恋の死角
草野正彦
恋の死角
恋の死角
草野 正彦
ピーク時のJRの電車内はどれだけの人が入っているのだろうかと不思議に思うことがある。そのように思うときは大抵座席に運よく座れたときのみで、立っている時はそのように考えている暇はない。次はどの駅なのか、急行に乗っているならば乗り換えの必要な駅は何駅目なのかなどというまるで何か悪いことをしているかのような、それでいて少しドキドキもする背徳感で頭がいっぱいであるからである。
ところである日、僕は男友達と二人でディズニーランドに行くことになった。きっかけはその友人が数日前に彼女に振られたからで、言うなれば寂しさを紛らわすために暇そうな僕を誘ったというわけだ。
指定していた入園日当日、特に好きなアトラクションも無い男二人が開園時間に間に合う電車に乗る元気もあるわけ無く、のんびりと昼過ぎから向かった。夢の国というだけあってたくさんのカップルが入園していた。友人は彼女の浮気が原因で別れているため、カップルを見るたびに「木山、あの女は許さない。」と繰り返し呟き、こちらのテンションも下がり続ける一方だったので園内の人気の無い場所をうろうろするほか無かった。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、唯一の励ましとなったパレードも終わり、それぞれディズニーランドに来た証拠といわんばかりの大きなお土産袋を抱えて舞浜駅に向かった。新浦安方面の友人と別れ、東京方面行きのホームに向かう。東京で乗り換えなのでやはり立ちたくないということで急行を一本見過ごし、次の各駅停車に先頭で車両に入るためにドアの停止列の先頭に陣取った。
到着した電車に乗り込み空席を探す。友人に付き合ったご褒美かのように運よく空席を見つけ、お土産を荷物棚に置き急いで座る。そうこうしている間に大勢の人が乗り込み、瞬く間に電車は満員となった。満員電車で運よく座れた時に気になることの一つに、つり革を持って前に立つ人がどのような人なのかということである。その日、同じようにディズニーランドのお土産を荷物棚に置きスーツケースを抱え前に立ったのはいかにも仕事ができそうな二枚目でスーツ姿のサラリーマンだった。例のごとくその人を観察していると何かしらそわそわしているのである。それこそ何か背徳感を感じているようにも見え、色々な推測が頭を飛び交った。例えば彼は妻子持ちのサラリーマンで千葉への出張の帰り道にディズニーランドに立ち寄り、奥さんか娘さんにお土産を買った。しかし帰りの新幹線か、もしくはホテルのチェックインの時間が迫っている、時々そわそわするのはそのためであろう。
そう考えているうちに彼は慌てた様に電車を飛び出していった。妻子持ちは大変だなぁと勝手に思いながらうとうとしているといつの間にか東京駅に着いていた。持っていたお土産袋に違和感を覚えたのは乗り換えの改札を出たときだった。中身を確認してみると、ぬいぐるみが二つに配達の伝票が二つ。ひとつは宛名と電話番号が書かれていたがもうひとつには下の名前の愛称だろうか、『ゆりちゃんへ』とだけ書かれていた。とりあえず片方の伝票に書かれている電話番号にかけると先ほどの彼の奥さんだろうか、はっきりとした女性の声が聞こえた。
「もしもし?」
「もしもし。夜分遅くにすいません。○○さんのお電話でしょうか?」
「はい、そうですがどなたでしょうか?」
「私、先ほど貴方のご主人と同じ電車に乗った者なのですが恐らくご主人が荷物を取り違えたらしく、失礼ながら中身を拝見したところこちらの電話番号の書かれた配達伝票があったものですから。」
「まぁ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。ちなみにどのような荷物でしょうか?主人は千葉に出張中で配達するような荷物は無いと思うのですが…」
ここで僕は予想が当たったとにやりと笑みを浮かべながら
「ぬいぐるみですね、大きいのが二つ。奥さんと娘さんへのものでしょうか?」
「…娘はおりませんが…」
「しかしぬいぐるみは二つ…あっ、もうひとつ配達伝票がありましてこちらは「ゆりちゃんへ」とだけ書かれていますね、こちらは親戚かどなたですか?」
「ゆりちゃん…まさか…すいません少しお待ちいただけますか?」
このタイミングで普通は通話待機中の音楽が流れるはずなのだが相当慌てていたらしく音楽は流れずに、先ほどの彼との電話であろう声が筒抜けになって聞こえてきた。
「もしもし、彼方今どこにいるの?まだあの木山百合子との関係が続いていたの?ねぇ、返事をしなさい!! 許さない。」
ここで僕は寒気がして通話終了ボタンを押していた。僕はその荷物を交番に届け、一ヶ月前に付き合い始めた彼女の家に足早に向かった。いつもの「友人の彼女を奪っている」という快感を伴った、あるいは満員電車内と似たような背徳感は消えうせ、こう呟いた。
「あの女、三股だったのか。許さない。」
恋の死角 草野正彦 @keion_7
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