第2話「魔法の首輪とつながれた手錠」
落とし穴の中は、ダンジョンの他の場所と同様に、魔法の明かりがともっていた。
光に目を見開いたクラッシュの前に、狼のような獣の耳が生えた少女の顔がある。
獣耳少女の口が、ゆっくり開かれ、牙がのぞく。
笑っているようにも、泣いているようにも見える。
クラッシュは、右手で地面を探り、剣の柄を握ろうとする。
幸いにも、バスタードソードは気絶する直前まで握っていたらしく、すぐに剣の柄の感触が感じられる。
「ご主人様!」
しかし、次の瞬間に発せられた獣耳少女の言葉に、クラッシュは面食らう。
「は?」
「ご主人様、ご主人様、ご主人様!」
獣耳少女が、人懐こい犬みたいに、クラッシュに覆いかぶさる。
そして、においをかぎつつ、そのまま、タンクトップの胸にダイブする。
「ひゃうっ!」
クラッシュは思わず変な声をあげてしまう。
豊満な胸にいきなり飛び込まれたのだから、十代の少女としては当然の反応ともいえるが……。
「なにしやがる!」
クラッシュは、冒険者だった。
右手に握った剣の柄で、思いきり獣耳少女の頭をどつく。
「ぎゃんっ!」
獣耳少女が目に涙を浮かべ、飛び退る。
「おい、私に何をした。あんな高さから落ちて、無事なはずが」
乱暴者で有名なため、誰ともパーティーを組まず、ダンジョンに潜っているクラッシュにしては、迷いのある行動であった。
それというのも、全身、どこか骨が折れているどころか、打ち身の痛みも感じない。
そのうえ、気絶していた間、まったく襲われていない様子だった。
だから、不自然に感じていたのだ。
「これっ!」
目の前に差し出されたのは、空き瓶だった。
「あの、ご主人様の荷物の中、においがして、それでっ」
獣耳少女がまくしたてるが、クラッシュは全身の血の気が引いて行くのを感じた。
「回復のマジックポーション!?」
当然のことながら、ほとんどの冒険者は回復魔法など使えない。
神官や精霊使いなど、限られた職業の者にしか、短時間で傷を癒すのは無理である。
だから、回復のアイテムはとても高値で取引される。
特に、誰にでも使えるため、回復のマジックポーションは人気が高い。
以前、古代遺跡から入手した、年代物だが、まったく劣化していなかったのは、今、その身をもって感じているクラッシュである。
「こんなところで使いやがって! 後で売ろうと思ってたのに! 絶対許さねえからな!」
怒りのあまり、クラッシュは、バスタードソードを両手で構え、獣耳少女に向けようとする。
だが。
じゃらりと金属音がして、クラッシュはようやく、自分の左手にぶら下がった鎖に気がつく。
「ぬなっ!?」
手錠ががっちりと、クラッシュの左手首にはまっている。
鎖の先には、獣耳少女が……細い首にはまった、ゆるゆるの大きな首輪に、鎖がつながっている。
「てめえ! よくもこんな真似を!」
「ご主人様? なんで怒ってるの……?」
きょとんとする獣耳少女だが、クラッシュは、我を失っている、
「ぶちのめすっ!!」
怒りが極限に達した瞬間。
すさまじい音とともに、電流が鎖からほとばしり、獣耳少女の首輪に流れる。
「ぴぎゃあああああ⁉」
一瞬で黒焦げになり、獣耳少女は倒れる。
「なんだ、今の⁉」
クラッシュは、呆然とする。
電流が流れたのは獣耳少女に対してだけで、クラッシュは完全に無傷だった。
「ご、ご主人様……」
たった今まで倒れていたのに、獣耳少女が立ち上がってくる。
「それが、つながってるから、あなたが、わたしの、ご主人様」
最後、けふっと黒い煙を吐き出して、獣耳少女が言った。
「どういうことだよ! さっき、おまえがつながってたのは壁だったはず……」
そう、たしかに、鎖の先は、落とし穴の上の牢獄では、壁につながっていたはずであった。
鎖の先端が手錠になっているなんて不合理ではないか。
「くそっ、外れねえ!」
手錠を触っても、どうにもならず、クラッシュは鎖に剣を叩きつける。
しかし、鈍い金属音が響くばかりで、鎖には傷ひとつつかない。
「ずっと待ってた。ご主人様を。ここから、連れ出してくれるひとを」
獣耳少女は、鎖と悪戦苦闘するクラッシュに笑みを浮かべる。
「ご主人様、ご主人様、ご主人様!」
そして、思いっきり、クラッシュに飛びかかってきた。
まるで、大型のわんこのごとく。
「うるせえ! 今いそがしいんだよ!」
クラッシュは怒鳴りつける。
次の瞬間。
電撃がほとばしり、獣耳少女を襲う。
「きゃああああああ!!」
またも、黒焦げになり、倒れる獣耳少女。
「なんなんだよこれ!? 電流が流れたり、気づいたらつながってたり……!」
「ご、ご主人様~……」
タフな獣耳少女は、フラフラしつつも黒焦げで立ち上がる。
「もしかして……」
クラッシュは、少し考えると、意地の悪い笑みを浮かべる。
「流れろ」
ずばびっしゃーん!
「ぎゃうっ!?」
再び、電撃が獣耳少女を黒焦げにする。
「なるほどな。私が流したいときに、電流が流れる仕組みか」
それまでは、怒りに反応して電流が流れていたようだと、理解できると。クラッシュは、口の端をつり上げた。
「流れろ」
ずばばばばばばばばんっ!
「ひゃああああああっ⁉」
これまでで一番、すさまじい電流が流れて、獣耳少女が倒れる。
「な、なんで……」
「私のポーションを勝手に使ったからだ」
「だ、だって、ケガしてたから」
「うるせえ! 落とし穴に落ちたくらいで、この私が死ぬわけねえだろ! 金目のものも手に入らねえし、鎖でおまえなんかとつながっちまうし、今日は最悪だ!」
クラッシュの怒りに呼応して、またしても電流が流れる。
「あががががが」
だが、獣耳少女はいくらダメージを受けても平気なようだった。
いや、平気ではないのだが……多少どつかれたくらいしか、ダメージを受けていない様子であった。
「ひ、ひどい、ご主人様……」
「ひどいのはおまえだ! 勝手につなぎやがって!」
「あの、だから、違うよ?」
獣耳少女は、黒焦げで煤まみれのまま、首を横に振った。
「これ、つないだの、おまえじゃないのか?」
こくり。
「……」
うなずいた獣耳少女を見たクラッシュは、苦いものを口に一杯ほおばったみたいな顔をして。
次に、賭け事で大金をスッた時のような顔をして。
そして、最終的に、怒り狂ったオーガみたいな形相になった。
「ぶっ飛ばす!」
「きゃあああああああ!!」
ダンジョンの奥で電撃がほとばしり、悲鳴が響き渡った。
八つ当たりによって、ついに気絶した獣耳少女を、ずるずる引きずったまま、クラッシュは落とし穴を脱出し、ダンジョンから生還したのだった。
くびわひめ 森水鷲葉 @morimizushuba
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