真なる太陽の君臨

「おーおー、やるじゃねーかカジナ。今のはいい一撃だったぜ」

 拳を振り抜いたままの姿勢で止まっていた俺の耳元で、騒がしいしゃがれ声が喚きたてる。どうやら、今の『ヴィクトリー・ストライク』は直接見なくても感知できたらしい。

「はは……、そりゃどうもっ」

 答えながら、俺は拳の先を見やる。そこには十数メートル先でうつ伏せに倒れたままのエドムントだけが見える。

 エドムントが握っていた大剣はというと、多分見える距離にはもうない。


 俺が放った一撃、『ヴィクトリー・ストライク』は高密度の神威を纏ったまま、エドムントの構える大剣に激突した。これまでであれば神威を切り裂く大剣の刃は触れる前に神威を斬っていたのだが、ベアトリスの炎によってにされた刃ではもはや神威を斬ることはできず、真正面から俺の拳と神威を受け止めるはめになった。

 その結果何が起きたかというと、全ての力が大剣に集中し、大剣だけがものすごい勢いで吹っ飛んでいった。その勢いは当然人間の腕なんかでは止められるものではなく、軌道上にいたエドムントに激突、地面に叩きつけ、それでもなお有り余る運動エネルギーのままに見えなくなるほど遠くまですっ飛んでいった、というわけだ。

 改めて思うが、とんでもない力だ。


 タッタッタッと小走りでベアトリスが駆け寄ってくる。向かってくるのは俺の方だが、その目は油断なくエドムントに注がれたままだ。

 俺の隣までやってくると、ベアトリスは抑えた声で聞いてくる。

「どうだ、やったか?」

 それはフラグなんだよなぁと思いながら、俺は首を横に振った。

「結構なダメージだとは思うけど、多分まだ――」

 そして俺の言葉通り、エドムントの体がゆっくりと動き出した。


 ガシッ、とエドムントの左手が土を握る。執念を宿したかのような左腕は、ゆっくりとしかし着実に、倒れ伏した自らの体を地面から引き剥がしていく。

 起き上がったエドムントは、右腕をぶらりと力なく垂れ下がらせていた。大剣がぶち当たった時に鎖骨でも折ったのだろう。それでも、両足で大地を踏み締めて立つ姿は戦闘不能にはまだまだ程遠い。

 俺は思わず拳を構えていた。


 ずいっと左腕が差し向けられる。互いの距離は変わらず十数メートルあるが、考えるまでもなく向こうにとっては射程圏内。どうすべきかと考えている間に、腕は燃え上がるように光を放ち――


「させません!」

 ズドッという湿った音と共に、エドムントの腕に矢が突き立った。

 声の主は、振り返って確かめるまでもない。

 立て続けに弦音が鳴り、二射、三射、四射と矢が射かけられ、同時に真上からは刃のように鋭利な黒い石――黒曜石が雨のように降り注ぐ。

 『針通し』の精密射撃と、風の操作による上空からの投下攻撃。どちらも破壊力こそ控えめだが、人間相手に着実に傷を負わせることにかけてはこの上ない攻撃だ。

 そして、これに対処するには――

「小癪なッ!」

 一声吠えて、エドムントは全身から光を発し、自身を中心に巨大な火柱を発生させる。

 そう、自分を中心に炎を展開するしかない。これによって飛来する矢は瞬く間に燃え尽き、同時に加熱された空気によって風が生まれ、降り注ぐ黒曜石も軌道を捻じ曲げられる。

 だがそれは、囲ませるための時間を与えたようなものだ。

「よう、カジナ殿にベアトリス。お前さんたちも構えとけよ」

 火柱の向こう側、俺たちとはエドムントを挟んだ反対側に、いつの間にかトビアスがいた。口調は至って軽そうだが、両手にはすでに双剣が握られている。

 正面には俺とベアトリス、後方にはトビアス、さらに左側に距離を開けてイェーナとラウレンス。いかにエドムントが強力無比な戦士だとしても、剣を無くし片腕が使えない状況でこの状況を打破するのは不可能に近いはずだ。

 エドムントも同じ考えに至ったか、自身を中心に展開していた火柱を鎮火させた。


「さーて、まずは事実確認だ」

 エドムントの背後で油断なく双剣を構えたまま、トビアスは問い掛ける。

「お前は砦の長という立場を濫用し、ノエを脅して従わせ、魔狼を使って俺たちを抹殺しようとした。認めるか?」

 対するエドムントの答えは、イエスでもノーでもない。

「ふん、一介の戦士ごときが裁定者気取りか? 砦の長たる我を裁けるのは神にして王、我らがレイケルス王のみであるぞ」

「ほう。答えねえってことはここで処刑されてもいいってことだな?」

「……くだらん。児戯なら貴様らだけでやっていろ」

 あくまでシラを切るつもりなのか、エドムントはろくに答えようとしない。


「待て。あたしからも話がある」

 声を上げたのはベアトリスだ。

「こいつはここにいるあたしたちだけじゃない。サイラスも含めた全員の抹殺を企んでやがった」

 瞬間、イェーナたち3人が絶句した気配が伝わってきた。

「理由は……くだらなさすぎて忘れたが、この話はこいつも聞いた。だろ?」

 ベアトリスに視線を向けられた俺は、3人に向かってゆっくりと頷いてみせる。

 直後、3人が――特にイェーナとトビアスが、無言のまま殺気を膨れ上がらせる。

「トドメは刺しちゃいかんぞ二人とも。王の前で洗いざらい全部しゃべってもらうからの」

 ラウレンスも止める気はさらさらないらしい。それどころか、緑の輝線で空中に螺旋を描き出している。


 決壊寸前の堤防のように、放たれる殺気は刻一刻と高まっていく。

 そして、決定的な言葉をエドムントが放った。

「……貴様らがごとき有象無象、王のために命を捨てる以外に存在価値がないことがまだ分からんか」

 もはや言葉を返す者はない。

「我が王は人にして神、中天にて光放つ太陽『アムケルス』の化身。故に、王の築く国は太陽の国。その太陽の国に、貴様らの居場所などあろうはずもない」

 うわごとのように言葉を継ぐたびに、エドムントの体は光を宿し、輝きを増していく。

「邪神の娘も、狩人も、獣も、梟も。太陽の国を築く礎となって死ぬことこそ定めよ! 偉大なる太陽神の築く国には、我ら選ばれし太陽の民だけがいればよい!」

 どんどんと明るさを増したエドムントの肉体は、もう人型の太陽のようになっていた。これまでに操ってみせた膨大な太陽の力を、自身の肉体に集中させているのだろう。

 しかし、トビアスたちも怯みはしない。

「言い残すことはそれだけか? だったら――」


「あ、やっべえ」

 瞬間、間の抜けた声を俺は聞いた。その若々しいしゃがれ声はカジン・ケラトスのもの。

 同時に一音。

 カァンと音高く響く、硬質な音を、俺はどうしてだか足音だと認識した。

 直後。

 一触即発だったエドムントとイェーナたち4人が、その場に倒れ込んでいた。


「ひれ伏せ」


 振り返った俺が目にしたのは、癖もうねりもないまっすぐな銀髪と金銀に輝く衣を長くなびかせた、白皙の美青年だった。

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