第9話
まさに001号室のチャイムを押そうとしているヨネを呼び止めた。
「わ、なんだい外にいたのか。 挨拶はできたの?」
「一応全部屋できました。あの、山口さんって何をしてる人なんですか?」
不思議そうな顔をした健太に、ヨネはくすりと笑って答えた。
「あの子はね、調理の専門学校に通ってるんだよ。毎日毎日頑張って台所で何か作ってるみたいだけど、そそっかしい子でねぇ。わーきゃー言う声がよく聞こえるみたい。」
山口はここから電車で2駅の距離にある調理師のための学校に通う2年生だそうだ。厳密にはパティシエを目指しているらしい。
「そうだったんですね、僕が挨拶に行った時、カルメ焼きを作ってたみたいなんですが、失敗しちゃったって言ってて。」
「ありゃタイミングが難しいもんね。ちゃちゃっとかき混ぜないといけないし…あら、あんたに用があったの忘れるところだったわ。」
ヨネは突然キョトンとした表情になり、話を続けた。
「あんたの歓迎会をやることにするから、空いてる日が知りたくてね。でもどうせ予定なんてないんでしょ?」
聞くとアパートの人をみんな集めて、ヨネの家でパーティーのようなことをやるらしい。
聞き方は若干ひっかかるが、確かに予定なんて一切ないので、健太はいつでもOKと答えた。
「じゃあまたわかったら教えるから。電話でみんなに聞いてもいいけど機械いじるのはめんどくさくて…でもこうやって一部屋一部屋回るのもめんどくさいねぇ…」
ぶつぶつ言いながら去るヨネが002号室のチャイムを鳴らしたところで、健太は自分の部屋に入った。
気づけば夕方。日も暮れ始め、オレンジ色の西日が窓から差し込んでいた。
そうだ、夕飯も自分で決めなければいけないのだった。親からもなるべく自炊をしろと言われていたし、とりあえず買い物がてらスーパーに行くことにした。
健太は財布を持って出発した。柏木とヨネが話をしているのをちらりと見てから、駅の方へと歩き出した。
つぼみ荘にて。 @add_creart
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