第6話
「柏木くんは、まだバイト続いてるの?」
豚骨ラーメンをテーブルに置いて、床に座った田宮が尋ねる。
「続いてますよ。仕事ゆるいんで。」
聞くと、柏木は大学の近くにあるショッピングモールで、アパレル店のアルバイトをしているらしい。
「フラッシュ」いう有名セレクトショップらしいが、服にそこまで興味のない健太は名前すら聞いたことがなかった。おそらく地元にはどこを探してもないだろう。
言われてみれば、柏木はきれいなシャツを着ている。白地に黒のドットがあしらわれており、袖が肘より少し長いくらいに留められている。きれいにアイロンがかけられたと言うよりは少しシワがついた感じだが、これがまたオシャレというものなのだろうか。
「そのシャツとかって、いくらくらいするんですか?」
今までリアクション以外の言葉を口にしなかった健太は意を決して質問してみた。柏木はラーメンを置いた後の左手で胸元をつまみながら、
「これは社割で買ったから八千円くらいかなぁ。本当だったら一万はするんだけどね。」
と変わらぬ表情で答えた。
シャツに一万円。健太は唖然とした。
そもそも人生において、買い物で一万円札を出した記憶がほとんどない。服といえば地元のショッピングセンターの衣類コーナーのTシャツくらい。三千円ですら一瞬ためらう自分は、東京でシャツを買うことはできないのだろうか。
「合田君も欲しい服あったら言ってよ。社割で安くできるからお得だよ。」
「あ、ありがとうございます…」
箸を持つ手が震える。金銭感覚を都会の基準に合わせなければならない使命感が重くのしかかった。
その後は田宮の学校での話などを聞いたりしていた。とは言っても大半は理解できずに相槌を打つだけであった。仕方ない、まだ入学もしていないのだから。
ラーメンもカレーパンも平らげ、話も落ち着いたところでゴミを片手に部屋に戻る。
そうだ、まだ挨拶が残っているじゃないか。
ゴミ箱に向かおうとしたその時、部屋の呼び鈴が鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます