第8話

玄関を出て階段に向かって歩こうとした時、前からスーパーの袋を持った女性がせかせかと歩いてきた。

山口である。初めて会った時はあっちも取り込み中だったし、改めて挨拶をと思ったら、あっちのほうから健太の方に向かってきた。

少しつり上がった眉毛の山口は、口をとんがらせて話しかけてきた。

「さっき、君が来たからカルメ焼きが上手く焼けなかったの!もー、今度こそ上手くいくと思ったのに!お砂糖も重曹もなくなっちゃうし…私この時間は忙しいからね、来る時とか気をつけてね!!」

こっちの返事を待つことなく、自分の部屋へ戻ってしまった。健太は突然のことに緊張して目を丸くしたまま、山口が部屋に入るまで目で追ってしまった。そういえば、未だにどこの学校に通っているかも聞いていない。が、今行って聞くなんてできやしない。他の方法があるだろう、残る2つのお菓子を持って、まずは007号室へ向かう。

チャイムを鳴らすと、しらばくして男性の声が返ってきた。落ち着いた低い声である。ドアが開くと、銀縁のメガネをかけた色白の青年が現れた。細身だがしっかりとした体躯、眉毛のあたりできれいに切り揃えられた前髪は、今までにない大人な雰囲気を感じた。

「001号室に引っ越しました、合田 健太です。よろしくお願いします。」

挨拶も慣れたものだ、と内心自分に関心をしていると、男性はゆっくりと微笑んだ。

「初めまして、泉 利幸といいます。いま医学大学の5年生で、外科医を目指して勉強しています。」

5年生という言葉に驚いたが、確か大学院の女性もいたはずだ。あの人と同い年ということか。

重ねてよろしくお願いしますと言った後に用意した品を渡し、他愛もない会話をした。

「ここからちょっと歩いたところに花坂公園っていうところがあってね、今は梅の花が咲いてるけど桜が咲くとすごくきれいだよ。」

公園が近くにあるのは知らなかった。礼を言って、部屋を後にした。5年もいるということは、ここの辺りのことはよく知ってるのだろう。イメージ的にも博識な印象なので、いろいろ教えてもらえるかもしれない。

008号室は現在使ってないそうなので、椎野のいる004号室に向かった。

チャイムを鳴らすと椎野が出てきた。何度見ても少し驚く風貌の彼だが、歳が近いのもあって話はとてもしやすい。最後のお菓子を渡して椎野と別れ、001号室の方を向くと、向こうから大家のヨネさんがこちらに来るのが見えた。

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