第7話
部屋に忘れ物だろうか。田宮か柏木が向こうにいることを予想してドアを開けたが、誰もいない。
おかしいと思って辺りを見回し、下に目線を向けた健太は、息を飲んだ。
床まで垂れ下がった、乱れた黒い長髪。骨ばった青白い腕で這いつくばるその姿は、今すぐにでもドアを閉めて見なかったことにしようと思うほど異様であった。
全身に緊張が走り、ドアノブを握りしめたその時だった。
「あ、まって!ごめんなさい!」
乱れ髪の間をかきわけ、しゃがれた声が健太に届く。
すっと立ち上がり、ロウのような指がゆらゆらと揺れる黒髪を除けると、男性の顔が覗かせた。
他でもなく、人であった。世に言う塩顔のその男は、バサバサの髪の毛を耳の後ろまで持っていったあと、か細い声で続けた。
「004号室の椎野です。挨拶に来てくれたんですよね、あの時寝ちゃってて…最後のチャイムが鳴った時に起きたんだけど。」
体の強張りが一気に解けた健太は、安堵の表情で息を吐いた。
「よ、よろしくお願いします。すみません、なんか驚いてしまって。」
「いえいえ、びっくりしますよね。なんかくしゃみをした拍子にコンタクトが取れちゃったみたいで…探してたらドアが開いたんですよ。すごいタイミングでしたね。」
話を聞くと、椎野は美術の大学の2年生らしい。油絵を専攻している彼は、夜通し絵を描くことが多くて朝も遅く、ここの人ともなかなか会わないということだ。
「コンタクト、もし見つけたら捨てちゃってくださいね。よろしくお願いします。」
そう言って椎野は落ち込んでいるかのようにとぼとぼと去っていった。その後姿も、本人を知らなければなかなかの見た目である。
見送ってドアを閉めた。正直、ホラーは苦手だ。
肩の力が抜け、謎の安心感に包まれた健太は、玄関に置いていたゴミを捨て、リビングに入る。
椎野に挨拶の品を渡すのを忘れていた。
他の人の分もまとめて持っていってしまうことにし、両手に紙袋を持って再びドアを開け、廊下に出た。
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