの風体なのは確かだが。
「車検証見せてもらっていいです?」
「車検ないですけど」
「あ……あぁ、軽二輪。じゃあ登録証を」
ナンバープレート確認しなくて見ればだいたいわかりそうなものだが。
「ずいぶん荷物積んでるけど、バイクでキャンプしてるの?」
「はい」
「女の子一人で怖くない?」
登録証を差し出しながら、一回の旅ごとに三回くらいは言われる台詞を聞かされる。
「はぁ、まあ、熊とか猪とか怖いですけど」
「熊? 猪?」
「だいたいテント張るの山の中なので」
「そ、そうなんだ、たくましいね……」
うら若き女子高生に向かってたくましいなんて褒め言葉があるか。
「……はい、登録証ありがとうございました。これからどこまで行くんです?」
「とくにどことは……とりあえず北に向かってますけど」
「いいですね、目的地を決めない旅」
いいだろう。
「ところで、なんでセーラー服で? コスプレ?」
「いえ……校則なので。外出する時も制服を着用のこと、と校則に。まあ、私なりのこだわりです。守っている人を見たことがありませんが」
「毎朝見るんじゃない? 鏡の前で」
上手いこと言ったつもりか。
「お時間取らせてすみませんね、もう結構です」
よし、つつがなく公務執行を受け流した。
この制服姿のせいで煩わしい言いがかりを付けられることは多いが、一番厄介なのはこの手合いだからな。
「はい。それでは」
「やあ、若いのに古いバイク乗ってるんだねぇ」
今の今まで私のバイクをまじまじと眺めていた、年配の方のが最後の最後に口を開く。
「そうですね。安くて頑丈なのをと考えるときに出会ってこれになったんですけど」
安い中古車で、自分の目的に合っていて、壊れない。そういうバイクを探しているときに、たまたま入ったバイク屋にあったのがこれだった。
「ヤマハのセロー。223cc。若い頃バイク仲間が乗ってたよ」
おや、見かけによらずバイクのわかる人か。
いや、たぶんこの人の若い頃ってバイクがブームだった時代だろうから、バイクが基礎知識という年代かもしれない。
「この、ライトのバイザーとキーホルダーの鳥はなんなんだい?」
「ああ、それは……お守り、でしょうか」
「ほう、お守り?」
「これアレですよね、Jリーグの紋章と同じ三本足の鳥」
こっちの若い方のはサッカーに詳しいのか。
「八咫烏ですね。導きの神樣なので、旅先の守り神として付けているんです」
「なるほどねぇ……
最初の公務執行的な薄ら笑いが、最後の言葉とともに去って行くときには旅人を送る温かい笑顔に変わっている。
「ありがとうございます」
そんな一期一会。嫌いじゃない。いちいちこの姿のせいで止められるのはめんどうだけど。
「旅烏か」
白黒ツートンの車が立ち去ると、私はヘルメットに頭を納める。
「よぃっしょ」
シート後部からキャリアにかけてはキャンプ道具の載ったバイク。これに乗るにも、普通には跨がれない。
右足を前に蹴り出すように高く上げて、シートを乗り越えるようにして跨がる。
スカートのままだとこの瞬間、反対側からは完全にスカートの中身が見えてしまうわけだが、もちろん防備はしてある。
ただのスパッツだが。
両肩、両肘、両膝のプロテクターの位置をちょっと直す。
スタンドを払って、ギア・ニュートラルを確認。クラッチを握って、セルフスターターを押す。
キュタタッと軽やかに回るセルモーター。
――ドゥドドトトトトト……!
心地良く股下から響く単気筒エンジンの振動。
力強く押し出すような排気音。
爪先でペダルを踏み込みギアを一速に。
クラッチをつなぎ、スルスルと走りだす。
予定外の足止めの間に、太陽が地平線に近付いてしまった。
日が暮れる前には野宿場所を見つけないと、真っ暗な中でテントを立てるのは大変だ。
セーラー服を撫でる風もひんやりし始めた。これは日が暮れたら冷えるぞ。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
旅烏には八咫烏の御加護ぞある。
セーラー服の旅烏 屋形宗慶 @yakata
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