狼狩りの徒行

 時折、灌木や立ち木が見え、遠くには山や森が見える。それ以外は、どこまで行っても、草だらけだった。

 そんな見渡すばかりの大草原を、俺たち四人は一塊になって歩いていた。

 もっとこう、陣形でも組んで行くのかと思っていたのだが、トビアス曰く「ここまで見晴らしがいいとイェーナの目が便利すぎて陣形組むのが馬鹿らしい」とのことで、特に位置や順番も決めていない。

 決まっているのは役割くらいなもので、イェーナはその視力を生かして周辺の警戒、トビアスが耳でイェーナをカバー、ラウレンスは急な攻撃へ対処すべくいつでも風を展開できる状態で待機している。

 そして残った俺はというと――

「コ……コココ……」

 粘土でできた人型の使い魔を手のひらに乗せて歩いていた。


 手のひらサイズの粘土製使い魔は、ざっくり言うと人型のクッキーみたいな形をしていた。違う点があるとすれば強度を保つためか武骨なデザインになっていたり、顔にあたる部分には目に相当する穴が中央に一つあるだけで他には鼻も口も存在していなかったりと、まあそんなところだ。要するにあんまりかわいい見た目ではない。

 とはいえ、動きには多少愛嬌があったりする。

「使い魔、方向はどっちだ?」

 と、こんな風に聞いてやると、

「コ……」

 奇怪な鳴き声と共にすっと片腕を持ち上げて目指す方向を指し示してくれる。

 ……指し示す方向は真正面より若干右にずれているようだ。

「そうか、あっちか」

「コ……ココ……!」

 俺が真似するように同じ方向を指差すと、振り返ってうれしそうな鳴き声を上げた。なんともまあ感情豊かな使い魔だ。

「あっちの方角みたいなんですが、イェーナさん何か見えます?」

 すると、イェーナはススッと俺のそばまでやってきて、俺の指の先をじぃっと見つめた。

「……遠くに小高い丘が見えるくらいですね。その丘までは、見た限りでは不審なものはなさそうです」

 黒髪の美少女の不意の接近に一瞬だけドキッと心臓が高鳴ったが、とりあえずそれは置いておく。

「じゃあ、あっちに向かってまっすぐ進んでいきますか!」

 俺の号令に三者三様の返事が返り、俺たちは針路を修正してさらに歩いていった。



「ところでよ」

 どこまでも続くかのような草原を歩きながらそう切り出したのはトビアスだった。

「あの魔狼の体から生えてたアレ、何なんだろうな」

「報告を聞きましたが、やはり黒曜石だったそうですね」

 イェーナも油断なく周囲を見渡しながらトビアスの言葉に返答する。

 二人の言葉を引き継ぐように、今度はラウレンスが口を開く。

「問題は、何ゆえ黒曜石の刃なんぞが魔狼の体から生えておったか、ということじゃの」

 その言葉に賛同するように、トビアスとイェーナがそろって首を縦に振った。

 だが前提となる知識が足りないせいか、俺にはいまひとつ話が見えてこない。

「魔狼って、普通はああいうものじゃないんですか?」

「ああ。でかくなったり、風を纏ったり、脚や頭の数が増えることならあるが、体からあんな鉱石由来のもんが生えてくるのは普通じゃありえないことだな」

 あのサイズで頭やら脚やらが増えるのなんて想像したくもないが、今の問題はそっちじゃない。

 つまり、トビアスが言いたいのは――

「あまりに狼らしくない、と?」

「その通りだ。俺たち人間と違って、狼にとっちゃ黒曜石なんてのはただ黒くて光るだけの石でしかねえ。だからこそ、狼から黒曜石を司る神への信仰は生まれようがねえし、逆に黒曜石を司る神から狼へ干渉する利点もあるわけがねえ」

