断罪の光
金銀を織り込んだ優美な衣に、白銀製の装身具を随所に纏った、銀髪金眼の美青年。
振り向くと背後にいたその謎の人物に、俺は困惑していた。
現状は俺以外の全員(エドムント含む)が一瞬で制圧され、今もなお抵抗も何もせずに全員が言われた通り平伏し続けているという状況だ。半分地面にめり込みそうな勢いで。
普通に考えれば危機的状況なんだろう。実際、目の前の青年からは身震いしそうなほどの寒気――神の気配を感じるし、エドムント以上の使い手やあるいは神憑きだと考えるのが妥当だろう。
だが、なぜかこの人物からは敵意も殺意も感じない。
「ああ、何故立っているかと思えば。貴様、余の民ではないな」
男の声にしてはやや高い凛々しく艶やかな声で青年は言う。……発言と格好から考えるに、この青年はよほど身分の高い人に思える。
すると、その正体はエドムントの口から明らかになった。
「わ、我が王……何故こんなところに」
「我は『中天にて光放つ太陽』、全てより高きに位置するものぞ。その気になれば、我が領土のどこであろうが見通せよう」
我が王、つまりエドムントやイェーナ達の属する国の王だ。誰も口を挟まないからにはこれは間違いないだろう。そして、俺の記憶が正しければ、王はエドムントよりさらに上位の太陽の力の使い手だったはず。
急にこれまでとは別種の緊張感を味わいながら、俺はおそるおそる地面を指差した。
「あ、あのー、俺もひれ伏した方がいいんですかね?」
「好きにせよ。今は貴様に用はない」
そう言われると困るんだよなぁ……なんて思いながら、俺はひとまずその場に正座した。
直後、あらためて銀髪金眼の青年が声を発した。
「顔を上げよ。これより、中天にて光放つ太陽『アムケルス』の名の下に、アムケルス神の化身たる余、白日の王レイケルスが貴様らを裁く」
美青年は朗々と自らの名を名乗り、裁判の始まりを宣言する。
特に張り上げた声でもないのに声がよく通るのは、彼――レイケルス王自身の声の特徴でもあるが、それよりもこの場の全員が息すら殺して身を固くしているせいだ。しかも、何故か風の勢いすら空気を読んで弱まっているようで、レイケルス王が話していない間は自分の呼吸と心臓の音がやけに大きく聞こえてしまう。
しかし、そんな俺のことなどは欠片も気に留めず、レイケルス王の視線は俺の後方、エドムントへと注がれる。
「さて、まずは貴様の弁を聞こうか、エドムントよ。此度の定期報告の義務を怠った件について、何か言い訳はあるか?」
想定外の話題だったせいか、一瞬の間ののちにエドムントは語り出した。
「……はっ! 昨晩は偶然魔狼の襲撃があり、文書の作成に十分な時間が取れず我が王の御目に耐えるだけのものを作ることが叶いませんでした。そのため――」
「もうよい、黙れ」
「んぐっ!?」
レイケルス王の苛立った声の直後、エドムントは不自然に言葉を途切れさせた。おそらく王自身の配下に対しては行動自体を直接制限するような権限を持っているのだろう。先ほどの一斉土下座なんかもこの権限によるものだろうか。
「貴様が余の考えをろくに理解しておらぬことは知っていたが、ここまでとはな。この件の処罰についてはひとまず後回しとする。では次だ……」
そうレイケルス王の言葉が途切れた瞬間、突然氷水の中に突き落とされたかのような錯覚が俺を襲った。冷たいんだか熱いんだか痛いんだか、とにかくやばい。
慌てて俺は横に飛び退き、レイケルス王の正面から逃げ出した。5メートルほど距離を取って振り返ると、すぐ横には同じく逃げてきたベアトリスがいた。思わず目を合わせると、何を伝えたいのかベアトリスは引きつった顔のまま首を横に振った。……余計なことはするな、ってところだろうか。
