荒野の四人

 

 灌木と岩ばかりが目立つ乾いた荒れ地。その只中を二人の人間が走っていた。

 一人は少女、一人は青年。二人はそれぞれ少女と老人を背負い、立ち止まることなく走り続けていた。


「おい、イェーナさんよ。きついんなら二人とも俺に任せていいんだぜ?」

 青年が少女へと声を掛ける。それは自らも一人背負っていることを感じさせないような飄々とした声だった。

 そこへ背負われている老人も加えて言う。

「そうじゃぞイェーナ。トビアスにだけ背負わせるのが嫌なら代わりにワシを背負うがよい。意識のない人間を背負うのは大変じゃしのう」

 そう言って老人は気遣わしげにイェーナを見、続けて背負われている少女を見た。少女は脇腹に血を滲ませ、イェーナの肩の上に乗った頭は走る振動のままに揺られている。どう見ても意識はなく、早く適切な処置をしなければならない危険な状態だった。

 しかし、イェーナは首を縦に振らない。

「いえ、大丈夫です。私はこのくらいなんともありませんし、背負い直す手間を考えれば走り続けるのが最善かと」

「だってよ、エロジジイ。イェーナさんはアンタを背負いたくないそうだ」

「なーにをたわけたことを。お前にベアトリスを任せるのが心配なんじゃろうが」

「へえ、隙あらばエロトークを繰り広げてたのはどこの誰だっけなあ」

「そういうお前も『可愛い女の子二人と一緒だ!』とか言って喜んでたくせになぁ」

「な、なにをっ!」

「お。やるか? やるのか、若造?」

 と、現状を忘れて普段の調子で掛け合いを始めた二人に、イェーナの冷淡な声が浴びせられる。

「お二人ともお静かに。走ることに集中してください」

「「すいません」」

 こういう時、男共はおとなしく黙るしかないのだった。


 さらに数分ほど走った時だった。イェーナ達の走る無人の荒野に、口笛のような細く甲高い音が響いた。

「何でしょう、この音……」

 走り続けながら、男二人も首をかしげながら答える。

「笛みたいにも聞こえるが……そういや、鏑矢かぶらやとかもこんな感じの音だよな」

「うむ。ああいう類いの音は大抵風切りの音じゃな」

「でも、ここは無人の地ですよね。私たち以外に笛吹きや弓使いみたいな人は見当たりませんし」

 三人して謎の音に首を傾げた時、背負われた老人がふと思い出したように呟いた。

「そういやあ、投石器で石飛ばした時もこんな感じの音が――」

 その瞬間、言葉の続きを叩き潰すかのように轟音が炸裂した。


 ◆


「い、今の音は!?」

 爆発か何かのような地響きを感じて、思わず俺は問い掛けていた。だが、これが『この世界で起きてるやべーこと』だというのは直感で分かった。巨大目玉もそれを肯定する。

「ああ、あれがおめーを召喚した理由だ。かみきって言うんだが、人類を滅ぼそうと暴れ回っててな。均衡を取るためにおめーに戦ってもらうってわけだ」

「えっと……神憑き?」

「ああ、神が力を貸した人間のことだ。まあ、神の力量とか貸し与える量とか、あと人間側の資質も関係してくるから実力はピンキリだが、あの程度ならおめーと同程度だろうな」

 ……なるほど、と言うしかなかった。

 俺には元の世界の記憶はないが、元の世界の知識はある。その知識によれば神の存在は認められておらず、畏怖や信仰の対象として人間が作り出した虚構だということになっていた。

 だが、宙に浮かぶ目玉がいる世界で、自分自身も人間離れした力を持っていることを実感してしまった以上、神の存在を否定するのもおかしな話だ。この世界には神だっているのだろう。

 そこでふと、俺は気付いた。

「あの、もしかして俺もその神憑きってやつ……?」

「お、察しがいいな。その通りだぜ」

「てことはあなたは、神!?」

 我ながらすっとんきょうな声を上げたと思うが、それも仕方ないだろう。宙に浮かぶ巨大灰色目玉が神に見えるはずがない。

「ああ、正真正銘マジもんの神だ。この際だし、ついでに名乗ってやっか」

 そう言うなり、目玉の神はくるりと舞い上がって目をカッと見開いた。その目玉から灰色の霧が湧き出し、寒気を感じるほどの神々しさが放たれる。そして、少し気取ったような声で目玉は名乗りを上げた。

「俺の名は『カジン・ケラトス』。今はこの辺一帯の人類の守護者をやってる。そしておめー、『カジナ』の召喚者で力を貸した張本人だ。……ま、他は忘れていいが名前くれーは覚えといてくれ」

 そして巨大目玉――カジン・ケラトスはスススっと元の高さまで戻り、灰色の霧も瞬く間に消えていった。

「つーわけで説明は終わりだ。走るぜ、カジナ」

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