「要するに、じゃ。あの魔狼は、本来繋がり得ない神とどうにかして接触したというわけじゃな」

 そこまで話を聞いて、ようやく俺はこの話題が出てきた意味を理解した。

 すなわち、あの魔狼は未だ正体不明な存在なのだ。そしておそらく、その正体を解き明かすための作戦を、今のうちにある程度立てておこうという流れなのだろう。

「つまり、あの魔狼にどんな神が力を貸したのかを調べ――」

 と、俺がここまでの話の流れをまとめるついでにいいところをアピールしようとした瞬間。

「あれは戦の神の仕業だぜ」

 妙に若いしゃがれ声が、邪魔をするかのようなタイミングで割り込んできた。

 振り返るまでもなく、灰色目玉のカジン・ケラトスの声だ。


 その瞬間の声は、自分でも機嫌が悪いものだったと思う。

「……知ってたんですかぁ?」

 が、そんなことを気に掛けるような神ではない。

「おめーらのために調べてやったんだっつーの。ちったぁ感謝しやがれ」

「お待ちください! 戦の神ということは、輝きのバハトラキ神が関わっておられると!?」

 イェーナが驚いたような声で問いかける。だが、カジン・ケラトス神の返答は、珍しく歯切れが悪いものだった。

「あー、それに関してはなんとも、だな。現状、白とも黒とも言えねーよ」

「それは、一体……?」

 すると、巨大灰色目玉はじとーっと俺を眺めた後、ため息をついて語りだした。


 輝きのバハトラキとは、人間にはなじみ深い戦を司る神である。最近では人間同士の戦が減ったために話題に上ることは減ったが、かつては戦争が始まれば兵士たちのみならず、都市国家が総力を挙げて戦勝のためにバハトラキへ祈りや供物を捧げたという。


「――つーわけで、戦の神と言えばバハトラキっつーのが普通の人間の認識だ。分かったな、カジナ」

 やはりというか何というか、ここまでの話はほとんど俺のための説明だったらしい。そして、本題は多分ここからだ。

「はい、分かりました。……でもそれならバハトラキ神が関わっていると断言できるんじゃ?」

「いや、そうはならねえ。何故かっつーと、奴はあくまで戦の一部分を担う神でしかねえからだ」

「一部分、とな?」

 驚いた声を上げたのはラウレンスだ。

「ああ。輝きのバハトラキが担うのは『勝利と栄光』だけだ。ま、そうじゃなきゃこうまで人間に崇められるわけがねえ。だが、戦っつーのが勝利と栄光だけでできてるわけじゃねーのは、まあ分かんだろ」

 そりゃあ、もちろんそうだ。勝者がいれば敗者がいるし、戦争における栄光とはすなわち打ち負かした人間の数だ。それはあるいは捕虜かもしれないし、あるいは死体かもしれない。

 つまり、そういった戦争の上澄みである『勝利と栄光』以外の部分、戦争というものの大部分を占める澱み濁った薄暗いところを司る神がいるはずだ。

 カジン・ケラトスは、俺の思考がそこまで至ったことを察知したかのように、頷くようにまばたきをすると、俺たちに告げた。

「あのでけー狼に直接力を貸してんのは、戦禍を司る一柱。鋭利な刃による傷と流血を司る戦神、『鮮血』バーティメリ、だ」



 カジン・ケラトス神の情報によって、魔狼の正体がある程度明らかになったというのは、まあ、ありがたいことだったのだが。

「でも、向こうの手の内は結局分からねえってことか」

「そうですね。具体的な攻撃手段などは戦いながら見極めていくしかないでしょう」

「まあそう言うでない。ひとまず刃での攻撃が来ると分かっただけマシじゃろ。な?」

 イェーナたちが若干非難めいた口調になるのも、まあ仕方ないだろう。結局判明したのは名前と大まかな属性だけなのだから。

 だが、この神はその程度のことは気にも留めないようで、

「ガキじゃねーんだ、そんぐらいてめーの頭で考えやがれっての」

 いつもの調子のままだったりする。

 ぶれないひとだなーとその球体のシルエットを眺めていると、不意にその眼球がぐりんと俺の方を向いた。

「……なんですか?」

「いや、おめーにきちんと言ってなかったなと思ってな。俺様がこんな風に手を貸せるのも、この先そう長くはねえ。だから……まあ、あんま当てにすんな」

「え、死んじゃうんですか?」

「んなわけねーだろ。殺されねえかぎり、誰に頼まれたって死んでやらねーよ。つーかそういう話じゃなくてだな、まあその、なんだ、神ってのもいろいろと忙しいんだよ」

 その、濁した部分が気にならなかったと言えば嘘になる。

 が、詳しく聞こうとしたタイミングで、意外な言葉が俺の意識を持って行ってしまった。

「とはいえ、そういうことならわしも久々に暴れてみるかの」

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