離れたところでもう一度レイケルス王を見てみると、外見からは特に異変は感じられない。だが、その華奢にも見える体から放たれるプレッシャーは単なる殺気などとは桁が違う。感覚としては、大地の神『ゴトス・ユエ』が本気を出した時が一番近い。当然、そんなのに好き好んでちょっかいを出す俺ではない、ここはおとなしくしておく。
すうっと、風に吹かれる風船のようにレイケルス王が歩を進める。今気づいたが、どうやら地上から数センチほど浮いているらしく足音はない。
音もなく、軽やかに、銀髪金眼の美青年は歩いていく。しかし、放たれるオーラは絶対強者のそれ。そんな相手が自分に近づいてくるのを身を屈めて待つ
「西の砦の長、エドムントよ」
少しばかりトーンの落ちた声で、レイケルス王が呼びかける。
「はっ」
答えるエドムントの声が苦しげなのは、俺にやられた怪我だけが原因ではないだろう。
丸まったその背中を見下ろして、王は問う。
「貴様、ここで何をしている?」
数秒の間。エドムントはその問いに即座に答えることができなかった。
「答えられぬか? ではもう少し分かりやすく聞いてやろう。何故貴様は砦の防備に努めるでもなく、戦士たちを率いるでもなく、あまつさえ余の臣下と矛を交えているのだ?」
問いかけるレイケルス王の声音はあくまで静かだ。だが、秘められた感情がただならぬものだということくらい、横から眺めているだけで分かる。
その尋常でないプレッシャーを受けながら、あるいはプレッシャーに耐え切れなかったためか、エドムントは絞り出すように答えた。
「……恐れながら、申し上げます」
ピクッと、レイケルス王の銀色の眉毛が上がる。
「よい。発言を許す」
「我が王よ。私めはこれまで複数回にわたり、西の砦の戦力不足について申し上げてきました。砦に課された使命は砦の防衛および人類の敵の討伐であったはずです。しかし、我が砦に配備された人員だけでは両方をこなすことは困難でありました。そこで私めは、同士討ちを演じることで王にお出向きいただき、その場で直訴をしようと愚考しました」
滝のように汗を流し、首を絞められているかのような声でエドムントが語ったのは、まさかの嘘だった。
あまりのことに呆れて隣を見ると、ベアトリスは目を見開き今にも飛び掛かろうという姿勢でエドムントを見ていた。俺は思わず肩に手を置き、首を横に振った。気持ちは分かるが今はやめておいた方が身のためだと。
すると突然、
「はっはっはっはっは!!」
大地を割らんばかりの大笑が鳴り響いた。声の主はレイケルス王だ。
驚いて見ると、今の笑い声が嘘だったかのような冷たい目で、レイケルス王はエドムントを見下ろした。
「口を開くな愚か者が」
どしゅっ、と奇妙な音が鳴った。と思った時には、エドムントの右腕が空高く舞い上がっていた。
視線を地上に戻すと、片足を振り上げた格好のレイケルス王と、炭化した肩の断面を残った手で押さえてうずくまるエドムントが見えた。状況から判断するにレイケルス王の蹴りがエドムントの腕を千切り飛ばした……ようにしか見えない。
蹴りの動作は見えなかったし、蹴りが命中する間合いではないが、そう判断せざるを得ない。
「今のは余の前で嘘を吐いた罰だ。知らなんだようだが、余の威光は全ての虚偽を解き明かし白日の下へ晒す。余に嘘は吐かぬことだな」
淡々と、何事もなかったかのように王は言う。それを聞くエドムントは、絶叫するほどの痛みだろうに声一つ漏らさない。否、声を漏らすことを許されていない。
突然の、一切躊躇のない攻撃。いや、制裁と呼ぶべきか。
しかも、炎や熱にかなりの耐性があるはずのエドムントの腕を、あろうことか焼き切った。その攻撃性と攻撃力は脅威以外の何物でもない。
「しかしな、戦力が足りないだと? 何を抜かすかと思えば……」
言いながら、レイケルス王は無音のままエドムントへとさらに歩み寄る。
「陰なるものは陽光で祓い、獣なぞは炎で追い散らす。それが出来るのが太陽の力であろうが。そも、余は貴様を『戦力』としてこの地に送り込んだのだぞ? 前線に立ち戦いに集中できるようにと余が用意してやった補佐官を、不要と断じたのは貴様だ。覚えておろうな?」
直後、もがき苦しんでいたエドムントの動きが止まった。レイケルス王の強制力ではない。どうやら自分の言動を思い出したせいで、痛みすら忘れて凍り付いているようだ。
そして、レイケルス王はさらに追い打ちをかける。
「それとな、貴様がそこな娘に語った言葉。余の耳にも入ったぞ」
「は……な、何のことでしょう」
凍り付いたエドムントは額を地面に押し付けたまま、全身を震わせ始めた。もう、分かっているのだろう。己の破滅が近いことを。
「貴様、往生際が悪いぞ? 『サイラス以下5名の討伐隊は、大地の神ゴトス・ユエの神憑きに戦いを挑むも、奮戦空しく全滅』、そういう筋書きだったと余は確かに聞いた。反論はないな?」
エドムントはもう答えない。ただ冷や汗をだらだらと流しながら震え続けるだけだ。
「それでは裁定を下す。西の砦の長、エドムントよ。貴様は余を軽んじて報告を怠り、余の前で虚偽を言い、己が言動を顧みることなく余を貶め、砦の長の責務を放棄した。そして何より、貴様は余が治めるこの国と人類から、何物にも代えがたい戦士の一人を奪った。これすなわち余に対する反逆であり、人類に対する背信であり、大罪に他ならない。
貴様に対する罰は身分、財産、力の一切を没収し、奴隷として血の一滴に至るまで余に捧げることとする。異論のあるものは?」
数秒の間が開き、無音に近い時間が流れた。しかし声を上げるものはない。
と思いきや、歯の隙間から絞り出すように、エドムントが最後の声を出した。
「王よ、貴方様は崇高なる太陽神の化身。貴方様が治める太陽の国にはこれら俗物ではなく私めのような太陽の民こそがふさわしいはず!」
命乞いともとれるその発言を、王は鼻で笑って一蹴した。
「貴様、何か勘違いしているようだな。太陽の国はすでに完成しておる。そこに住まう太陽の民とは、貴様の祖神『アムダ・フィロロ』を含めた全ての太陽神。ただの人間に足を踏み入れる資格なぞあるはずもなかろう。貴様は太陽の民としても地上の民としても失格であるがゆえに処分されるのだ」
今度こそ、口を挟むものはない。
「では、白日の王レイケルスの名において、今をもってエドムントより全ての身分と権限を剥奪する」
その宣言の直後、右肩の傷口を押さえてうずくまっていたエドムントが、バネ仕掛けのように勢いよく飛び出した。
「抜かったなこの暗君が! もはや貴様の民ですらない以上、貴様の言葉は我を縛りはせん!」
この瞬間を待っていたとばかりに、左拳に超高温の光を宿らせてエドムントは殴りかかる。
だが、エドムントの捨て身の一撃は、レイケルス王の細くなよやかな手のひらであっさりと叩き落とされ――
「この愚か者には光は要らぬな」
呆れたと言わんばかりの言葉と共に、もう片方の手のひらがエドムントの両目を覆った。
直後、強烈な閃光が世界を塗りつぶした。発生源は、レイケルス王の手のひら。
傍から見ていた俺ですら漏れ出てきた光で目が眩むほどの、強烈な閃光。それを直接押し当てられたエドムントは、
「ぐうあああああああ!! 目が、目がぁ!!」
1つになった手で顔を覆い、叫びながら地面をのたうちまわることしかできなくなっていた。
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